第6話 子爵令嬢は英雄を送る
「今夜は泊っていってください」という母の言葉に遠慮することなく、リオ様は客間で泊っていくこととなった。
その夜だった。
「しまったーーー!!」
という叫び声に飛び起きる。リオ様の声だ。
夜着のまま、慌てて客間に走っていくと、母とマリーも駆けつけてきた。
3人で身を寄せ合い、恐る恐るノックする。
「リオ様、大丈夫ですか……?」
すぐに中でバタバタと音がして、リオ様がドアから顔を出した。
「す、すみません……」
申し訳なさそうにするリオ様だが、本人にも部屋にも、特に異常はなさそうだ。
「いかがされましたか?」
再度問いかけると、しばらく気まずそうにしていたリオ様だが、ポツリと呟いた。
「……帰る方法を、忘れていました」
「え?帰る方法?」
おっしゃる意味が分からず、首をかしげる。
「僕、ノーマン様の転移魔法でここに来たんです。でもノーマン様、もう帰っちゃったので、僕1人じゃ帰れなくなりました」
今更!?と半ばあきれて、母とマリーの顔を見ると、2人も概ね同じ感想を抱いている気配が感じられた。
沈黙のあと、母は、いつも通りきっぱりとリオ様に助言した。
「歩いてお帰りになるしかないかと思います。道案内と荷物持ちは、領民から出しますので」
翌朝、リオ様は山に慣れた子爵領の住民2人と共に、徒歩で下山していった。
ノーマン様の性格上、迎えに来てくれることは無い気がするが、まあ8日もあれば王都に辿り着くだろう。
(リオ様、助けに来てくれてありがとう。そして頑張れ)
◆◆◆◆◆◆
リオ様を見送ったあと、私と母は、真っ黒な喪服に着替える。
今日はピーターさんの葬儀だ。
ピーターさんは、奥さんとまだ6歳のお子さんの3人暮らしだった。
体は大きいのに、とにかく気が小さいことで有名で、街の男達にしょっちゅう弄られていたが、言い返すこともなく、それでまた馬鹿にされても、ニコニコしていた。
しかし、今回の野盗騒ぎでは、家族を守るために、自ら自警団に名乗り出た。
彼は間違いなく、オプトヴァレーの勇敢な男だ。
そして、そんなピーターさんを、領主である私達グレイ子爵家の不甲斐なさによって、死なせてしまった。
他領のように、きちんとした兵を整えていれば、警備部隊を整えていれば、一般の領民を危険な目に遭わせることはなかった。
「大奥様とお嬢様に参列いただくなんて、何ともったいない……」
私たちに頭を下げて、途中で言葉を失う奥さんと、横で泣きじゃくる少女の姿に、胸が張り裂けそうになる。
領主代理としてお悔みの言葉を言う母の隣で、奥さんよりも深く、頭を下げることしかできなかった。
街の小さな教会からは溢れる程の参列者が集まっている。すすり泣きの中、死者を送る、司祭様の言葉が始まった。
「善良な木こりだったピーターは、野盗から街を守るために自ら自警団に立候補し、メリッサお嬢様とルイス先生を守って、力尽きるまで野盗10人と戦い、遂に全員を倒した。まさにオプトヴァレーの恩人であり、英雄というに相応しい。我らはその名と比類なき働きを、後世まで伝えるだろう」
男達の号泣が響き渡る。
「ピーター!馬鹿にしてすまねぇ!」
「お前は誰より強かった!」
ルイス先生の説明の結果、野盗団を倒したのは、ピーターさんということになっていた。盛っているどころか、全くの大嘘だが、真実を言うつもりはない。
残された母子に、これ以上不幸が訪れることがないよう、取り計らっていかなければならない、と決意を新たにする。その責任が、私達子爵家には、私にはある。
その後、オプトヴァレーの広場には、英雄ピーターさんの胸像が作られ、その勇敢さは、親から子へ代々語り継がれていくことになるが、それはまた別のお話。
◆◆◆◆◆◆
悲しい事件から、10日と少し経った。
街全体が、未だに沈んだ空気に包まれる中、遂に我が弟、ルーカスが王都から帰還した。
もうルーカスは『お坊ちゃま』ではない。立派な『グレイ子爵』となった。なってしまった。
新しい子爵の誕生に、街の人たちは道路に出て歓声を上げ、ちょっとしたお祭りのようなムードだ。
私と母も、門の外に出て、ルーカスを迎える。
「母さま、姉さま!ただいま戻りました」
「ルーカス、おかえりなさい」
ルーカスは子犬のように駆けてくると、母と私にそのまま抱き着いてきた。全くもって、爵位を持つ16歳とは思えない。ジムは後ろで苦笑いしている。
「大変な時に留守にしてすみませんでした。姉さま、大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫よ。みんなに守ってもらえたから」
「……僕の手で、その下郎どもを地獄に送ってやりたかったのに!!」
『夜幻の妖精』とやらから、顔に見合わない物騒な言葉が飛び出してきた。
この子、前からこんな子だったかしら?
