第3話 女官は人事異動させられる
(リアルだったな……夢なのに前回と続いてたし)
目覚めても、夢の中の出来事はかなり明確に覚えていた。
アイザック王子の髪が、見た目の割に案外硬く、クセ強めだった感触まで残っている。
今までこんな夢はなかったので、少し不安になってきた。
(あの事件で、私も魔法か何か受けておかしくなってるのかな?宰相閣下か、誰かに相談する?)
考えてみて、やっぱり頭を振る。
(駄目だ…。「毎日夢にアイザック殿下が出てくるんです」なんて、ただの猛烈なファンじゃん。そんな恥ずかしいこと真面目に相談するなんて、痛い子すぎる)
そう、きっとあの時、衝撃的すぎる光景を見てしまったせいで、アイザック殿下の印象が強く心に残ってしまったんだ。
そのせいに違いない。
することもないので、部屋の中で悶々と考え続ける。
背中は痛むが、他に問題は無いので、ベッドから起き上がって椅子に座り、ぼんやり窓の外を見る。
相変わらず無口な女騎士に見張られ、外出も許されない軟禁状態は変わらないが。
1人静かな昼食を終えると、初の来客があった。
宰相クロフォード侯爵のご長男で、王太子補佐官のエドガー様だ。
エドガー様は確か30歳位の御年齢だったと記憶している。
御父上と同じく、怜悧な官僚でありながら、容姿端麗、大変物腰が柔らかな紳士であり、既婚なのに、貴族女性の中でファンクラブなるものが作られているほどの御仁である。
昨日も宰相の後ろに控えていた気がするが、一介の女官である私が、こんな眩しい人物と一対一で会話する羽目になるなんて…と、ひたすら恐縮する。
「緊張なさらなくても大丈夫ですよ」
にこやかに微笑んでいるが、笑顔が眩しすぎる。
「メリッサ嬢の今後のことですが…」
「はい!」
「王太子殿下執務室付に配属を変更していただくことになりました」
「……ええ?」
言われたことが飲み込めず、思わず聞き返してしまう。
王太子執務室といえば、国家の中枢も中枢。
国の運営を担うごく一部の官僚だけが入室を許され、侍女や女官も、身元のはっきりしている上位貴族の令嬢や、上級学校を卒業した才媛のみで構成されるという、まさにエリートの職場。それが王太子執務室なのだ。
貧乏子爵家の生まれで、最低限の貴族教育しか受けていない私が入るような場所ではない。
「あの、大変光栄なお話ではありますが、私は元のまま、東の宮担当では駄目でしょうか?」
「駄目です」
恐る恐る聞いてみるが、エドガー様はバッサリと切り捨ててくれた。
「貴女が見たことは、城の中であっても、絶対に漏れてはいけないのです。女性は集まると色々と何でも話してしまいますから、東の宮の気の知れた女官の中で、口を滑らせてしまわれては困るのです」
女性に対してどうやら偏見がある気がするし、お喋りな女だと思われているのかと少しムッとする。
(自分が女に持て囃されているからって、ちょっと女を馬鹿にしてるんじゃない?)
反論できる身分ではないので、罵倒は心の中に留めておくが。
「分かりました。では明日から出仕いたしますのでよろしくお願いします」
「明日からで良いのですか?もう数日休まれてからでも…」
「問題ございません」
不敬にならない程度に冷たく返答しておく。
エドガー様は何だか驚いた顔をしている。恐らく女に冷たくされたことが無いとか、そんなところだろう。
「…では、そのつもりで。何か他にお聞きになりたいことは?」
この男に聞いていいものかと一瞬考えたが、どうしても気になっていることを聞いてみる。
「第二王子殿下は、本当にご無事なんですか?」
「……ご無事ですが。なぜそのようなことを?」
エドガー様は平静を装っているようだが、警戒心が隠しきれていない。
「いえ、差し出がましいことをお聞きいたしました。ご容赦くださいませ」
ここは一旦引くことにしよう。
エドガー様は、何か言いたげな目をしていたが、「では、また明日」と言って去っていった。
「ご無事だ」と答えるまでの間が、やけに長い気がしたのは、私の気のせいだろうか。
◆◆◆◆◆◆◆◆
明日に備えて早めに就寝したのに、目の前にはまたあの男がいた。
「なんで!?なんで毎日アイザック殿下が出てくるの?私の深層心理はどうなってんの?」
「知らん!」
流石におかしい。夢だ夢だと言い聞かせてきたが、これは夢ではないのかもしれないと、薄々感じ始めている。
「やっぱりおかしい…夢じゃない。どうなっているの?」
「……少なくとも俺にとっては夢ではない」
アイザック殿下がポツリと呟いた。いつもの魔王っぷりがナリを潜めてしまっている。
「あの魔術を食らってから、気付くとこの空間にいた。偶にお前が来るだけで、他の人間とも会わないし、出る方法も分からない。自分が外の世界でどうなっているのかもさっぱりだ」
いつになく弱気な口調だ。
しょんぼりしている殿下は、やっぱり大型犬のようだなと、空気を読まず考えてしまった。
「やっぱり魔法のせいなんですかね?どうなったらこうなっちゃうんですか?」
「……いくつか考えられるが。1つ目は、もう俺は死んでいて、思念だけ残っている場合。2つ目は、生きているが精神だけなぜかお前と繋がっている場合。3つ目は、魂が丸ごと抜けてお前の中に吸収されている場合。いずれにせよ、外での俺がどうなっているのか分からないと、何とも言えん。」
つらつらと仮説を述べているが、どれも理解不能なんですが。
「思念だとか魂だとか…そんなことあり得るんですか?」
「魔法使いには時々、魂だけで動いたり、精神だけ遠くに飛ばす術を使う奴もいる。俺はやったことないが」
魔法使いの世界、奥が深いな。
なにせ近年は魔法使いの数はどんどん減っており、滅多にお目にかかることは無い。
一般人には、火を出すとか、水を出すとか、そういうイメージしかなかった。
「とにかく、誰かに伝えないと…」
「…どうやって?俺はここから出られないんだが」
魔王よ、後ろ向きにならないでくれ。
「あの、私、明日から王太子殿下の執務室で働くことになったんです。王太子殿下に相談するとか……」
「一介の女官が、個人的に王太子に話しかけられる訳がないだろう」
こちらが一生懸命何とかしようとしているのに、一刀両断してくるな。
「だいたい、俺だって今の状況が分からないんだ。説明しようがないだろう」
追い打ちをかけてくるな。誰のためだと思っているんだ。
「…とにかく、私は現実世界で殿下の状況を探ります。殿下もウジウジしていないで、魔法使いなんだから、少しは自分で考えてください」
弱気な魔王にきっぱり言い放つ。ここは私の夢なんだから、いつまでも居座られても困る。
魔王…ないし殿下は穴が開くほど私の顔を見つめている。そして、一言問いかけてきた。
「そういえばお前、名前は何という?」
「今更!?」