表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/65

第18話  子爵令嬢は賭ける

「それでは行きましょうか、ツィラードに」

「はい?」


ルイス先生がごく当たり前のように言い出した単語を処理できず、思わず聞き返す。


(ツィラード?って本気で!?)

いや、この状況下で冗談を言っているとは思っていないけれども。

「転移で行きます」

「私も一緒で大丈夫ですか?」


魔法のことは分からないが、あのノーマンでさえ、ツィラードを往復したら、魔力が尽きかけている。

そんな長距離の転移、それも2人なんて、さすがのルイス先生も厳しいのではないか。

しかも行き先は、敵だらけだ。

そんな私の疑問は、顔にそのまま書いてあったらしい。


「確かに大変ですけど、近くまで行かないと始まらないので。怖気づきましたか?」

「……いいえ、行きますとも」


ここで退く選択肢はない。『女は度胸』が、我がグレイ子爵家のモットーだ。


隣で黙って聞いていた王妃陛下が、静かにルイス先生を見つめた。

「ブルーノ、アイクを、お願いします」

「ディアーヌ様にお願いされることではございません。無事レイファに戻します。それが私の役目ですので」

「メリッサのことも、どうか……」

「そちらも、出来る限り努力します。アリア殿にきちんと返せと言われていますので」


王妃陛下がルイス先生に深々と頭を下げる。

会話は聞こえていないであろう周囲が、その様子を見て騒然となる周囲を無視し、ルイス先生は私を促す。

「さ、行きますか」

「立っても大丈夫なんですか?」


さっき王妃陛下が、爆発するとか、物騒なことをおっしゃっていたこのソファ。離れてもいいのか不安に思ったのだが、当の本人は「何を言ってるんだコイツ」的な顔で私を見ている。

「いや、先程何か魔法をかけておられたので……」

「ああ。あれはソファに座っている人の温度を、快適に保っていただけですよ。王妃陛下の狂言です」


なんということだ。

唖然とする私に悪戯っぽく首をかしげる王妃陛下。

成人した子供がいるとは思えないほど可愛らしいのが、八つ当たりだが腹立たしい。


ルイス先生はこちらを気にせず、何かブツブツ詠唱している、と思ったら、いきなり後ろから、座っている私の服の襟首を掴んだ。

抗議する間もなく、一気に周囲の景色が歪んだ。


(げ、いきなり転移した!!)


本日二度目の、体ごと上下左右にぐるぐる回される感覚に、歯を食いしばって耐え抜いた。



◆◆◆◆◆◆


「大丈夫ですか?お嬢様」

「……はい、なんとか……」


しばらく立ち上がる気力がでず、石畳に手をついて息を整える。

どうやら、どこかの街道のようだが、見慣れない形の木や花が、道路脇に植えられている。

既に空は暗くなっていて、遠くの景色は見えない。


「ここは?」

「ツィラード王都郊外です。たぶん」


どうやら転移は成功したらしい。

ルイス先生の顔を見上げると、暑くもない気候なのに、汗が見える。

薄暗いので顔色は判別できないが、恐らく相当に消耗している様子が、素人の私から見ても分かった。


「ルイス先生、少し休んだ方が……」

「いえ、時間がありません。すぐに王子殿下を探します。よろしいですか、お嬢様」

「私は何をすれば……?」

「1回死んでいただきます」


……何を言っているの?

返答が出て来ず、文字通りポカンとした。

口を開けたまま硬直する私に、ルイス先生はどんどん説明を続けた。


「通常なら魔力を探索するところですが、王子殿下は魔力を封じられていますので、魔法では打つ手がありません。そこで、お嬢様と王子殿下の『繋がり』を利用します」

「私とアイク様の、繋がりですか?」

「ええ。魂が同居したことで、お嬢様と王子殿下には、感覚や感情の共有や、離れた場所での意思疎通など、魂同士の繋がりが出来ています。王子殿下が魔力を封じられても、続いているということは、それは魔法とは無関係です」

