第20話 子爵令嬢は才能を発揮する
砦は近くに寄ってみると、思った以上に大きく、どちらかと言えば城のような雰囲気が漂っている。
周辺は敵兵がうろついており、早朝にもかかわらず、砦内も騒々しい様子が外からでも見て取れた。
「この数では、正面突破していくのは、さすがにしんどいですね」
様子を窺っていたルイス先生が言う。
確かに、どう見ても万全の状態ではないルイス先生と、ごく普通の女である私の2人では、突入したところで、すぐに終わりだろう。むしろ、荒事に私は邪魔だ。
「誰か、援軍とか呼べないのでしょうか?」
「呼べるとしたら、ツィラードのどこかにいるエドワード位でしょうか?エドワードは呼ぼうと思えば呼べますが、多分あいつも相当消耗しているでしょうから、すぐに来るかどうか」
苦渋の表情で悩むルイス先生が呟いた。
「せめて、王子殿下の居場所が、ピンポイントで分かればいいのですが……」
ルイス先生の言葉に、私の中で名案が浮かんだ。
「そうですね。では、私が潜入して探します」
「……はあ?」
ルイス先生が驚愕の眼差しで私を見る。常に冷静な顔しか見ていなかったので、新鮮だ。
「女官か侍女に化けます。私はアイク様の視界で、少しですがいらっしゃる部屋の様子を見ていますから、探せるかもしれません。クーデターで占拠したばかりの砦なら、ゴタゴタしてて、女官や侍女の顔なんて曖昧だろうし。男性に比べて、女性のほうが警戒されにくいでしょう?」
「……そんな楽観的な。バレたら殺されますよ」
「アイク様を助け出せる可能性が僅かでもあるなら、私は賭けます。剣を取って戦えと言われても、私には無理ですが、偵察なら女官としての経験が活かせるかもしれません」
瞳に迷いが浮かんでいるルイス先生に畳みかける。
「時間が無いんでしょう?今、他に打つべき方法はありますか?」
最後に見たアイク様の表情がよぎる。
私の言葉に、出来る限り待つとおっしゃっていたが、あのアイク様は、本当の気持ちを言っていない。誤魔化そうとしている時の顔だと、すぐに分かった。
私はこれ以上、無為に時間を使うつもりは無い。
それに、勝算がない訳ではなかった。
「分かりました。少し待ってください」
目の前でパッとルイス先生が消える。
数分で戻ってきたルイス先生の手には、見慣れない服があった。当然レイファの物とは異なるが、恐らく比較的身分の低い侍女の物だろう。
「これは?」
「今、裏手で水汲みをしていた侍女の服を拝借してきました。本人は納屋で寝ているので、丸1日は起きません」
なかなか凄いことをするなあ、とは思ったが、それ以上、その見知らぬ侍女のことを心配する気は無かった。
ツィラードの侍女服は、レイファの修道女の服のように露出が少なく、色彩は恐ろしく暗い。
厳格な身分制度を取るツィラードでは、着る服の色まで基準があり、身分が高い人ほど華やかな色を着ると聞いたことがあった。
やや大きめで、今着ている服の上からそのまま被っても、違和感が無い。
「それから……」
ルイス先生が私の左手首の腕輪に触れる。
「王子殿下ほどではありませんが、一応防御魔法は掛け直しておきました。それに、何かあったら、すぐにその腕輪に触れてください。すぐに行きますので」
「ありがとうございます」
ルイス先生はそのまま座り込む。
疲れが隠せないルイス先生に、あえて自信満々に言い放つ。
「しばらく私に任せて休んでいてください。これでも私は、最年少で東の宮の女官に抜擢された、プロの女官ですから」
◆◆◆◆◆◆
ルイス先生が追い剥ぎをしたと思われる、裏の井戸で水桶を満たし、通用口に向かう。
通用口には兵が立っているが、水桶を両手で抱え、ごく普通の歩みで横を通る。
兵は、出ていこうとする人間のチェックに忙しく、入る人間にはそれほど注意を払っていない。内部からの逃走を防ぐほうが重要らしい。
女官や侍女に必要なスキルの1つに、『目立たないこと』がある。
