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第7話  子爵令嬢は母と語らう

母、ジム、マリーの3人の視線が、私に集中しているのを感じる。

(なんでこう次から次へと、誤解させるようなことを……)


とりあえず、誰とも目を合わせないように、明後日の方向を見つめる。

張り詰めた静寂を破ったのは、ため息混じりの母だった。


「……それは誠に畏れ多く、ありがたいことです。それでジム、続きを」


「はい、大奥様。一晩寝ると、お坊ちゃまはすっかり元気になりまして、その後の建国祭の日程はつつがなく消化できました」

「そう、良かったわ……」

「翌日以降は、暇さえあれば第二王子殿下に連れ回され、王太子殿下から並み居る上級貴族のご令息、軍部上層部まで、それは恐ろしいほどの人脈を築かれたご様子です」

「…………」


また出てくるのか、第二王子(アイク様)


今度こそ母も私も絶句した。

第二王子が連れ回すデビューしたての子爵って、社交界で一体どういう風に見られているのか、考えるのも恐ろしい。

「何か事情があります」って言っているようなものだ。何を企んでいるんだ。


「お坊ちゃまは最初は反発していましたが、最後は随分懐いておられました」

「は、反発ですか…王子殿下に?」

「『姉さまは渡しません!』と啖呵をきっておられましたね」


その様子を思い出しているであろう、ジムの目は死んでいる。

母は疲れきったように目を閉じ、なにも言わない。

私も、何一つ言い出す言葉が無いまま、長すぎる沈黙が続いた。

沈黙を破ってくれた救世主は、ここまで黙って同席していたマリーだった。


「奥様、お嬢様、もう夜も遅くなってきましたし、そろそろお休みになられたほうがよいかと存じます。詳しいお話は、明日お坊ちゃまから聞いたらいかがでしょう?」

「……そうね。ジムも戻ったばかりで疲れているのに、長く引き留めてごめんなさいね」


ジムとマリーが下がっていくのを見送った後、母は扉を見たまま、静かに宣告した。

「メリッサ、少し話を聞いてもいいかしら?」

私に、『否』という選択肢は一切残されていない。

「はい」

何も後ろめたいことは無いはずなのに、なぜか、死刑宣告を待つような気持ちだ。


母はハーブティーを入れると、私の前に置き、自分も向かいに座った。

「……まさか、貴女が、アイザック王子殿下とそんなに親しくなっているなんて……。ルーカスといい、うちの子達はどうなっているの」


ルーカスと同レベルにされてしまった。まことに心外である。


「アイザック殿下には、確かに親切にしていただきましたが、誤解を与えるような、後ろめたい関係では決してございません」


私も貴族令嬢の端くれとして、これだけは誤解されたくない。男女の関係にあったと思われては、私にも、アイク様にとっても不名誉なことだ。

母は心外だというように目を見開いた。


「そのようなことを、疑っていません。私の娘ですもの、きちんと立場を弁えて、線引きのできる子だと分かっています」

(線引き、出来ていたかしら……?)

きっぱりと言われてしまうと、ちょっと自信がなくなる。

もう1年以上お会いしていない。でも、今でもアイク様の名前が出ると、心臓が飛び跳ねる。身の程知らずな感情を持っていることは、やっぱり否定できない。


「ただ、アイザック殿下は……。殿下自身のことは存じ上げませんが……」

やはり、母は知っている。アイク様のご両親のことを。

言い淀む母に、私は、今まで避けていた話題を持ちかけることを決めた。


「お母様は、フィリア王女殿下の女官をしていたと聞きました。アイザック殿下のこと、御存じなのでは?」


母の顔がみるみる青ざめる。

「メリッサ、貴女、まさかフィリア様とアイザック殿下のことを、知ってしまったの?」

母が見たこともないほど狼狽している様子に、触れてはいけないことを聞いてしまったことを悟る。

一瞬後悔したが、今更引き返せない。

恐らく当時の状況を知っているのは国の上層部と、この母だ。私が聞き出せるのは母しかいない。


「アイザック殿下御本人からお聞きしました。実のご両親のことを。でも、王妃陛下は、アイザック殿下は『悪意ある噂』を聞いているとおっしゃっていました。真実を、お聞きしたいのです」


母は苦悩に充ちた顔で黙りこくっている。

私はただ、母の心の整理がつくことを待つことにした。


「……20年以上も経って、フィリア様の忘れ形見であるアイザック殿下と、私の娘が親しくなるなんて、どういう縁なのかしらね」


母は泣き笑いのような、複雑な顔で、私を見つめる。

「いいわ、お墓まで持っていこうと思っていたけれど、フィリア様が望んでいるんでしょう。全部教えるわ」

さて、どこから話せばいいかしら……と母は少し考え、語りだした。


「フィリア様は、お生まれになった時から、縁談が決まっていた。それは知っていて?」

「はい、他国の王子様と婚約されていたと、聞きました」

その先は言いにくい。

「そう。だけど、フィリア様は王宮魔法使い、ブルーノ・ベネット様に、猛烈に惚れ込んでしまったの」

「えっ!?」


私が聞いた話と全く違う。むしろ真逆だ。

私が驚いた様子を見て、母が不思議そうな顔をする。

言いにくい話だが、聞くしかない。言葉を選んで恐る恐る母に尋ねる。


「私がお聞きした話では、王宮魔法使いのブルーノ・ベネット様が、王女殿下に横恋慕して、無理矢理襲ったと……」

今度は母が、驚いた顔で硬直する。みるみる怒りの表情に変わっていく。

「誰がそんなことを!?全くの嘘よ。2人に対する侮辱だわ」


母が、淑女らしからぬ乱暴な動作で、ティーカップを机に置く。カップと受け皿が派手に音を立てて、私が怒られたわけではないのに、身を竦める。

しばらく腹立たしそうに鼻息を荒くしていた母だが、しばらくして自分を落ち着かせるように低い声で、とんでもないことを話し始めた。


「どちらかと言えば、襲ったのはフィリア様ね。そんなこと、表沙汰にはできないだろうから、ブルーノ様に全部罪を被せたわけね。王宮の爺共のやりそうなことだわ」


(お、王女殿下が、王宮魔法使いを襲う……)


想像を絶する単語に、頭がクラクラしそうだ。

私がこれまで想像していた『悲劇の王女様』のイメージは儚く崩れていく。

どうやら、アイク様のお母様は、常識を超えるお姫様だったらしい。

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