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第18話  女官は暇をもらう

部屋に戻り、ただただぼんやりと窓の外を眺めていると、気付くと周りは真っ暗になっていた。

アイク様の魂は抜けたようだが、特に体の調子はこれまでと全く変わらない。

(アイク様、ご無事かな……)


ランプに火を入れ、再び椅子に座った時、控えめなノックの音がした。


「はい、どなたでしょう」

問いかけると、リオ様の声で返答があった。いつの間にか部屋の外に出ていてくれたことも、私は気づかなかったらしい。

「エドワード様がお見えになっています」


こちらが返事をする前に、ドアが開いて堂々と入ってきたエドワード様。

服装は昼間から変わっていない。相変わらず飄々としているが、顔には若干疲れが見える気がする。


「特に変わりはないかな?」

どうやら、私の様子を心配してくれているようだ。

「はい、おかげさまで全く大丈夫です。ありがとうございました」

エドワード様に丁寧に礼を取る。

「女官殿を助けたのは、俺ではなくアイザック様かな。確かに、でかい口叩くだけあって、強力な術だった。……さて、女官殿、何か聞きたいことがあるんじゃないかい?」

エドワード様に促され、聞きたいことはもちろんただ一つだ。


「第二王子殿下は、ご無事でしたか?」

エドワード様は満足げに笑い、即答した。

「もちろん。この国のトップ2の魔法使いが揃っていて失敗するわけがない。先ほど一度目を覚まされた。身体のほうは長期間、昏睡状態にあったから、元に戻るまで少し時間がかかるだろうけど、元々体力馬鹿だし、しばらく寝てれば復活するだろう」


王子殿下に対して大概失礼な発言があった気がするが、とにかくご無事らしいことが分かり、心の底からほっとする。

安心した私をいつも通りニヤニヤ見つめていたエドワード様だが、突如爆弾発言をかましてきた。


「しかし、女官殿。アイザック様とは随分親密だったんだねえ」

「はい?!」


一体何をもってそんなことを言い出したのか分からず、唖然とする。

エドワード様の顔は完全に面白がっている。

「だってその魔法」と、私の方を指さしてきた。


「魂を一時的に固定する魔法をかけるだけでいいのに、ありとあらゆる防御魔法が掛けられているから、思わず笑いそうになったよ。多分、アイザック様の魔力の限界まで掛けてあるんじゃないかな」