裏方の仕事である女官や侍女は、仕事中、できる限りの貴人の目に触れてはならない。
廊下をすれ違う際、端に避けた時も、壁と一体化する位、存在感を消すことが理想とされる。
そして私は、地味に徹することに関しては、わりと自信がある。
砦の中は兵や騎士、文官、侍女、ならず者のような者まで、様々な人が入り乱れ、騒然としている。
反王制派が占領してわずか3日、決して団結した空気は感じられない。
敵味方分からず、疑心暗鬼な雰囲気が漂う中、静かに砦の中を進む。
侍女に、あえて目を留める者はいない。
とはいえ、手当たり次第に探していたら、あっという間に怪しまれるだろう。
アイク様の視界で見た、部屋の様子を思い返す。
薄暗い部屋で、壁は白く殺風景だったが、決して汚れてはいなかった。
そして男達が出入りしていたドアは、比較的物の良いオーク材だった。
(恐らく、あの部屋は牢として使われている部屋ではない。かといって、普段から居住用に使われている雰囲気もなかったし、客間でもないでしょうね)
考えられるのは、物置代わりに使われている部屋か、空き部屋か。
いずれにせよ、砦の中に詳しい人物から、情報を集めなければならない。
裏通路に回り、行き交う侍女や下働きの者たちにさりげなく目を配る。
やはり、裏方も指揮系統がきちんとできている様子はなく、混乱しているようだ。
厨房や洗濯室を通り過ぎ、リネン室を覗いた時、私は目的の人物を発見した。
「ほら!軍人がぞろぞろと来ているんだ。ちんたらしていたら罰せられるよ!あんたは2階の客間にそこのを3枚運んで」
恰幅の良い中年女性が、侍女たちに次々と指示を出している。
侍女頭か、それに匹敵するベテランで、反王制派の部下ではなく、元々この砦に勤めているだけの人物。見たところ、貴族でも政治的な思考も無く、ただ、侍女としての仕事を全うしている女性だ。
最も取り入りやすいタイプだ。
「あの、私は何をすれば良いのでしょうか?」
侍女の1人として、話しかける。
「ん?見ない顔だね」
「私、本日、王都から連れて来られたもので、アンと申します」
平民の侍女を装い、ぺこりと軽いお辞儀をする。
「ああ、あの軍の連中が連れてきたのかい?じゃあ手伝ってもらおうかい」
「よろしくお願いします!」
にこやかな笑顔で頭を下げ、すぐに女性の言ったとおりに荷物を運ぶ。
レイファ王宮の厳格なる女官長にも認められた私の才能、「なんだかちょうど良い安心感のある部下」を発揮する時が来た。
レイファでは、王太子殿下の住まう東の宮は、最も女官に人気のある配属先だ。
何せ王太子殿下を筆頭に、独身の高位貴族や側近の官僚が頻繁に出入りする。優良物件を探す貴族令嬢や、野心溢れる平民出身の女官達が、常に配属希望を出し、泥沼の戦いを繰り広げている。
そんな高倍率の東の宮に、希望すら出していない私が配属されたのは、女官生活3年目の時だ。
異例の抜擢に訝しがる私に、女官長は配属理由を述べた。
「メリッサ・グレイ、貴女は仕事振りは堅実で問題なく、必要な作法も有しています。東の宮は賓客も来ますので、ある程度、垢抜けた容姿も求められますが、一方で、目立ちすぎる容貌では困ります。貴女は、何と申しますか、とてもちょうどいい具合に地味ですし、野心も見えないので、周りに波風を立てない、安心感のある女官だと判断しました」
全く褒められた気がしない評価を頂き、東の宮で働き出したが、女官長の評価通り、浮いた出来事にはご縁がなく、女官同士の派閥争いに巻き込まれることも無かった。
不思議と私は、ライバルにもならず、人の足を引っ張ることもしないという安心感を与えるらしく、ありとあらゆる情報が入ってくる独特な立ち位置になってしまい、女官長の人を見る目は正しいのだなと、我ながら感じる日々だった。
砦内部の構造に通じている女性から、最短で情報を聞き出す。
地味だがこれが私の戦い方だ。




