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第9話  子爵令嬢は再会する

「ま、まあ、そうは言っても、グレイ子爵領は気軽に来れる距離ではありませんし、リップサービス、じゃないでしょうかね。王子殿下がそんな何日もお忍びで留守にはできないでしょうし……」


一体なんで私が言い訳をしているのか分からないが、しどろもどろでルーカスの主張を否定する。

「そ、そうですね。まさか、王子殿下がお見えになるわけ、ないわね」


母もかなり動揺しながら同意してくれた。

これは、私達2人の、切実な願いだ。


アイク様にお会いしたい気持ちは、勿論ある。

もし、アイク様も私に会いたいと、少しでも思ってくださるのならば、本当に天にも昇るくらい、私は嬉しい。

(でも、会ってどうするの?)と、心の中の私が問いかけてくる。


そもそも、何でアイク様がそんなに私に目をかけてくださっているのか、思い当たる節がないのだ。

自分の容姿が、一目惚れされるようなものではないことは、自分が一番知っている。

あの事件の前は、一切面識がないし、夢の中の数日だけ、話をしただけの関係にすぎない。


もしも、本当に、アイク様が私のことを、多少好ましく思ってくれていたとしても、いかんともし難いほどの身分差がある。

(私を、これ以上かき乱すようなことは止めてください……)


アイク様に、心の中で切に願う。

しかし、アイク様に届くわけもない。

そして、もし万が一、届いたとしても、アイク様は、お願いを素直に聞いてくれるような人ではなかったのだった。


◆◆◆◆◆◆


「お嬢、ちょっといいかい?」


その日のお昼前、お買い物ついでにオプトヴァレーの街を散歩していた私は、夜幻草農家のロジャー爺さんに呼び止められた。


「ロジャーさん、こんにちは。腰の調子はどう?」

「おお、お陰さんで、もうすっかり良いよ。それより、アルがな、森で変な男を見かけたと言うんじゃよ」

「変な男?」


私達の話を聞いて、近くにいた街の人の達も集まってきた。

まだ野盗騒ぎがあったばかりだ。皆警戒感を露にしている。


「アル、どこで見たんだ?」

大工のカイさんが、ロジャー爺さんの孫のアルさんに、強い口調で聞く。

「『熊殺しの谷』の中に、フードを被った黒い服の男が、立っていたんだ」

「はあ?『熊殺しの谷』の中だあ?」


『熊殺しの谷』は、オプトヴァレー北部にある谷のことだ。

切り立った崖地の間に挟まれ、その名の通り、落ちたものは熊でも助からないと言われる断崖絶壁だ。

生きた人間が谷の中にいるというのは、まず考えられない。


「お前、岩か何かを見間違えたんじゃないのか?」

街の人達も、アルさんを見る目が一気に胡散臭げになった。

「違う!本当に人がいたんだ!だって俺、そいつと話したし!」

「はあ?!」

ますます信じられない話に、集まった人達からどよめきが上がる。

信じて貰えていない空気を感じ取ったアルさんは、焦ったように早口で続けた。


「いや、俺もまさかと思って、「大丈夫か?」と叫んでみたら、「大丈夫だ」って返事があったんだ!で、「オプトヴァレーはどっちだ?」って聞かれたから、南だって答えといた」


