第14話 子爵令嬢は元凶を見つける
「……メリッサ、か?」
「はい。アイク様……これは、夢じゃない……?」
目を丸くして私を凝視したアイク様だが、そのまま頭を抱えた。
「しまった……ここにいるってことは、俺、意識飛んでるじゃねーか……ヤバイな……」
「アイク様、やっぱり何かあったんですか!?ご無事ですか!?」
「何もない」
いや、ヤバいとか言っていたよね。顔背けたままだし、絶対嘘じゃん!
頑なに誤魔化そうとする空気を醸し出す、座ったままのアイク様に駆け寄る。
「今ツィラードにいらっしゃるんですよね?いったい何が?」
「俺にもよく分からない。多分ツィラードの内紛だと思うんだが、なんか監禁されてる」
それ、相当な一大事じゃないか!?
監禁って簡単に言うが、一国の王子なのだからそれなりの護衛が付いていたはず。それも、ご本人はレイファでもトップクラスの魔法使いだ。普通は出来ることではない。
私の想像も及ばないほど、深刻な状況だとしか思えない。
「もう少し鍛えておけばよかった」と冗談めかして話すアイク様だが、どこか、いつもの余裕が感じられない。
「アイク様……私は」
「大丈夫だから。多分レイファにも連絡が届いてるはずだ。メリッサは待っていてくれれば良い」
私の言葉を遮り、アイク様は私を安心させようとするかのように笑う。その引き攣っていた口元が、いつまでも私の目に焼き付いていた。
◆◆◆◆◆◆
目覚めると、自室のベッドの上だ。
昨夜の『夢』は、会話も、表情も、風景も詳細まで思い出せる。
(夢じゃない……、アイク様に大変なことが起きている)
なぜかわからないが、また、私とアイク様の意識が、夢で繋がっている。
飛び起きて部屋の中を落ち着きなくウロウロするが、どうすれば良いのか全く思いつかない。
アイク様は今ツィラードにいる。今すぐに駆けつけたいが、片道1か月以上かかる国だ。女1人でホイホイ行ける国ではない。そもそも、行ったところでどうするのかという問題がある。
レイファ王都も片道7日かかるが、ツィラードに行くよりは現実的だ。
しかし、事は国家の一大事で国際問題だ。既に国は事態を把握しているとアイク様は言っていた。
そんな状況で、私がなんの役に立つ?
じっとしていられないのに、最善の方法が見当もつかない。
「メリッサ、一体どうしたの?」
部屋の中を徘徊する娘を、いつの間にかドアの陰から、母が珍獣を見る目で覗き込んでいた。
「……お母様。アイク様に、何か悪いことが起きたようなの」
思い悩むあまり、聞いてくれた母にぶちまけてしまったが、完全に不思議な子になってしまった。
母は、突然超能力者のような発言を始めた娘に、あっけにとられている。
「ごめんなさい、お母様。忘れて!」
自分が口走った内容が恥ずかしく、頭がおかしい子だと思われる前に、慌てて打ち消す。
「今日は、ルーカスが麓の村へ視察に行く日でしたね。すぐ支度します」と何事も無かったかのように、話を変えようとすると、母がポツリと呟いた。
「メリッサ、もしアイザック殿下に何か変事があるのであれば、ルイス先生を頼りなさい」
「えっ?ルイス先生?」
「メリッサも知っているんでしょ?彼が魔法使いであることを」
お母様も知っていたのか!と驚く。つまりお母様は、ずっと前からルイス先生が魔法使いと知っていて、内緒にしていたのだ。
子爵領を守ることに尽力してきた母だ。もぐりの魔法使いを匿うような危ない真似を、親切でするとは考えられない。
「ルイス先生は、アイザック殿下をお守りするためなら、手段を選ばない方ですから」
母の口振りには、領民に対するものではない、目上の人に対する雰囲気が含まれている。うっすらとした予感が、確信に変わりつつあった。
「お母様……ルイス先生って、もしかして……」
「……それ以上は、私の口からは言えないわ。ご本人から聞いて」
