第2話 子爵令嬢と迫り来る危機
「ベネット侯爵家のエドワード様とは、お勤めしていた時に、お話したことがあるので、そのご縁だと……」
「エドワード・ベネット様といえば、国王陛下付の王宮魔法使いですよね?そんな偉い方と、姉さまに接点が?」
社交界デビューに向けて、徹底的に貴族年鑑を頭に叩き込んでいるルーカスは、ごまかしが効かなくなってきた。
「王宮勤めは色々あるのよ!お仕事上の関係です」
私は弟に一体なんの言い訳をしているんだろう。ルーカスの眼が怖い。
助け船を出してくれたのは、母だった。
「ルーカス、王宮に勤めるということは、例え家族であっても話せないことができるんですよ」
「母さま……」
たしなめる母に、ルーカスも少ししょんぼりする。
「この母だって、王宮には出入り禁止になっていますけど、理由は墓場まで持っていく訳ですし」
「「はあ!?」」
母の突然の爆弾発言に、ルーカスとハモってしまった。
母は「冗談よ」と優雅に笑う。我が母ながら、どこまで冗談か分かりにくい。
「とにかく、王家の名でご紹介いただいてるのですから、当家に選択の余地はありません。ルーカス、頑張れますか」
「無論です。王宮魔法使いだろうが、侯爵家だろうが、相手にとって不足なしです。絶対負けません」
何か違う。弟よ、王都に何をしに行く気だ。
まあ確かに、ルーカスの社交界デビューは、正直難題だらけだった。
まず滞在先だ。グレイ子爵家は、王都に屋敷を持っていない。となると、親類知人を頼りたいところだが、借金まみれだったグレイ子爵家は、親類に軒並み遠巻きにされている。
母の実家の男爵家すら、ほぼ面識がない有り様だ。
というわけで、弟は宿を取るしかないのだが、初めて王都に行く弟が、市井の宿で大丈夫か、甚だ不安だった。
そして、エスコートする相手がいない問題もあった。
晩餐会や舞踏会では、パートナーと入場するのが基本だ。しかし、ルーカスには婚約者がいない。とすれば、親族の女性を探す必要があるが、前述の通り、当家は親交のある貴族がない。
(姉である私が行けば良いんだけど……ごめんね、ルーカス)
こればかりは、弟に本当に申し訳なく思っている。
さらにさらに、人脈も金も無いグレイ子爵家にとって、名門ベネット侯爵家の後ろ盾は、今後の立て直しに向けてもこの上なくありがたい話だ。
ただ、上流貴族が単なる親切心で、縁もゆかりもない相手に、ここまでしてくれるはずがない。
大体、ベネット侯爵家当主のエドワード様は、どう考えても、情で動くタイプではない。
(いったい、何を条件に出されるのやら…。夜幻草の優先販売あたりで許してくれるかしら…)
そして、今現在の当家の悩みが、完璧にカバーされているのが、情報筒抜けすぎて、ちょっと怖い。
「任せてください。僕もこれからは子爵になるのですから、上手くやってきます」
この山奥の子爵領から数えるほどしか出たことのない、世間知らずの極みのような弟が、胸を張っている。
不安でしかない。頭が痛くなり、母の方を見ると、何とも言えない悲しそうな表情をしている。
母と目を合わせ、共に深い溜息をついた。
◆◆◆◆◆◆
「それでは行って参ります!母さま、姉さま、ご安心ください」
「ちゃんと薬は持った?道中は長いのだから、無理しては駄目よ」
「王宮では、とにかく礼儀正しくすることです!ベネット侯爵様や、カイラス子爵令嬢に決して失礼のないように!」
「もう、母さまも姉さまも心配性ですね。僕はもう大人ですから、大丈夫ですよ」
私と母の不安は解消されることのないまま、出立の日を迎えてしまった。
張り切っている弟は、顔は悪くないと思うのだが、やっぱり、どう考えても、成人を迎えた貴族令息にしては言動が幼い。
「ジム、本当に頼むわね」
父に仕え、執事として何度か王宮についていったことのあるジムだけが頼りだ。
母曰く、ジムは「子爵家に仕えさせるのは惜しい」と言われた程の切れ者だったらしい。
「お任せください。何とか誤魔化します」
ジムをもってしても、我が弟のボロは隠しきれないのか。絶望的な気分になる。
小走りで下山道に向かっていく弟と、ジムの背を見送り、母と何度目になるか分からない溜息をついた。
◆◆◆◆◆◆
ルーカスは王都に10日間滞在することになっている。ルーカスの体調を考え、余裕を持った旅程を組んだため、行き帰り含め約1か月、家を空けることとなる。
ルーカスが留守の子爵家は、とても静かだ。
ジムもいない子爵家は、母、私、マリーという女3人だけになってしまう。
いくら平和、というか、陸の孤島の子爵領とはいえ、さすがに不用心すぎると、街の男性陣を警備に雇った。
皆、先祖代々この地に住み、身元のしっかりした信用のおける人達だ。
特に何事もないまま、平和に日々が過ぎた。
数日後、ジムから「無事に王都に着いた。ベネット侯爵家の方には大変親切にしていただいている。お坊ちゃまは今のところ猫を被っている」と手紙が届き、母と共に胸を撫で下ろした。
しかし、その日、オプトヴァレーにやって来た行商人から、不穏な情報がもたらされた。
「隣の伯爵領を荒らしていた野盗団が山に逃げ込み、グレイ子爵領に向かって逃げている」と。
すぐに、母の指示で、街の顔役達が集まった。
子爵領は、良くも悪くも地理上孤立しており、国境や紛争地からも離れているため、軍隊と言えるものは持っていない。
せいぜい自警団と呼べる程度の規模だ。
「動ける者を集め、警備を強化します。数人ずつ隊にして、割り振りを決めましょう」
「了解です!武器は街中からかき集めます」
「女子供は街の外に出ないように伝えます。特に夜は、誰も1人で動かないようにきつく申し伝えます」
「それから、近隣領主に援軍を求めます。王都にも連絡をいれましょう」
皆で意見を出し合い、対策を練る。
賊の規模は分からないが、伯爵家が取り逃がした連中だ。子爵家(しかもかなりしょぼい)だけでは対応できない可能性もある。
とはいえ、今はどこの領主も王都に行っており、王都の役所も建国祭一色だろう。早期の助けは期待できない。
自分達の街は、自分達で守るしかない。