にわかに信じられない話に、沈黙があたりを包む。


「ま、まあ、もし本当だったら、野盗の残りかもしれないし、警戒はしといたほうが、いいかしら」

「……そ、そうだな。まあアルの夢かもしれないが」

「夢だろ。アルはよく山で昼寝してるじゃないか」

「確かにな」「なんだ、心配して損した」

「違う!本当だ!!」


アルさんの目撃情報は、本人の抗議をよそに、夢ということで片付けられようとしていた。

1人また1人と、自分の仕事に戻って行く中、薬草屋の娘、ユラちゃんがトコトコと走ってきた。


「おじょう~、おきゃくさま来てるよ~」

「お客様?」

「そう。ユラのおみせで、おはな買ってくれたの~」


無邪気に笑うユラちゃんの後ろから、フードを被った黒ずくめの男が現れた。片手に、似合わない花束を持っている。


「ああ!あいつだぁ!!」

アルさんの声が響き渡り、街中の人の注目が一気に集まる。

「熊殺しの谷から出てくる人間がいるのか!?」

慌てて家の中に逃げ込む人、そばの箒やスコップを手にとって構える人、辺りが騒然とする中、悠々と男は私に向かって進んでくる。


「お嬢!」とカイさんが私の前に出て庇おうとした時、男はフードに手をかけてサッと脱いだ。


太陽の光を浴びて、その白銀の髪が輝く。少し眩しそうに細められた藍色の瞳。


「あ、アアアア……」

見覚えのありすぎるその方の、名前を呼びかかって、慌てて止めようとした結果、壊れた人になってしまった。


「はっ」といつもの人を馬鹿にしたような笑いが漏れる。そして、いつもの無愛想な顔に、珍しく笑みが浮かんだ。


「よおメリッサ、久しぶりだな」

「おおおおお、お久しぶりです。……なんで!!??」

「なんでって、俺はグレイ子爵殿から呼び出しを受けたんだが?」


平然と返した彼、我が国の第二王子アイザック殿下は、動揺する私を完全に面白がっている。


「なんだい。お嬢と坊ちゃんの知り合いか?」

カイさんが警戒を緩めたように聞くと、私が口を開くよりも前に、アイク様が答え始めた。


「どうも初めまして。メリッサさんが王都に勤めていた時の知り合いで、魔法使いやってます、アイクと申します」


(誰だお前は!?)

唐突にアイク様の好青年キャラが誕生した。にこやかにカイさんと握手を交わしている。

自己紹介は愛称にしているが、少し王族に詳しい人相手だったら、完全にバレるぞ。

というか、その銀髪を出した時点で、レイファ国民の大半が王族だと気づく。


だが、王族なんて伝説の存在だとしか思っていない陸の孤島、グレイ子爵領の住民は、全く気づく様子がない。

どうやら、常識がないのは、領主だけでなく、子爵領全体の問題だったようだ。


「もしかしてお嬢の恋人?カッコいいじゃん」

「へえ、魔法使い様って、初めて見たわ!」

「すごい!お兄ちゃん、魔法見せて見せて」


ユラちゃんがはしゃいで、アイク様の裾を引っ張っている。

「ちょっと、ユラちゃん、駄目よ」


その人、王子で魔王だから!という心の声は、純真無垢な子供には届かない。

意外にも、アイク様は嫌な顔一つせず、持っていた花束から大ぶりの花を1輪引っこ抜いた。

その花を軽く振ると、一瞬で見事な氷の花が出来上がっていた。


「どうぞ、お嬢さん」

アイク様がキザな格好でユラちゃんに氷の花を渡すと、ユラちゃんがポッと顔を赤らめる。

「ありがとう、お兄ちゃん!」


はしゃぎながら走り去っていくユラちゃんを、にこやかに見送る好青年。誰だお前は。


「と、とにかくアイク様。うちの屋敷へ……」


街の人達におざなりに手を振ると、アイク様の腕を掴み、引きずるように走る。

街の人達の視線が無くなった瞬間、アイク様の深い溜め息が聞こえた。


「どうされました?」

「いや、マジで疲れた。自分で自分が気持ち悪い」


やっぱり無理してたんかい!


「お前の弟、あの猫かぶり術は凄いな。コツを教えて欲しいわ」

「ルーカスのことには触れないでください!」


人をからかうように笑うアイク様は、以前と同じ、ちょっと性格の悪い魔王様だった。


「ああそうだ。これやるよ」

無造作に渡されたのは、ユラちゃんの店で買ったらしい花束だ。

とはいえ、ユラちゃんのおうちは薬草屋。構成する花は、全て薬草という随分実用的な花束で、華やかな花は一つもない。


「ありがとう、ございます」


なのに、これまで見てきたどんな花束より綺麗だと感じる私は、だいぶ重症なんだろう。

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