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第19話  女官は知らないうちにロックオンされた

王太子殿下の前を辞すると、以前配属されていた東の宮時代の女官仲間に退職の挨拶に回った。

実家に戻ることを伝えると、ほぼすべての同僚から、

「もしかして縁談?」と聞かれる。

説明するわけにもいかないので、曖昧に笑い、ごまかす。

ただ、「やっぱり王太子執務室で、ソフィア様にいじめられたのでは?」と言う人もとても多く、そちらは丁寧に否定しておいた。



明朝、まだ薄暗いうちに荷物を抱えると、人目につかぬように、王宮通用門から外に出る。

5年間ずっと、ほとんど24時間、過ごしてきた場所だ。油断すると感極まりそうになる。

(5年間、お世話になりました)


心の中でお礼を告げ、歩き出した時だった。


「おい、俺に挨拶もなしに行こうとは、無礼な女官だな」


聞きなれた声に、心臓が飛び上がる。

(ま、まさか……)

まだ寝込んでいるはず。朝っぱらからこんなところにいるはずない。

振り返るのがとても怖いが、無視するわけにもいかない。

おっかなびっくり、ギギギと音がしそうな動きで、声の主を振り返る。


「あ、アイザック王子殿下……ごきげんよう」

言いようがなく、場にそぐわない挨拶をしてしまった。

予想通り、全くご機嫌がよろしくないであろう顔をした、レイファの魔王様が立っていた。

周りには、護衛もお付きの人も1人も見えない。

しかし、アイク様の顔を一見して、恐怖から心配に変わった。


「お体、大丈夫なんですか!?」

不愛想な顔は元々としても、顔色は真っ青だし、若干ふらふらしている。

どう見ても、寝ていないと駄目な体調だ、これ。


「単なる魔力枯渇だ。あと2~3日もすれば治る。大体誰のせいだと思っているんだ?」

「え?」

「お前が挨拶に来ないから、この俺がわざわざ出向く羽目になった」

「……申し訳ありません」


一女官が王子殿下の病床に見舞いに行ける訳ない、という反論は飲み込む。

――いや違う。お優しい両陛下や王太子殿下にお願いすれば、許可された可能性はある。でも、私が怖がって言い出さなかっただけだ。アイク様の顔を見てしまったら、覚悟が揺らぎそうで。


「まあ、そんなことが言いたいのではない」

アイク様は相変わらずどんどん話を切り替えていく。

「子爵領に帰るんだろ。これをくれてやる」


ぶっきらぼうに差し出してきた右手には、鈍色の腕輪が乗っていた。

女性の装飾用とは程遠い、無骨なデザインだ。一つだけ小さな藍色の石がはまっているが、宝石に縁のない私には、価値がよく分からない。


「これは……?」

「俺からの礼だ。御守代わりに持っていけ」

「そんな、王子殿下からお礼を頂くようなことは何も!」


既に王家から、退職金という名目で多額のお金を分捕っている。私はお礼を貰うような清廉な女ではない。

王子殿下から直接賜るなんて、身に余る。


イライラした様子のアイク様は、力尽くで私の左手を引っ張ると、無理矢理はめた。

腕輪は私の手首にピッタリとはまる。ひんやりとした感覚が、左手首に不思議と心地よく感じられた。


「……ありがとうございます。生涯大切に致します」

「そうしろ。それから、王子殿下は止めろと言ったはずだ」

「……ありがとうございました、アイク様」

「ああ」


アイク様はそれっきりしばらく黙ってしまった。

もう出立しなきゃとも、早くお休みになってくださいとも、言いたいことはあるが言い出せず、うつむいたまま、自分の腕にはまった腕輪を見つめる。

再び、唐突にアイク様が話し始めた。


「俺がメリッサに言いたいことは、大体夢の中で言ったとおりだ。俺は生涯お前に感謝する」

「もったいないお言葉です」

「では、元気でな」


あっさりと言うだけ言って、アイク様は王宮に歩き出した。

思わずその背を見送るが、アイク様がこちらを振り返ることは一度も無かった。

「お元気で、アイク様。いつまでもお慕いしております」


私が小さく声に出した言葉は、誰にも届くことは無く、朝の空気に消えていった。


◆◆◆◆◆◆


「……覗き見とは、趣味が悪いですね、兄上」

「アイク、本当に引き止めなくてよかったのかい?」

「引き止めたところで、今の状況で、俺が彼女を幸せにできると思いますか?」

「……そうだね。難しいだろうね。君が王子で、彼女が子爵令嬢である以上」

「でも、俺は絶対に諦めるつもりはありません。何年かかっても、彼女を捕まえます。という訳で、早く跡継ぎを作ってください、王太子殿下」

「弟にそんなデリケートなことを急かされるなんて、辛すぎる……」


この国で最も身分が高い兄弟の、しょうもない会話は、平静な顔をして聞き流している近衛騎士にだけ、届いていった。


◆◆◆◆◆◆


乗合馬車の待合所には、行商人や、子供を連れた女性など、既に数人が座っていた。

空いたスペースに荷物を置き、腰かける。

王都から馬車を乗り継ぎ5日、そこから徒歩で1日半かかる山奥に、グレイ子爵領は存在する。

恐らく王都の貴族で、グレイ子爵領に来たことがあるという人間はいないだろう。秘境のようなものだ。

私がほとんど帰省しなかったのは、出来なかったという面も大きい。


(さて、頑張りますか)

今回はそこそこの荷物がある。徒歩での登山はちょっとつらい。

お金を出せば、山の麓の農民が、荷物の運搬をしてくれるが、今は収穫期だからやってくれる人がいるかどうか。料金も高くなっているだろうし、自分で時間を掛ければ行けるか、と思っていたら、目の前に天の助け、じゃなくて見慣れた少年が現れた。


「メリッサさん!」

「リオ様?どうされたんですか?」

「メリッサさんをご実家まで無事に送り届けるよう、王太子殿下のご命令を受けました」


いつもの魔法使いのローブではなく、どこかの商家の見習いのような恰好をしたリオ様は、リュックサックを背負って張り切っている。

「僕、王宮魔法使いになってから、王太子殿下の視察のお供以外で、王都の外に出たことがないんです。久々に旅行に行けるみたいで嬉しいです!」


申し訳ないとは思ったが、リオ様は本気で楽しそうなので、お言葉に甘えて同行してもらうこととした。


そして5日後、身体能力はごく普通のリオ様が、山で野垂れ死にしそうになったことは、私とリオ様だけの秘密になった。

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