第4話 子爵令嬢は夢を見る
レイファ王国において、稀少な魔法使いは、丁重に保護され、特別な給付と権力が与えられている。
魔力が発動した子供は、全員王立魔法学校に入学するが、学費は無料、生活費全額支給という厚待遇を受け、卒業後は、王宮魔法使いをはじめ、輝かしい就職先が用意される。まず間違いなく、生涯生活に困ることはない。
更に、魔法学校を卒業した魔法使いは、王家以外の支配を受けないと法に定められており、平民出身であっても、貴族に頭を下げる必要がないのだ。
まさに至れり尽くせりだと思うが、稀に、それを拒む魔法使いがいると聞いたことがある。
そしてそれらの魔法使いは、概ね犯罪者か、国家反逆者であるとも。
(ルイス先生が?まさか……)
でも、ルイス先生はもう10年はこの街に暮らし、数え切れない領民の命を救ってきてくれた人だ。
そして、私だって、日頃からその人となりを見てきたのだ、犯罪者だなんて思えない。
確かに今、周りは血の海だけど、賊とはいえ、平然と殺す姿に恐怖を覚えたのは確かだけど、あくまで正当防衛なわけだし……。
困惑する私の顔を見て、ルイス先生は困ったような顔で話し始めた。
「何か変な想像されてますね?私はお嬢様や皆さんに恥じるようなことはしていませんよ。ただ、この国の魔法使いの在り方が嫌いなだけです」
「魔法使いの在り方……?」
考えたこともない話に首をかしげる。
「表面上の待遇は取り繕っていますが、この国の魔法使いは、王家の奴隷です」
ルイス先生から飛び出したとは思えない辛辣な言葉に、思わずルイス先生の顔を凝視する。
「戦争となれば、大量破壊兵器として年齢関係なく戦場に放り込まれ、平時も様々な結界維持のために魔力を搾取され続ける。王宮魔法使いの人生に自由などない、哀れなものです」
ルイス先生は、「その腕輪……」と私の腕輪に目を落とす。
「素晴らしい防御術です。生まれ持った魔力と、並々ならない研鑽を積まなければ、それだけのものは作れません。それほどの力を持つ彼も、王家に二重三重の鎖をつけられ、使い捨てられようとしています。絶対に許されないことです」
(ルイス先生は、アイク様を知っている……?)
ルイス先生の口調には、静かながらも、王家に対する深い憎しみが感じられた。
そんなことはないと思う、などと王家のフォローをしようと思ったが、怒りを湛えるルイス先生の顔を見て、口を噤む。
簡単な言葉でどうにかできるような問題ではない、根深い何かを感じたからだ。
(いったいルイス先生に、何が……)
それ以上発言する前に、遠くから数人の声が聞こえた。
「あっちのほうだ!」「急げ!」
賊の仲間が来たのかと固まるが、近づいてくるうちに、聞き覚えのある声を聞き取った。
「お嬢!ご無事ですか!?」
「……街の方達が、助けに来てくださったようですね」
ルイス先生の言葉に、へなへなと力が抜ける。
安心した瞬間、たまっていた涙が一気に溢れ出す。
私の背中を再び擦ってくれてたルイス先生だが、小声で囁いた。
「そういうわけで、お嬢様。私のことは絶対に誰にも言わないでくださいね。私もこの街は好きなので」
「分かりました」
王宮勤めで、すっかり口止めに慣れてしまった私は、即座に了解した。
どんな事情があるか知らないけれど、命の恩人を告発したくはない。
腰が抜けっぱなしの私は、状況説明をルイス先生に任せると、大工のカイさんに背負われて、屋敷に戻った。
血相を変えて飛び出してきた母とマリーに抱きしめられ、泥まみれになった体を清めると、そのままベッドに寝かされた。
こんなことがあったばかりで眠れるはずがないと思ったが、頭はパンクしかけていたらしく、いつの間にか意識を失っていた。
◆◆◆◆◆◆
懐かしい夢を見た。1年前のある数日間、毎日見ていたアイク様の夢。
何もない空間に、アイク様が静かに佇んでいる。
魔法で元に戻ってからは、起きたら覚えていないような夢か、辻褄の合わない薄っすらとした夢しか見たことが無かった。普通の夢の状態に戻っただけと言える。
なのに、ここまでリアルなアイク様の夢を見てしまうというのは、よほど私の心が弱っているんだろう。
口は悪いが、なんだかんだ言って、いつも私を心配してくれていたアイク様。
母やマリーの前では、これ以上心配かけさせたくなくて、出来る限り普通に振舞おうとしたけれど、やっぱりつらかった。夢で良いから、弱音をぶつけられる場所が欲しかった。
「……目の前で人が殺されて、私も殺されると思って、怖くて、悲しくて、辛くて、どうしていいか分からない……」
ぐしゃぐしゃになった心のまま、思いを吐き出す。
黙って聞いてくれていたアイク様は、いつかの時と同じように、そっと私を抱きしめてくれた。
(私の願望が、夢になっている……)
夢のアイク様は、一言も発することは無かったけれど、確かに心配してくれている気がした。
「アイク様の腕輪が、私を守ってくれました。ありがとうございました」
告げた言葉にも返事は無かったが、私の背に回っていた腕の力が、少し強くなった。
不思議と、荒れ狂っていた心が落ち着いていった。
◆◆◆◆◆◆
「メリッサ、大丈夫?」
翌朝、母の声で起きる。随分日が高くなっているようだ。
母は随分心配そうな顔をしている、目の下に隈が出来ており、昨夜は寝ていないのかもしれない。
「心配かけてごめんなさい、お母様。私はどこも怪我をしていないし、大丈夫よ」
「そう、良かった……。でも、無理はしないで、しばらくゆっくりして」
今朝食を持ってくるから、と言って母は部屋を出ていった。
(久しぶりにアイク様の夢を見た……。もう私とアイク様は繋がっていないのだから、完全なる私の願望だわ……)
誰も知らない自分の夢の話なのに、何だか気恥ずかしい。
母の帰りを待っていると、1階のエントランス(というほど広くはないが)で何やらバタバタとする物音や、人の話し声がする。
いつもと異なる雰囲気を感じ、寝ていた服の上から、カーディガンを羽織り、恐る恐る階段の上から、エントランスの方向を窺う。
母とマリー、そして警備に雇っている男性の3人が、来客に対応しているようだ。
話している様子から、来客は男性2人のようだ。
(ん?この声、聴いたことがあるような……)
来客の姿を確認しようと、階段を少し降りた時だった。
「あ、メリッサさん!大丈夫ですか?」
来客の1人に見つかってしまった。
「リオ様!?」
いち早く私を見つけたのは、王宮魔法使いのリオ様。
そしてその横で、心の底から不機嫌そうに立っているのは……。
「の、ノーマン様!?なんで!?」
レイファ王国筆頭王宮魔法使い、ノーマン――様だった。




