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第8話  子爵令嬢と亡き王女のお話

「フィリア様は、気が強くて、高飛車で。王女様というより、女王様というのが相応しい方だったの」


私のイメージを根底から覆す、母の話が始まった。

「言葉遣いはなかなか王女らしくなかったけれど、上級貴族から下級貴族、私達女官まで、ある意味平等に扱っている方で、私は結構好ましく思っていたわ」


母は当時を思い出したように、クスクスと笑った。

国王陛下や王妃陛下ら、今の優しい王族の方々とは、少々趣が異なるようだ。

どうやら、アイク様のあの毒舌は、母親譲りなのかもしれない。


「そんなフィリア様が一目惚れしたのが、同じ年のブルーノ様。ブルーノ様はとにかく穏やかな方で、あのお転婆なフィリア様とは性格が真逆なのに、不思議と気が合ったようだったわ。最初はフィリア様に押されっぱなしだったけど、そのうち、誰がどう見ても相思相愛になってしまわれて」

「でも、フィリア殿下には婚約者がいらっしゃった……」

「……そう。ベネット侯爵家出身で、王宮魔法使いであるブルーノ様なら、王女殿下と身分の釣り合いも取れていたんだけど、既にフィリア様は婚約者がいて、しかも相手は他国の王子。だから、2人は当時の国王陛下――今の陛下の父上だけど――に別れさせられて、ブルーノ様は、地方へ飛ばされることになった」


ここまでは、政治に呑み込まれた、若い2人の悲恋話だ。

しかし、フィリア王女殿下はここで終わらなかったのだろう。アイク様が生まれているのだから。

母は、少し苦笑いしながら続けた。


「フィリア様がお気の毒で、おいたわしくて、私達女官も涙を流したものだったわ。でも、フィリア様は想定の範囲外の行動を起こされたの」

「想定の範囲外?」

「王女殿下が、女官や警護の目を盗んで、窓からロープで飛び降り、ブルーノ様に夜這いをかけに行くなんて、想像できる?」


それは想定の範囲外過ぎる。どれだけアクティブな王女様だったんだ、アイク様の母上は。

「フィリア様は子を宿され、当然、レイファ王家を揺るがす大騒動になったの」

「それは、そうでしょうね」


レイファ王国は他国と比べても、未婚女性の貞操観念が厳しい国だ。

未婚の王女殿下が、婚約者でもない臣下と子を為すなんて、想像を絶する話だ。

一般の貴族令嬢でも、社交界から平民にまで知れ渡る一大スキャンダルになるだろう。


「フィリア様は重病ということで婚約を破棄することになり、王都から遠く離れた修道院に監禁された。子は、フィリア様や当時の王太子御夫妻が必死に嘆願した結果、身分を捨てて、里子に出すということで一度は決着したんだけど……」

そこで、母は一度、大きな溜め息をついた。


「ところが、生まれたら『レイファの白銀』持ちの上、魔力まで持っていたものだから、里子に出すわけにもいかなくなって。すったもんだの末、王太子夫妻の第二子として発表されたの」

「すったもんだ……」


多分、アイク様は覚えていないだろうが、生まれた時から、いや生まれる前から、様々な思惑に翻弄されてきた命に、胸が痛む。今、御両親や兄君に愛されていらっしゃるのが、せめてもの救いだ。


「それで、フィリア王女殿下や、ブルーノ様はその後どうなったのですか?」

「フィリア様は、公式には亡くなったことにされ、そのまま修道院で名も過去も変えて過ごされ、10年前に流行り病で亡くなったわ。ブルーノ様も名を変えて、国の監視の下、地方に勤務されていたけれど、フィリア様が亡くなった後、行方不明になったそうよ。当時、王宮の人間が、ここまで聞きに来たから」

「お母様の所に?」

「私が、ブルーノ様とも顔見知りだったからじゃないかしら。私は、フィリア様のご出産に立ち会った後、すぐにグレイ子爵家(ここ)に嫁いだから、それ以来お会いしたことはなかったけれど」


