第2話 女官は脅される
目を開けると、そこは全く知らない部屋だった。
(…どこだろう、ここ)
なんだか背中全面がズキズキと痛む。
(王太子殿下が誰かに襲われていて、アイザック殿下が…。私も吹っ飛ばされて)
少しずつ記憶が戻る。
どうやら生きてるようだ。
寝たまま顔だけ動かし、辺りを確認する。
女官に与えられている部屋より広く、シンプルながら高そうな調度品が置かれていた。
全く見覚えがない。
少し顔を上げてみると、部屋の隅に立つ、近衛騎士の制服を着た女性と目が合った。
「お気づきですか?」
キビキビと近寄ってくる女騎士に、コクリと頷く。
「あの…何があったんでしょう」
聞いてみるが、女騎士は、
「私からは言えません。今報告を上げてきます」
と取りつく島無く部屋を出ていってしまった。
しばらくすると、初老の男性が入ってくる。
普段柔和な微笑みを絶やさず、上流貴族のマダムから下働きの侍女にまで絶大な人気を誇る、我が国の宰相、クロフォード侯爵だ。
大物の登場に飛び上がる。
「宰相閣下、ご無礼いたしました」
慌ててベッドから降りようとするが、宰相に止められる。
「メリッサ嬢、そのままで。怪我に障りますよ」
さすがは紳士。言葉はいつも通り優しいが、眉間には深いシワがより、ピリピリした空気が、宰相からも、後ろの補佐官らからも漂っている。
「メリッサ嬢、目覚めたばかりで申し訳ないが、少し話を聞かせてもらえないだろうか?女性の寝所で大変失礼だが…」
「私は全く構いません」
当たり前だが、宰相が自ら聞きに来る程の一大事なのだ。
一言一句、緊張しながら話す。
私が見たことなんて、そこまで多くはないと思うが、私が話すたびに、補佐官達のペンが動く音だけがする。
「わ、私が見たことは以上になります」
張り詰めた空気の中、意識を失うまでのことを話す。
しばらく沈黙が流れる。
沈黙を破ったのは、宰相の溜め息だった。
「やはりアイザック王子か…」
呟き、苦悩に満ちた顔で天を仰ぐ。
こちらから口を利くのは不敬にあたる。
が、どうしても気になっていることがあり、恐る恐る話しかける。
「大変畏れ入りますが、お聞きしてもよろしいでしょうか…?」
宰相は無礼を咎めること無く、しかしながら厳しい声色で答えた。
「答えられる範囲ならば、答えよう」
私も国家機密まで聞こうとは思わない。どこまでが許される範囲かは、ちょっと分からないけど。
「畏れながら、王太子殿下と第二王子殿下は、ご無事でいらっしゃいますか?」
少し間があったが、宰相は答えて下さった。
「お二方ともご無事だ。王太子殿下はお怪我も無く、婚礼の儀式も最後まで恙無く行われた。ご安堵なされよ」
良かった、とほっとする。
一応、私も王家に雇ってもらっている身だ。
目の前で雇い主が襲われて、心配しないほど、人でなしではないのだ。
「さて、メリッサ嬢。今後のことだが」
宰相が話を変える。
私もベッドの上ではあるが、できる限り姿勢を整え、宰相に向かう。
「貴女が目撃したことは、決して外に漏らしてはならない国家の一大事だ。当事者である王太子殿下と国王王妃両陛下、私達一部の上層部しか知らされていない上、その場にいた近衛騎士達にも箝口令が敷かれている。そして現状、このことを公表する予定は無い。意味が分かりますね?」
丁寧な態度だが、物凄い圧力が掛けられている。
「口外したらどうなるか分かってるんだろうな?」という副音声が聴こえる気もする。
「もし不用意に情報を漏らせば、貴女のご実家のグレイ子爵家も、この国から消えることになりかねませんので」
…言外じゃなくて、ストレートに脅された。
「勿論、誓って口外いたしません」
心から誓う。私はそんなことで死にたくないし、家族を巻き込むつもりもない。
宰相は満足げに表情を緩めると、立ち上がった。
「病み上がりのところ長々と失礼した。怪我が癒えるまでここで休まれよ」
「あ、あの仕事は…」
「当然休んでいただいて結構。その後の仕事については、追って指示を出す」
では、と言って宰相は慌ただしく去っていった。
その後、医師の診察を受ける。
私の怪我は背中の打撲と右手首のアザだけで、2~3日で仕事に戻れるとのことだった。
ちなみに手首のアザは、アイザック殿下に付けられたものだが、それは流石に言えなかった。
部屋には女騎士が1人残された。
護衛ではなく見張りだろうな、と薄々感じる。
職務に忠実な騎士は、話しかけてもほとんど返してくれない。
この数日、王太子の結婚式準備で疲れが溜まっていたこともあり、次第に眠気に襲われてきた。
特にやることもないし、寝ていいか、とそのまま眠気に飲まれるままにした。
◆◆◆◆◆◆
「よお、どうだった?」
なんでまた、夢にアイザック殿下がいるんだろう?
前回と同じ風景の中、レイファの魔王は仁王立ちしている。お花と小川の背景が全く似合わない。
「なんでまたアイザック殿下が?」
夢の中の王子に、思ったことをそのまま問いかける。
「不本意だが、俺もどうすれば良いのか分からん。とりあえず外の状況を教えろ」
やたらリアルな夢だ。私はアイザック殿下と会話したことは、あの時が初めてだったのに、言葉遣いの悪さや横暴な態度まで完全再現されている。
まあ、夢なんだから怖くは無い。
現実世界で話す人がいなくて、ちょっと寂しかったこともあり、魔王だろうが王子だろうが、お喋りしたい気分だった。
「私は生きてました」
「……そりゃ良かったな。で、王太子殿下は?」
「王太子殿下はご無事だそうですよ。お怪我もなく、結婚式も最後までされたと、宰相閣下がおっしゃってました」
「そうか、良かった」
ホッと肩の力を抜くアイザック殿下には、先程までの威圧感が無い。
兄想いの良い弟という感じがして、初めて好感をもつ。
「アイザック殿下もご無事だとおっしゃってましたよ」
「はあ?!」
本人に向かって付け足すと、物凄い凶悪顔になった。
さっき上がった好感度がまた下がった。
「あの爺ども、そういうことにしたわけか」
「無事じゃないんですか?」
「無事だったらこんな所にいねーよ」
吐き捨てる殿下は、頭を抱えて、そのまま力無くしゃがみこむ。
その様子が、なんだか少し気の毒になって、そっと頭を撫でる。
現実では考えるだけで恐ろしいが、夢だと思うと可愛いものだ。
アイザック殿下は、信じられないものを見る目で私を凝視しているが、嫌がる様子はなさそうだ。
「殿下、きっと大丈夫ですよ」
大型犬みたいで可愛い、と思ってしまったことは、私の心の中に留めておく。