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第1話  子爵令嬢は農作業にいそしむ

「お嬢、大変だ!ロジャー爺さんの畑、収穫が間に合ってないぞ。腰を痛めちまったとかで」

「ええ、本当!?早くしなきゃ枯れちゃうわ!サラ、旦那さんを呼んでもらっていい?」

「もちろん!すぐに行かせるよ」

「ありがとう!私も先に行って手伝ってるわ」


皆様ご機嫌よう。

ただいま、我がグレイ子爵領は薬草「夜幻草(やげんそう)」の収穫期を迎えております。

夜幻草は、万能薬と呼ばれるほど効果が高く、その希少性から、グレイ子爵領の収入の大半を占める重要な農産物です。

ただ、花に効能があるのですが、その花が一夜だけ花開き、朝と共に枯れるため、収穫は時間との勝負。


そして、頭から手ぬぐいを被り、花開いた夜幻草を片っ端から収穫している私は、この地を治めるグレイ子爵家の長女、メリッサ・グレイと申します。今は農民の娘にしか見えませんが、貴族令嬢です。いや、本当に。


「お嬢!サラの旦那、酔いつぶれて全然起きないみたい!」

「ああ、もう!肝心な時に!!」


どうやら、私の令嬢モードはあっという間に終わりを告げるようだ。


「しょうがない。とにかくみんな行くわよ!!」

「おう!!お嬢に続け!」


男も女も、皆で斜面を駆けのぼっていった。


◆◆◆◆◆◆


「いや~、助かったよ、お嬢が指示を出してくれて」

「ああ。これまでは各自でやっていたからな。どこの家が遅れているとか分からなかったから、採りそびれることも多かったし」

「そんなことないですよ。皆で協力したおかげです」


朝日が昇り、夜幻草の収穫は何とか無事終了した。

皆で広場に集まって地べたに座り、留守番の人たちが準備した飲み物や食べ物で一服する。


私が王宮女官を辞め、子爵領に戻ってから1年が経過した。

子爵令嬢に戻った私が、まず始めたのは、領民との交流だった。


なにせ私は、貴族学校に入学した12歳の時に王都に移り、そのまま王宮に就職してしまったため、領民には子供の頃の姿だけ認知されているものの、今は、人となりが全く分からない令嬢になっている。

子爵領のために働くにしても、領民に覚えてもらっていないのではどうしようもない。


戻った翌日から、街に出歩き、道行く人に片っ端から挨拶して歩いた。

一般の商家で買い物をし、学校に顔を出して子供たちに字や計算を教え、農作業を手伝った。

最初は一線を引かれ、壁を感じたが、少しずつ話しかけてくれる人が現れ、笑いかけてくれる人が増え、そして今では収穫に呼び出されるようになった。


……おかしい。母も弟も、領民に慕われているが、母は「大奥様」、弟は「若様」「お坊ちゃま」と呼ばれている。なのに、なぜか私は「お嬢」。

昔の記憶を手繰り寄せると、子供の時は「お嬢様」と呼ばれていた気がする。

親しまれたいとは思っていたが、ちょっと想像していたのと方向性が違う。

自分から「お嬢様とお呼び」などと言えるはずないまま、お嬢呼びはすっかり定着してしまった。


「お嬢、すまんかったのう。助かったわい」

「ロジャーさん、起きてきて大丈夫なの?」

本日、私たちが収穫を手伝いに行ったロジャーさんが、1人の男性に支えられながら現れた。


「ぎっくり腰ですよ。本当は寝ていていただきたいのですが、どうしてもお嬢様にお礼を言うと聞かないので、連れてきました」


ロジャーさんの代わりに返答してくれたのは、彼の肩を支えていた男性。この街唯一のお医者様であるルイス先生だ。


40歳前後のルイス先生は、この田舎町には珍しい、身綺麗な紳士だ。短い黒髪を整え、簡素ながら清潔感のある服装をしている。いつも物腰が柔らかく、穏やかな性格で、10年ほど前に移住してきた「よそ者」でありながら、すっかり街の人に受け入れられている。

そして何より、私のことを「お嬢様」と呼んでくれる。とても素晴らしい方だ。


「ルイス先生、済みません」

「いいんですよ。さあ、ロジャーさん、家に戻って安静にしましょう」

他の男たちもわらわらと集まって、ロジャーさんを担ぎ上げていく。

ルイス先生は、私たちに軽く会釈すると、ロジャーさんの家に歩いて行った。


「本当、ルイス先生素敵よね……」

一緒に休憩していた娘たちの溜息が聞こえる。年齢はやや上でも、この街でルイス先生の女性人気は絶大だということも、この1年、そこかしこで感じている。


「お嬢様、いらっしゃいますか?」

「ジム?どうしたの?」


子爵家に仕える執事のジムが、私を探しにやってきた。

何かあったのかと、慌てて地面から立ち上がる。

令嬢にあるまじき恰好だが、既に慣れてしまったジムは何も言わない。


「子爵家宛に、王宮から書状が届きました。すぐにお戻りください」

「ええ!」


◆◆◆◆◆◆


急いで屋敷に戻ると、母アリアと弟ルーカスがテーブルの上に置かれた手紙を囲んでいた。


「お母様、ルーカス。何があったの?」

「姉さま。今度の建国記念日のパーティーについて、連絡が来たんだけど……」

「え?この間出欠を返したじゃない?」


レイファ王国最大の祝祭日と言えば、建国記念日だ。

その日を含めた3日間、王宮で大規模な舞踏会、晩餐会が催される。

また、新成人の式典や、叙勲式なども行われ、各地の貴族が一堂に会する、レイファ王国一大イベントなのだ。


この数年、主に金銭的な理由から、欠席続きだった我がグレイ子爵家だったが、今年はルーカスが成人し、正式に子爵位を継承する重要な年。当然ルーカスは出席、いきなりの社交界デビューとなる。

ただ、私と母は欠席として届出を提出済みである。


私の退職金という名の口止め料で、子爵家の借金は完済できたものの、ゼロからのスタートであり、王宮晩餐会に着て行けるような、ドレスや宝飾品を準備する余裕はない。

ルーカスの礼服や滞在費用を準備するだけで精一杯だ。

何より、私はどの面下げて王宮に行けというのか。気まずすぎる。絶対に行きたくない。


「王宮からは何と?」

「『出欠の件は了承した。ついては、御子息お1人では色々と不便も多いだろうから、ベネット侯爵家に滞在するのはどうだろう。エスコートする令嬢についても、侯爵家遠縁のカイラス子爵令嬢をご紹介するが、いかがか?』とあります。……メリッサ、思い当たる節はある?」

「たかだか田舎子爵家に、こんな厚遇が用意されるなんてありえないですよ。姉さま、王宮で何かしたんですか!?」


……思い当たる節、ありすぎて困る。

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