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第14話  女官は夢について考える

「上手く戻る方法はないんですかね?勿論、私が絶対安全で」


未だ釈然としない様子のアイク様だが、構わず聞いてみる。


「……まあ、ノーマンが言っていた方法はかなり良い線だろうな」

「ええ!?」

「魂を抜くまでは、ある程度の力と魔力があればできる魔法使いはいるが、特定の魂を捕獲して戻すというのは、相当な研究が必要だ。だてに筆頭魔法使いな訳ではない」

「左様でございますか。では、私の魂は気合いで身体に戻れ、ということですか?」

ジロッと非難の気持ちを込めたのだが、アイク様は愉快そうに笑った。


「まあそうしてもらえると、こっちは楽なんだが。これ以上メリッサを危険に晒すわけにはいかないからな。一番簡単な方法はあるにはあるが」

「どういう方法ですか?」


アイク様の言い方になんだか嫌な予感がする。


「俺の本体の息の根を止めることだな」

「……そうすると、どうなります?」

「戻る身体がない以上、自然に黄泉の国に吸い寄せられて行くと思う。メリッサには全く危険がない」

「却下です」


この男は、本当に油断も隙もないな。冗談なのか本気なのか分かりにくいわ。


「いい加減、諦めて元の身体に戻ってください」

「すまん」


私が若干本気で怒っているのを感じたのか、アイク様は、珍しく素直に謝ってきた。

そういえば昔、身体が弱くて寝込んでばかりだった弟に、前向きになってもらいたくて、よく話した話題を思い出した。


「アイク様は将来の夢って何ですか?」

「はあ?いい年してなんだ?」

「いい年って、アイク様はまだ21歳ですよ!何かないんですか?」


我ながら雑な聞き方だ。呆れたようなアイク様だったが、一応考えてくれているようだった。


「……特に考えたこともなかったな。兄上に子が出来たら、臣籍降下することが決まってたし」

「そうなんですか?」

「そりゃ、俺がいつまでも王位継承権を持ってたら国が乱れる。公爵位をくれるという話だった」


貴族位の筆頭である公爵とは、さすがは王子。改めて雲の上の方だなあと実感する。


「断ったけどな。公爵は俺には荷が重すぎる。兄上は辺境伯で調整してくれるらしいが」

「辺境伯ですか?……ご無礼ながら、アイク様には合っているかもしれませんね」


辺境伯も、実質的には侯爵並みの権力を持っているから、王子に与えられる爵位として不足は無い。

それに、アイク様からは正直、王都で貴族間のアレコレや、政治的な働きができる気配は感じられない。

地方で自由に動くほうが、アイク様には向いている気がした。


「だろ?シリルをくれと頼んでいるんだ」

「シリル地方ですか!?」


シリルは国境沿いに位置する地域だ。

要所ではあるが、隣国との紛争が絶えず、情勢不安定で、農業も産業も発達しない荒れた地と聞いている。

政治に疎い私でも、王子殿下が賜るような領地ではないと想像がつく。

私の疑問を、聞かなくても察したのか、アイク様は語り始めた。

「シリルには何回か行ったことがあるが、あそこは決して悪い地ではない」

キッパリと、アイク様は断定した。


「度重なる戦で疲弊しているが、シリルは広大な平原で、川などの水源もあり、間違いなく肥沃な農地になれる。民も勤勉で、情に厚い。戦さえ押さえられれば、シリルは栄えることができる地だと思う」

先程までとうって変わって、アイク様は本当に楽しそうだ。


「確かに、臣籍に下られたとはいえ、王子殿下が治めるとなれば、国への融通も利きますね」

「まあな。それに、隣国へのメッセージにもなる。どうやら俺はあちらの国では、割と恐れられているようだからな」

そういえば、アイク様が『レイファの魔王』と呼ばれる一因も、昨年のシリル国境戦だった。半分はリオ様のせいだったらしいけど。


(なんだ、ちゃんと夢あるじゃない)

出生のことや、お立場の難しさはどうにもできないけれど、将来の目的があるし、元に戻れば、ちゃんと向き合ってくれる家族がある。アイク様はきっと大丈夫だ。


「お前はどうなんだ?」

「えっ?」

アイク様に聞かれて、動きが止まる。

夢?私の?


「以前、女官を辞めたら、どっかの商家か貴族に嫁ぎたいとか言っていたな。それが夢なのか?」

「いえ、夢ではない、ですね……。現実的な未来というか……」

「じゃあ、本当は何がしたいんだ?」


(……考えたこともない)

生まれた時から貧乏子爵令嬢で、早く家計を助けなきゃという一心で、学校を出てすぐに、伝手を辿って王宮女官になった。

王宮女官になったのも、王族に仕えたいとか、忠誠心があったわけではなく、単に給金が良かったから。

弟が成人するまでは働くと、誰に言われるまでもなく最初から決まっていたし、女官を辞めたら、貴族令嬢として、条件の良い先に嫁ぐものだと思っていた。少々嫁き遅れなので、もし嫁ぎ先が見当たらなかったら、最終的には修道院に入る、それが私の人生だと思っていた。


それが当たり前だと、いつの間にか思っていたけれど、誰に決められたんだろう?親にそうしろと言われた記憶も無い。

自分が何をしたいかなんて、一度も考えたことがない。


内心、動揺を隠しきれない私を、アイク様はじっと見ていた。


「お前は俺より年下だろ?まだ考える時間はあるんじゃないか」


励ますつもりだったのに、いつの間にか、私が励まされる立場になっていた。解せぬ。

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