「さあ、ルーカス。疲れたでしょう。早く休みなさい。ジムも早く入って」
「はい!母さま」「大奥様、ありがとうございます」
母に促され、2人は屋敷に入る。
旅の疲れも感じさせず、興奮状態だった弟だが、荷物を下ろし、湯を浴びてくると、途端に疲れたらしい。
「母さまと姉さまにもっとお話することがあるのに……」と呟きながら、ベッドに吸い込まれていった。
元々体が強くなかった子だ。この険しい旅路は堪えただろう。話はいつでもできるのだし、ゆっくり休ませることにした。
一方、ジムは律義にも、休む前に報告を済ませると言い張ったため、応接室でジムの妻、マリーを加えた4人でお茶を飲みながら話すこととなった。
「ジム、王都ではどうでしたか」
「はい。ベネット侯爵家では客人として実に丁寧な待遇を受けさせていただきました。ただ、肝心の侯爵様は、初日にチラッと挨拶をさせていただいただけで、その後は一度もお会いしていません」
母の問いに、ジムが話し始める。
ベネット侯爵――エドワード様は国王陛下付き王宮魔法使い。大体陛下の傍にいるのだから、屋敷にはほとんど帰っていないだろう。
それに、多分王家から頼まれたから面倒を見てくれただけで、個人的にグレイ子爵家には何の興味もないだろうし。
「前夜祭で、カイラス子爵令嬢に初めてお会いし、お坊ちゃまがエスコートをしました。お坊ちゃまは余分なことはお話しにならず、常に笑顔を貼り付けておられましたところ、なぜか神秘的だと言われるようになりまして、カイラス子爵令嬢はじめ、多数の令嬢方に取り囲まれ、ダンスのお誘いをひっきりなしにされるようになりました」
一度、リオ様からそれらしい話は聞いていたものの、本当にそれ、うちの弟!?
眩暈がしそうになって母を見ると、母は眉間に手を当てて俯いている。恐らく同じ気持ちだと察した。
「ただ、お坊ちゃまは旅の疲れもあったのか、途中で体調を崩されまして、王宮の休憩室をお借りすることになりました」
「「ええ!?」」
予想される事態ではあったが、王宮で倒れてしまったか……。
王宮女官をしていた身としては、パーティー中に体調を崩す令嬢や、酔いつぶれる貴族が休憩室を使うことは、よくある話だが、我が弟と思うと、やっぱり心配になる。
「それで、医師をお願いしましたところ、なぜか、アイザック第二王子殿下がいらっしゃいまして、治癒魔法や、疲労回復魔法とやらをかけてくださいました」
「はいい!!??」
全く意味不明だ。なぜ王子殿下が医師の真似事をしている。というか、魔法を他人にホイホイかけるなんてありえない。いや、アイク様は、何でもありな人だけど。
「なぜ、王子殿下が……」
「それが……」
母のごもっともすぎる疑問に、ジムが珍しく言いよどむ。
ジムは、なぜか私の顔をちらっと見たあと、一気に言い切った。
「王子殿下は、『メリッサの弟なら私の弟も同然だ。気にするな』とおっしゃられてました」
……あの王子、何言ってんの!?




