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第16話  子爵令嬢は情報を集める

「まて、ブルーノ!アイザック王子殿下の安否は、今王宮魔法使い達が確認している。落ち着け」


騒然とする国王執務室の中、宰相クロフォード閣下が国王陛下を庇うように立つ。


「私は落ち着いてますが?……おっとそこの少年、魔法発動はやめておいた方が賢明ですよ」

落ち着き払ったルイス先生は、部屋の隅にいたリオ様を牽制する。


執務室内のただならぬ緊張感、近衛騎士や王宮魔法使い達の強ばった顔と、悠々としているルイス先生の表情の差が、圧倒的な力の差を表しているように感じられた。


「ブルーノ、アイクのことは必ず助け出す。少し待ってくれ。それに、その娘は……」

青ざめた顔の王太子殿下が、それでも前に出て説得を図る。


「これは、以前私が王子殿下の魂を放り込んだ娘でしょう?利用価値がありますので連れてきました」

「その娘は、アイクが自分で選んだ婚約者だ。傷付けることは、アイクのためにならない」


いつの間に私は婚約者になっていたんだろう?

正式な儀式も挨拶も何一つしていないし、アイク様との口約束だけだと思っていたのに、まさか王家にまで話が通っていたとは、と驚く。

この緊迫した場面、喉元スレスレにナイフを感じるというのに、思わず呑気なことを考えてしまった。


「では、少し待つ間、代わりの人質を出してもらいましょうか?」


(いや、無理でしょ)

この部屋で、私より身分の低い人も、私より役に立たない人もいません。というか、私人質だったの?人質の意味ある?


「わたくしが、代わりになりましょうか?」

涼やかな声がしたかと思うと、水色のドレスに身を包んだ麗人が、さっそうと現れた。

「ディアーヌ!?」

「母上!!」


制止しようとする騎士達を躱し、王妃陛下は、私達がいる場所のすぐ横にあったソファに腰かけた。

「ここでよろしいかしら?久しいわね、ブルーノ」

「結構です。ディアーヌ様」

「メリッサも、ここにお座りなさい」


王妃陛下はごく普通に、自らの隣をポンポンと叩く。

(ええ!王妃陛下の隣はさすがに……)


たじろぐが、ルイス先生に無理矢理背中を押され、王妃陛下の隣に収まる。

すると、ルイス先生は私達が座るソファに、何らかの魔法をかけた。

「さ、わたくし達がソファごと爆破される前に、早くアイクを助け出して下さいませ。陛下、パトリック」


待って、爆破されるの!?


王妃陛下の爆弾発言に焦る私を余所に、王妃陛下は鋭い目で国王陛下を睨み付ける。

どうやら、王妃陛下は、アイク様を助け出すよう、陛下達の尻を叩きに来たらしい。

ますます青ざめる男性陣、うって変わってルイス先生と団欒を始める王妃陛下。この2人、どうも仲良しの気配が漂っている。

(これは、どういう状況だったっけ……?)



王妃陛下とルイス先生のプレッシャーの中、国王陛下方、上層部の方々は、各地から来る魔法通信を聞き、地図を広げ話し合い、入り乱れる官僚たちの報告を受け、非常に慌ただしい様子だった。

その部屋の片隅で、私は王妃陛下と紅茶と、王都で流行する最新のお菓子を頂いていた。

ルイス先生もちゃっかりお茶を嗜んでいる。


アイク様が大変な目に遭っているかもしれないのに、こんなことをしていていいのだろうかと、口には出せないが焦る。

そんな私の心の中を見透かしたかのように、王妃陛下は静かに呟いた。


「何も分からない状況で、焦ってもどうしようもないわ。まず、情報を得て、最善の策を練って、行動に移すのはそれから。特に上に立つものは、表面上は常に泰然としなければならないの。貴女も、これから上級貴族の夫人になるのだからね」