少し寂しげに呟いた母の顔に、フィリア様や、ブルーノ様に対する感情だけではない、複雑な色を見た気がした。

私だって、王宮に勤めていたのだから、王宮の考え方はある程度分かる。主君である王女殿下の不祥事に、王女付き女官の罪が問われないなんてありえない。

むしろ、女官の責任にしてことを収めることのほうが自然だ。内々とはいえ、ブルーノ様が王女殿下に狼藉を働いたということにした以上、守れなかった責任を取らされるのは、護衛騎士と女官だろう。


母と亡き父は、かなりの年齢差がある。

いくら母が格下の男爵令嬢だったとはいえ、二回り近く年上の、山奥の超貧乏子爵家に嫁いだことに、これまで疑問が無かったわけではない。そして、母が実家と疎遠であることも、全て繋がった気がした。


そのことを母に直接問う勇気はない。ただ、母は、そんな私の考えを見透かしたかのように、きっぱりと言い切った。


「私も若い頃は波瀾万丈だったけれど、子爵家(ここ)に嫁げたことに後悔はないわ。優しい旦那様と、少し常識から外れているけれど、可愛い子供達に出会えたんだから、とても幸せ。それだけは覚えておいて」


微笑む母の顔に嘘はない。ただ、私も胸が温かくなり、「私も愛しているわ、お母様」と笑顔で返した。



◆◆◆◆◆◆



「おはようございます!母さま、姉さま!」


翌朝、元気よく起きてきたルーカス。

昨日母から聞いたお話で、既にお腹いっぱい状態の私だったが、ルーカスからの話も聞かざるを得ない。

特に、アイク様とのあれやこれやは、聞くのがとても怖い。


口ごもる私を横目で見た母が、口火を切ってくれた。

「王都での話は、昨日ジムからある程度聞きました。アイザック第二王子殿下とも面識を得ることができたとか」


「そうです!」と答えたルーカスは、大変ご機嫌だ。

正直、年上の男性とあまり接触する機会がなかったルーカスが、これほど他人に懐くのは見たことがない。

アイク様、どんな手を使ったんだろう?


「最初は、口調も乱暴だし、絶対に姉さまには近寄らせたくない男だと思いましたが、」

(ん?)

何を言いだしているんだ、この弟は。


「意外と頭も良いし、魔法は強いし、悪いやつじゃないのかなって思うようになって」

(はぁ!?)

王子殿下相手に、どこから目線で評価を下しているの!?あんたは、たかが子爵ですよ。


「何より、本気で姉さまを大切に思っているのは分かりました。王都であった貴族連中の中では、一番まともな方だなと思いますよ」

(おおい!!)

どうなってんの、こいつの頭の中は!!


私の頭の中は大パニックでどんどん言葉遣いが乱れていくが、実際のところは、一言も言葉を発せない。

酸欠の魚状態で口をパカパカさせることしかできない。

助けを求めて母を見るが、母も見たこともないほど口が開いている。


(貴女の息子ですよ!どういう教育をしたんですか!?)


何も言えないままの母と姉を気にせず、ルーカスは呑気に続けた。


「近日中に一度、子爵領に挨拶に来るつもりだと言っていましたし、筋を通すところも嫌いじゃないです」


……今、何か恐ろしいことを言わなかった?


「ル、ルーカス、それは、第二王子殿下が、ここに来るということですか?」

母が震えながら聞き直した。聞き間違いであって欲しかったが、ルーカスはあっけらかんとしている。


「そうです。姉さまに会いたいとぼやいていましたので、僕がお誘いしました!子爵家当主として、姉さまが欲しいなら、ちゃんと直接挨拶に来いと言っておきましたよ!」


どうだと言わんばかりに胸を張るルーカスに、眩暈がする。

やっぱり、教育を間違えた……!!

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