第15話 子爵令嬢は転移する
「ところで、なぜ王太子殿下を襲ったんですか?そのせいで、アイク様も私も大変な目にあったんですから」
ルイス先生もといブルーノ・ベネットが、アイク様のことを最優先に考えているのなら、良好な関係である王太子殿下を害する必要性はないと思う。
むしろ、そんなことをしたら、アイク様が王太子になってしまう。アイク様は絶対に嫌がる。
「少し脅しに行っただけですがね。どうもあの王太子は、王子殿下を戦線に出したり、紛争地帯の領主にしようとしたり、危険な所に送りすぎです」
(それ、アイク様ご自身が望まれたことですが!?)
当たり前のようにさらっと言っているが、それで普通王太子を襲うか?
脅すにしては手法が荒っぽすぎるし。この人、冷静な顔して、ちょっと考え方がぶっ飛んでいる。
「さて、お嬢様。まず、王子殿下の状況把握が最優先です。また何か感じたら教えてください。私は少し様子を探ってきますので」
「様子を探るって、まさか王宮に行くつもりですか?捕まりますよ!」
当たり前だが、王宮の警備は並みのレベルではない。
王宮魔法使いによる侵入者対策も、何重にもかけられている。
「少し情報収集だけです。それに、王宮魔法使いといっても、筆頭がノーマンで、次席がエドワードでしょう?私が負ける要素はないですよ」
「……はあ」
魔法使いって、何でこんなに負けず嫌いばっかなの?
そこを突っ込むと先に進まないので、スルーすることにした。
「とにかく気をつけてください。ルイス先生……いや、ブルーノ様?」
「どちらでも良いですが、犯罪者に様を付けるのはどうかと思いますよ」
強く風が吹きつけ一瞬目を閉じ、開けると既にルイス先生はいなかった。
(一瞬で転移した……さすが)
◆◆◆◆◆◆
一度、自宅に戻る。
ルイス先生の帰りを待ちながら、目を閉じたり、瞑想したり、何とかアイク様の現状を感じられないかと、色々と試みてみる。
が、悲しいことに、何をやっても目の前に映るのは、見慣れた自室だった。
(どうすれば見えるんだろう……?)
これまでの状況を思い返してみる。
昨日は、少しうたた寝した時、アイク様がかなりの修羅場に巻き込まれている様子が見えた。
恐らく、眠ったり、気絶したりして、意識を飛ばした時に見えるような気がする。
あとは、お互いに意識がない時、夢で出会うこともある。
何れにせよ、確実ではない。
(少し寝てみる……?)
しかし、心配やら焦りやらで、気持ちが高ぶり、全然昼寝する気分ではない。
「失礼します」
「うわ!?」
いきなり話しかけられて飛び上がる。
「すみませんね。淑女の部屋に失礼かとは思ったのですが、急いでいるので」
全く申し訳なさそうではない、平然としたルイス先生が堂々と立っている。
直接、他人の部屋に転移するとは、どうなんだと心で突っ込む。口には出せなないけれど。
「いえ、大丈夫ですけど。それで、どうでした?」
「やはり、昨日、ツィラード王太子の結婚式で、変事があったようです。反王制派が反乱を起こし、ツィラード王太子は討たれたと。参列していた各国の王族や高官の多くも巻き込まれ、安否不明だそうです」
「そんなことが……」
起こり得るのか。比較的平和で、王家の支持も高いレイファに暮らしている私には、想像もつかない事態に、言葉が続かない。
絶句した私の様子を見つつ、ルイス先生は続けた。
「王子殿下に随行していた王宮魔法使いから、昨日の時点で緊急魔法通信が入ったようですが、その後、連絡が付かないようで、王宮も混乱状態です」
「では、アイク様は……」
「不明です。お嬢様が聞いたように、監禁されているのでしょうね」
明らかに異常事態だ。唇を噛みしめる。
珍しくイライラしたように、ルイス先生が続ける。
「しかし、あれ程の魔法使いが易々と捕まるとは、少し信じられないですね。反王制派と言っても、野蛮な烏合の衆です。何をされるか分かったものじゃありません」
「そんな……」
最悪の事態がアイク様に迫っている。早く助けなければと、何もできないのに気持ちだけが焦る。
アイク様は、私が危険な目に遭いそうになると、いつも守ってくださったのに、逆になると私は何の役にも立たない。
「本当に、ラファエルも不用意なことをしてくれたものですねえ。王子殿下に何かあったら、首を飛ばすと言ってあったのに。少し説教に行きますか」
ラファエル?それは誰ですかと聞きかけて、その名の人物に思い至った。
(我が国の国王陛下の御名じゃん!呼び捨て!?)
「国王陛下の御前になんて、大丈夫なんですか?」
「平和的に訪ねますので大丈夫ですよ。……そうですね、お嬢様も一緒に来ますか?」
「え?私が!?」
「今のところ、王子殿下と意思疎通ができる可能性があるのは、お嬢様だけです。王子殿下救出の役に立つと思いますが」
国家犯罪者と一緒にいたら、私の首も飛びそうな気がするが、一瞬で決意した。
今は、アイク様のために少しでも行動したい。
それに、ルイス先生の口ぶりは、王宮に乗り込んでも、問題なさそうな雰囲気を醸し出している。
「……行きます。連れていってください!」
「では、今すぐに出立しますので、アリア殿に挨拶だけしてきましょう」
「え!」
ルイス先生はスタスタと私の部屋を出て、1階へ降りていく。
リビングで1人、洋服の手入れをしていた母は、突然現れたルイス先生に唖然とした。
そりゃそうだ。外からじゃなくて2階から来たんだから。
「突然すみません。少し王都まで行ってきますので、お嬢様をお借りしてもいいですか?」
停止していた母だが、唐突すぎるルイス先生の言葉を聞き、私の顔を見て、何かを察したかのように表情を引き締めた。
「メリッサが望むなら、連れて行ってやってください。ただ、きちんとお返しくださいね、ブルーノ様」
「勿論そのつもりです」
「気を付けて、メリッサ」
「はい。少し留守にします、お母様」
私の挨拶が済むなり、ルイス先生は私の手を取った。
「じゃあ行きますよ、お嬢様」
「え?」
「王宮まで転移しますので、絶対に私の手を離さないでくださいね。離したら途中で落としちゃうので」
「え?え?」
戸惑うまもなく、周りの景色が一気に歪む。
竜巻の中に巻き上げられたかの様に、上下左右が全く分からなくなるほど、ぐるぐる体を回されるような感覚に襲われる。
(え!気持ち悪!!)
一瞬で再び足が地面に付くが、その僅かな時間ですっかり足元がおぼつかなくなっていた。
ふらついた肩を、ルイス先生がサッと抱えてくれた。と思った瞬間、喉元にナイフが突きつけられている。
「はあ!?」
状況が飲み込めない。とにかく、少しでも動けば喉が裂かれそうなので、体の動きを停止する。
「ブ、ブルーノ!!」
「メリッサ嬢!?どうして!?」
周りで騒然とする声が聞こえる。
国王陛下、王太子殿下、宰相閣下が目の前で硬直している。軍の方や王宮魔法使いの姿も見える。
(ここ、国王陛下の執務室じゃない!?)
いきなり何という場所に転移しているのだ。
既にスタート地点で犯罪者になってしまったではないか。
当の本人は、私にナイフを突きつけたまま、平然と話し出す。
「アイザック王子殿下の御身に何かあったら、皆殺しにすると言っておきましたよね?どうやらこのままだと、そうなりそうなので、予告通りまかり越しました」
……平和的って言葉の意味、間違っていませんか?