第5話 子爵令嬢は頭を抱える
「なんで?だと。それはこちらが聞きたい」
筆頭王宮魔法使いノーマン様の声は地を這うように低い。
これは機嫌が悪いを通り越して、お怒りだ。
ブリザードが見えるような、張り詰めた空気を一人で醸し出しており、警護の人間も怯え切っている。
リオ様だけが、呑気に手を振ってくるが、とても振り返せる状況じゃない。
「貴様が、あの第二王子を刺激するからだ!たかだか殺されかかったくらいで、騒ぐな!なぜこの私が、野盗ごときのために、こんな所まで来ねばならんのだ!!」
やばい、青筋立っている。これは本当に命が危ない空気だ。
殺されかかったのは「たかだか」ではない、とか、刺激した記憶はない、とか、言いたいことはあるが、一切の反論は許されない空気だ。
「まあまあノーマン様。落ち着いて」
「ノーマン様、リオ様、とりあえず、中へお入りください」
リオ様がとりなし、1人落ち着いている母が中へ促すが、ノーマン様は「結構だ」と言い放った。
「私は仕事を終えてとっとと帰る。リオ、残党がいないか確認するぞ。根絶やしにすればあの第二王子も納得するだろう」
「じゃあ後で寄ります~」と言うリオ様を引き連れて、ノーマン様はあっという間に消えていった。
嵐が通り過ぎたように、残された私たちは言葉も無く立ち竦んだ。
◆◆◆◆◆◆
リオ様が再び子爵家を訪れたのは、それからわずか1時間後のことだった。
「オプトヴァレー周辺に潜伏していた不審者は、根こそぎ駆除しておきましたから、もう大丈夫だと思います」
「く、駆除……」
随分物騒な言葉を、特になんてこともないように、リオ様は報告してくれた。
ティーセットを出してくれたマリーも固まってしまっている。
ささやかながら、リオ様を歓迎すべく、リオ様、私、母でテーブルを囲んでいる。
「あ、ありがとうございました。そういえば、ノーマン様は?」
「滅茶苦茶機嫌悪かったですからね。野盗に八つ当たりした後、どんどん帰っちゃいましたよ」
「そうですか。お礼を申し上げたかったのに……」
母が残念そうにつぶやく。そういえば、母だけは特にノーマン様を怖がっている様子がなかったな、とふと思い出す。
母は、リオ様が紅茶を飲み終わったのを見届け、問いかけた。
「ところで、なぜ我が領に来てくださったのですか?王都には連絡を送ったばかりで、まだ届いていないと思うのですが?」
「そうですね。正式な要請はまだ来ていませんでした。ただ昨日、メリッサさんは危険な目に遭われましたよね?」
「え、ええ」
「そのせいです」
どういうこと?と思いつつ。先ほど怒り狂っていたノーマン様の言葉を思い出す。
(第二王子……つまりアイク様関係ということ!?)
ふと、左手の腕輪に目を落とす。
(も、もしかして……)と私が思い当たったと同時に、リオ様が語り始めた。
「メリッサさんに掛けられた、アイザック第二王子殿下の防御魔法が昨日派手に発動したそうで。アイザック様、他国の賓客の歓迎行事中に、血相を変えて飛び出していきそうになっちゃったんですよ」
「ええ!?」
母が驚いてこちらを見る。
「メリッサに、アイザック王子殿下が魔法を……?」
「あれ、御存じありませんでした?メリッサさんは、アイザック様の御寵愛が深く……」
「ストップ!!」
リオ様、うちの母に何を嘘八百言ってくれてるんだ!私とアイク様のどこをどう見ればご寵愛なんて言葉が出てくる?
リオ様の突然の暴言(?)に、頭の中は大パニックのまま、必死にリオ様の口を封じる。
「違う違う!ただ色々事件で関わって、親切にしていただいただけ!」
「そ、そう……」
母の目は泳いでいる。全然目を合わせてくれない。
気まず過ぎるでしょ!どうしてくれんの!?と抗議を込めてリオ様を思いっきり睨む。
「冗談ですよ、アリアさん!変な意味ではありません。ただアイザック様はメリッサさんに恩義を感じておられるだけです」
リオ様がフォローを入れてくれるが、あまり効果があるように思えない。母の目はとても不安げにこちらを見ている。
後でゆっくり誤解を解くしかない、と溜息をつき、話を戻すことにした。
「それで、リオ様。アイザック王子殿下は大丈夫なんですか?」
「あ、はい。今にも王宮を飛び出しそうでしたが、建国祭に第二王子殿下がいないのは不味いので、国王陛下や王太子殿下、総出で止めました。それでもいなくなっちゃいそうなので、アイザック様を納得させるために、転移魔法が使えるノーマン様と、オプトバレーに来たことがある僕が、代わりに様子を見に来ました。ノーマン様はパーティー系には一切出ていないですし、僕はまだ成人前なので出られませんし、いなくても問題ないので」
どうやら私の命の危機は、王宮まで巻き込んでしまっていたらしい。
「大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした……」
心からのお詫びを申し上げると、リオ様はニコニコと笑った。
「全然かまいませんよ~。僕もまた遊びに来たかったですし」
「ささやかですが、お食事を用意しますね。ゆっくりしていってください」
母の言葉に、「お気遣いなく~」と言ったリオ様だが、特に帰る素振りもなく、そのまま食卓を囲むことになった。
◆◆◆◆◆◆
「この山菜と猪の炒め物、すごく美味しいですね!」
「どんどん食べてくださいね」
王都の食事とは比べ物にならない、ワイルド&豪快なわが子爵領のご飯だが、リオ様はモリモリ食べてくれている。
その食べっぷりを見ると、褒めてくれているのは、あながちお世辞というわけでもなさそうだ。
「あ、そうそう。建国祭の前夜祭で、ルーカスさんと会いましたよ!」
「本当ですか?ルーカスはどうでしたか?」
「常識に疎いので、おかしなことしてませんでしたか?」
わが弟、ルーカスの話に、母と共に食いつく。
なにせ貴族学校にも通えなかった、生粋の箱入り息子だ。一つ二つ、やらかす可能性は、母と共に覚悟済みだ。
「全然大丈夫でしたよ。入場した時から、あの美しい人はどこの令息だ?と騒ぎになってました」
「ルーカスが?」
実の弟だから、あまり容姿について意識したことはないが、改めて思い返すと、確かに顔の造りは整っている、気がする。
寝込んでいた期間が長かったせいか、私よりよほど色白で、ツヤツヤな肌をしており、どちらかといえば中性的な印象を受ける、かもしれない。
中身は、まだまだ精神年齢低めのお子ちゃまだが。
「物静かで儚げな見た目が、ご令嬢方に大うけしていて、ダンスに誘う女性陣が列をなしてました。早くも、グレイ子爵家にちなんで『夜幻の妖精』と呼ばれてましたし、今シーズン一番の話題、間違いなしですよ」
それはどこの誰ですか!?
私の知っている弟とかけ離れた異名に、唖然とする。
あの世間知らずのルーカスが、夜幻の妖精……。
どれだけ猫を被ればそんなことに……。
全く同じことを考えているであろう母と顔を見合わせ、頭を抱えることとなった。