「ええ!?」

「俺でも、ここまでの防御は、国王陛下が外遊された時にしか掛けたことないよ。あの傍若無人がここまで大事にしているとはねえ。ウケる」

どう反応していいか分からず、曖昧な返事をするしかない。


「ま、とにかく、これからしばらく、女官殿はほとんどの物理攻撃からは守られると思うよ。戦場に出ても大概生き残れると思う」

戦場に出るつもりもないし、危険な目にあうつもりもないが、アイク様の優しさに胸が熱くなる。


「アイザック様のプライベートにも、女官殿の今後にも、俺は特に興味ないけど、どこに行っても元気で頑張って」

いつものニヤニヤ笑いを浮かべたままのエドワード様は、最後に適当な励ましをして下さり、去っていった。


その夜、私は眠りについたが、アイク様は現れなかった。

朝起きた時、夢を見た気がするが、内容は思い出せないという、ごく普通の状態だった。


◆◆◆◆◆◆


私が女子寮にある自分の自室に戻れたのは、それから3日後だった。

時間がかかったのは、何か理由があったわけではなく、皆アイク様に気を取られていて、どうやら私の存在など忘れ去られていたらしい。

リオ様の護衛も解除され、1人で自室に帰る。


王宮女官になって、5年間暮らした狭い部屋には、これと言った荷物は無い。

家具や寝具は支給だったし、服もほぼ女官服で過ごしていたから、大きめのバッグ2つに私物をまとめると、あっという間にスッキリした空き部屋が出来上がった。

準備はできた。あとは、上からの許可を待つだけだ。


長いようで短かった女官生活、そして一生分の衝撃が詰まったこの数日を思い返していると、ノックというには、少々派手なドアを叩く音がした。


慌ててドアを開けると、ゴージャスな金髪が目に飛び込んでくる。

「ごきげんよう。欠勤続きのメリッサさん」

「ソ、ソフィア様!」


数えるほどしかまともに勤務していない、王太子執務室での私の上司、ソフィア伯爵令嬢が、その美貌には似合わない仁王立ちで廊下に立っている。


「お休みばかりしていて申し訳ありません!」

いかなる言い訳も通りそうな空気は無く、私は腰が直角になるくらい頭を下げる。

「王太子殿下がお呼びです。ついてきなさい」

私の謝罪を完全にスルーし、ソフィア様は冷ややかな声で告げた。


早足で黙々と歩くソフィア様を、後ろから必死に追いかける。

張り詰めた重い空気に、ひたすら黙っていた時だった。


「貴女、辞めるそうですね」


ソフィア様が歩きながら、唐突に聞いてこられた。視線は前を向いたまま、こちらを一瞥もしない。


「……はい。短い間でしたが、お世話になりました」

「そう」


気まずい。気まずいが、私はこれ以上何も言いようがなく、再び沈黙の時間となった。

突然、前を歩いていたソフィア様が止まり、私も急停止する。

「どうしましたか?」と私が聞くより前に、ソフィア様が話し始めた。


「貴女が、国家機密が絡むレベルの訳ありだということは、王太子殿下たちの様子を見て、最初から分かっていました。何かの理由で一時的に王太子執務室に匿っているんだろうということも」

「え?」

ソフィア様は私を見ないまま、ひとり話し続けた。

「でも、わたくしは王太子殿下付の女官として、与えられた仕事は絶対に手を抜きたくない。例え貴女がすぐに去ることは分かっていても、王太子殿下付にふさわしい女官になってもらいたいと思っていたのは本当です」


確かに、ソフィア様はいつも大層厳しく、理不尽な仕事を押し付けられたこともあったが、仕事に関しては一から丁寧に教えてくれたし、口は悪くて罵られつつも、必要な知識は惜しみなく教えてくれた。

(なんとなく働いていた私とは違う。この方は、本当に誇りと理念を持った、プロの女官だ)


「貴女は知識は少々足りませんが、根性だけは認めましょう。これからも元王宮女官として、恥じない暮らしを送りなさい」


ソフィア様の、最大級のエールだと分かった。

たった数日しか働いていない、役立たずの私には過分な言葉だ。


「本当に、ありがとうございました」

先ほどとは違い、今度は心の底から、深々と頭を下げた。


◆◆◆◆◆◆


「メリッサ嬢の希望は聞いた。本当に良いんだね」

「はい」


王太子殿下、エドガー様との三者面談だ。改めて聞かれるが、私に迷いはない。


「お(いとま)をちょうだいし、グレイ子爵領にて静かに暮らします。王宮で知り得たことを口外することは断じてございませんが、一応、退職金に少しばかり色を付けていただけると、嬉しいです」


王太子殿下の前でも、堂々と言い放つ。

エドガー様に口止め料を頂けるということを聞いて、欲しいもの、叶えたいことを色々考えたが、やはりお金に行きついた。

意地汚いとか思われるかもしれないが、王宮女官になった原点はお金なのだからしょうがないと自分に言い聞かせた。

これ以上王宮にいて、アイク様との本来の距離を実感するのがつらいとか、叶わぬ夢を見続けて、無為に人生を浪費したくないという理由は、自分の胸の中で押し殺す。


「そうか……」

王太子殿下は、何か思い悩んでいるようにご自分の眉間の皺を伸ばしている。

(ええ、駄目なのかな。エドガー様はいいって言っていたのに)


「メリッサ嬢の決意は固いようだな。既に準備はできているゆえ、子爵家宛に数日以内に支払おう」

「!ありがとうございます!!」


思わず笑顔がこぼれる私を、王太子殿下は複雑そうな顔で見る。


「困ったことがあったらいつでも言ってきてくれ。気が変わったら女官として戻ってきてくれても構わないから」


リップサービスでも王太子殿下はお優しい。国王陛下も、王妃陛下も、アイク様も、この国の王族は皆優しく、国民として、とても誇らしい。

これからは、一国民として、レイファ王国の安定と、王室の皆様方のご健勝をお祈りしていこう、と心に決めた。

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