「王妃陛下……ありがとうございます」

「それに、アイクはきっと大丈夫よ。あの子、図太いから」

そう言う王妃陛下も、カップを握る手が、微かに震えておられた。


◆◆◆◆◆◆


筆頭王宮魔法使いノーマンがこの執務室に現れたのは、2時間ほど経ったときだった。


「な!ブルーノ!?」


言った瞬間、風の弾が飛ぶ。

周りの悲鳴の中、狙われたルイス先生はいとも簡単に風の魔法を打ち消した。


「無理ですよ、ノーマン。貴方、ツィラードから転移してきたんでしょう?そんな魔力空っぽの状態で私に勝てるとでも?」

「貴様、ここで何をしている!?陛下から離れろ!」

「私が王宮に来る理由なんて、1つしかないでしょう?そんなことも分からないんですか?」


ノーマンが怒りで真っ赤になっている。

一方のルイス先生は冷静に淡々としていて、それが人の神経を逆なでしている気もする。


「あの2人はね、魔法学校でも、王宮魔法使いでも同期だったのよ」

「そうなんですか」

王妃陛下がこっそり耳打ちしてくださった。

「でも、顔を会わせる度に本気で殺し合っていてね」

懐かしそうに語る王妃陛下。大体関係性は把握できた。

「大体フィリア殿下が原因だったんだけどね……本人が悪いわけじゃないけど、罪な(ひと)だったわ……」


遠い目をする王妃陛下。

私の中で、亡き王女殿下のイメージがどんどん変わっていく。……悪い方へ。

いまや、私の中で、美しくも自由奔放で、周りを翻弄する、魔性の女のイメージが出来上がっている。


「ノーマン、緊急事態ゆえ、今はとりあえず報告を」

国王陛下がおずおずと割って入る。


「早く報告しなさい、ノーマン。ツィラードに行ってきたんでしょう?」

「貴様に命令される筋合いはない!」

ルイス先生に怒鳴った後、ノーマンは国王陛下の前で報告を始めた。


「やはり、ツィラードの反王制派の反乱のようです。王太子の結婚式を狙い、反王制派、魔法使い排除主義者、敵対国の間者らが組んで蜂起したようで、被害は甚大です。ツィラード国王も行方不明で、政府は機能しておりません」

ここまでは第一報の通りだが、状況は相当悪いらしい。王太子殿下が続きを促す。

「それで、我が国の者たちは?」

「随行していた王宮魔法使いが、反魔法主義者に捕まっていたのを発見しました。その者の話によると、式に参列していた王子殿下と王宮魔法使いが捕らえられ、近衛騎士は殺害されたとのこと。神殿外に待機していた他の者達は不明です。王子殿下は別の所に連れていかれたようで、今のところ発見できておりません」

「なんということだ……」

国王陛下が絶句する。

隣の王妃陛下が息をのむ音が聞こえ、私も心拍数が上がっていくのを感じる。


「しかし、あのアイザック王子殿下がそう易々と捕まるとは、信じがたいのだが。王宮魔法使いは何か言っていなかったか」

宰相の言葉に、ノーマンが苦々しく答えた。

「それが、神殿内では魔法が発動しなかったと」

「魔法が発動しない?」

「恐らく魔法を無効化する陣が、最初から仕掛けられていたのかと思います」


そんなことも出来るとは、魔法使いの世界は奥深い。

「魔法使いの一族である、ツィラード王家を狙っているのだから、それくらいは準備するだろうな」

国王陛下の隣にいた、軍服の男性――恐らく、国軍の将軍――が、重々しく頷いた。

そして、ごく小さく呟いた言葉が、聞こえてしまった。

「魔法が使えなければ、アイザック殿下は正直、軍の新兵並みですからな……」


(だから、「鍛えとけば」とおっしゃっていたのか……)


「あと、王子殿下はどうやら子供を助けていたようで、それで逃げ遅れたようだとも言っていました」

「あ!」


ノーマンの言葉に思わず声を出してしまい、部屋中の視線が私に集まる。

「申し訳ございません!なんでもありません」


慌てて謝罪するが、「何か思いついたのなら言いなさい」と背後のルイス先生から圧力をかけられる。


「いえ、大したことではないのですが……私が見た光景に、赤毛の女の子を助けようとしているものがありまして、もしかしてそれかな……と」


国の中枢の皆様の前で、話に割り込んでまで、大したことのない情報を話してしまった。

申し訳なさに縮こまるが、周囲の反応は少し違った。


「赤毛の女の子……」「ツィラードの王太子の結婚式に参列していたとなると、まさか……」


ただならぬ様子に困惑していると、王太子殿下が静かに教えてくださった。


「赤毛の少女というと、恐らくアルガトル王国の王女だ」

「ええ!?」

「かの国の王族は、炎のような赤毛が特徴だ。国王と第一王女が参列していたという情報とも一致する」


アルガトルは、レイファの最大の敵国だ。

つまり……

「なるほど。お優しい王子殿下は、わざわざ敵国の姫様を助けて捕まったというわけですね。一体どれだけお人好しな教育をしてくださったんですか?」


丁寧な口調が、より恐ろしいルイス先生に睨まれ、国王陛下は震え上がり、王妃陛下は「ごめんなさい……」と縮こまった。

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[一言] その姫様絶対アイクに惚れてるやん…
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