朝食後、できる限り平常心を装って、視察に出るルーカスとジムを見送る。
華美ではない外出着に着替えると、ルイス先生の診療所へ向かった。
◆◆◆◆◆◆
「お嬢様がこちらにお越しになるとは珍しいですね。どうされました?」
「先生にお話ししたいことがありまして」
いつもの穏やかな顔で迎えてくれたルイス先生だが、私の強ばった顔を見て、何かを察したのか真剣な顔になる。
「今1人患者さんがいらっしゃってますから、終わったら休診にします」
「そうしていただけると助かります」
少年のざっくり擦りむいた脚に薬を塗り、手早く包帯を巻くルイス先生を、待合室からぼんやり見つめる。
べそをかいている少年を、優しく手当てするルイス先生が、人を殺そうとしたお尋ね者だとはとても思えない。
「では今日の夜、もう一度、この薬をお母さんに塗ってもらいなさい。そうすれば綺麗に治るから」
「先生ありがとう!お嬢、またね~」
少し足を引きながら、それでも笑顔になって帰っていく少年に笑顔で手を振ると、先生はこちらを振り返った。
「では、お嬢様。何があったのかお聞かせいただけますか?」
私は、ルイス先生に昨日見たことや感じたこと、そしてアイク様に何か良くないことが起きている気がするという話を、全て話すことにした。
ルイス先生は、一度も口を挟むことなく、テーブルに肘をついたまま、黙って聞いていた。
「信じていただけないかもしれませんが」
「信じますよ」
最後まで話し終わり、私が付け加えると、ルイス先生があっさりと言い放った。
「え?」
「同じ体に同居した経緯がある2つの魂が、離れても一部の感覚や記憶をやり取りしてしまう、ということは考えられなくもないです。魂というのは、不思議なもので、魔法使いにもよく分かっていないですから。アイザック王子殿下の感情が、何らかの危機により乱れた結果、お嬢様がそれを受信してしまったということはあり得ることですね」
私は、王宮でのこと――王太子殿下の暗殺未遂に巻き込まれたこと、アイク様の魂を自分の体に入れてしまったこと――は、家族を含め、誰にも一切話していない。
にも関わらず、ルイス先生はサラッと話している。
「……ルイス先生、それは自白ですか?」
「なんのですか?王太子殿下を脅しに行ったら、間違えて王子殿下を攻撃してしまったことは、恥ずかしいのでノーコメントです。でも、咄嗟に王子殿下の魂を、お嬢様に放り込めたのは、我ながらファインプレーでした」
「王子殿下を殺していたら、あの世でフィリアに何と言われるか」とにこやかに話すルイス先生。
いや、笑いごとではない。すべての元凶がこんな近くにいた。
(お、お母様。なんでこんな国家犯罪者を子爵領に住まわせているのですか!?)
私やルーカスのことを、さんざん常識が足りないと言い、嘆いていた母アリア。
でも、貴女も十分にとんでもないことをしている。もはやグレイ子爵家に、まともな人間はいない。
「アリア殿を責めないでくださいね。アリア殿も、フィリアに脅さ……頼まれて、私を匿っているだけですから」
「フィリア王女殿下にですか?」
「そうです。彼女は、生まれながらのプリンセスですから、平気で他人にとんでもないお願いをする女性でした。私も、フィリアの最期のお願いを守るために、生き続ける羽目になっています」
「最期のお願い、ですか」
「フィリアの忘れ形見である、王子殿下の命を守ることです」
「王子殿下って言っても、先生の、息子ですよね?」
あくまでアイク様を王子殿下と呼び続けるルイス先生に、違和感を感じて問いかけた。
「息子ですか……。私は抱いたことも、話したことも、まともに顔を見たこともないので、そう思ったことはないですね」
そう言ったルイス先生、いや、元王宮魔法使いブルーノ・ベネットの顔は、どこか寂しげだった。