「は、はあ……」


分かるような、分からないような。

ちょっと危うい私をルイス先生は完全に無視している。


「ということで、今度はお嬢様の魂を抜いて、王子殿下に放り込みます。その魂の軌跡を辿れば、王子殿下の今の居場所がわかるはずです」

「た、魂を抜いたら、死ぬんですよね?どこにいるか分からないアイク様に、辿り着けるのですか!?」


前回は、アイク様が魂を抜かれた瞬間、すぐそばに私がいたから、なぜか巻き込まれる羽目になった。

しかし、今度はアイク様は近くにいない、というか、どこにいるか分からない。

身体から抜かれた魂は、黄泉の国に引き込まれると聞いた。アイク様に辿り着く前に、死んでしまう気がする。


「そこはお嬢様と王子殿下の絆の強さ次第です。一度経験しているので、逆になっても、普通の人よりは成功率が高いはずです。頑張ってください」


他人の命がかかっているのに、最終的には根性論になったよ、この魔法使い!!

確かに、アイク様以外の命にあんまり興味ないな、この人。

愕然とする私に構わず、街道横の土の地面に、魔法陣を書き始めたルイス先生。


「まあ、それほど分の悪い賭けではないと思いますよ」

「……そうですか?」

「お互いの繋がりを強く思い浮かべ、目印にすることです。お互いの想いが強いほど良い。近づけば、王子殿下(むこう)から引き寄せてくれると思いますし」

「繋がりって言われても……」

「思い出などの実体の無いものでも良いですが、それぞれで想いの強さが異なる可能性があります。物があれば一番良いのですが」

「物ですか?」

「一番分かりやすいのは、婚礼の時に交換する宝飾品ですね。まず間違いなくお互いの想いが籠っているので、目印になりやすいですから」


(繋がり……目印……)

頭をフル回転させて考える。

思い出はいくつもあり、私にとってはすべて大切だが、些細なことも多く、アイク様がどう思っているか――そもそも覚えているか――危うい。

物といっても、私達は婚約すらしていないので、宝飾品交換はしていない。私はアイク様から腕輪を頂いたが、私からは、ケーキとか、食べ物くらいしか……。


「あ、熊除けの御守り……」

「……熊除けの御守りというと、まさか、オプトヴァレー伝統のあの?」

「はい、あのペンダントです」

「……あれを王子殿下に献上するとは、お嬢様も大概ですね」


ルイス先生が完全に呆れ果てている。

常識が無い者を見つめる目、そう、最近皆がルーカスを見る目で、私を見てくる。


「いや、私から差し上げた訳ではありませんよ、アイク様がご所望で。私もいいのかなと思ったんですが、先ほども身に着けておられましたし、気に入っておられるのかも……」


ダラダラと言い訳を垂れ流すが、もうルイス先生は聞いていない。

「ま、それでもいいでしょう」と投げやり気味に言われた。


ルイス先生の記憶に、常識の無い姉弟として刻まれた気配を感じつつも、私のプライドよりアイク様の救出が最優先だと自分に言い聞かせ、アイク様との繋がりに思いを馳せる。


それから沈黙のまま、数分が経過した。

「できました。ここに立ってください」


ルイス先生が魔法陣を指さす。


正直怖い。誰もやったことのない魔法だし、失敗すれば私は死ぬかもしれない。

だけど、アイク様が死ぬことは、私にとってそれよりも恐ろしい。

無言のまま、魔法陣の中心に立つ。


「……お嬢様、申し訳ありません。どうかよろしくお願いします」


頭を下げるルイス先生に驚く。正直、国王陛下に頭を下げられるよりビックリした。


(ああ、この人も、アイク様のことを誰よりも想う、親なんだ)


人間らしいルイス先生の姿に、少し緊張が解れた。

アイク様を助けるために、戦っているのは私達だけではない。

そのことに勇気が出る。


「お任せください。アイク様の所まで、ちょっと行ってきます!」


自分でも思いもよらず、笑顔が零れ、それを見たルイス先生は一瞬瞠目した。


「……それでは行きますよ」


目も眩むような光の束が、私に向かって来る。

目の前が真っ白になり、私の意識は飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