第13話 女官は母の愛情を知る
(どうすれば良いの?この状況……)
私の私室よりは遥かに大きいけれど、王族がいるにはあまりに不釣り合いな部屋で、私の前に座るのは、我が国の至宝と言われる、ディアーヌ王妃陛下である。
並みの女性では似合わないであろう、深紅の生地にダイヤを散りばめたゴージャスなドレスを、ごく自然に着こなした王妃陛下は、20歳を過ぎた子を持つとは思えない若々しさを持つ、恐ろしい美女である。
人払いされて、2人っきりとなった部屋で、私は王太子殿下の時の勢いを失い、カチコチで座っている。
「……大変な目にあったばかりなのに、申し訳ないわね、メリッサさん」
「と、とんでもございません。メリッサで結構でございます」
「そう?ではメリッサと呼ばせてもらうわ」と言った王妃陛下は、懐かしそうな目で私を見つめる。
「アリアにそっくりね」
「母をご存じなんですか?」
元男爵令嬢の母が王妃陛下と接点が?と驚くと、王妃陛下は頷かれた。
「ええ。アリアは結婚前、フィリア王女殿下付の女官をしていたから」
母が王宮女官をしていたのは知っていたが、王女付だったとは知らなかった。
フィリア王女殿下といえば、国王陛下の妹君で、私が生まれるより前に、若くして亡くなられたと聞いている。つまり……。
王妃陛下は憂いを帯びた眼差しで私を見つめている。
いや、私ではなく、私の中にいる彼か。
「パトリックから聞いたわ。アイザックは、本当のご両親のことを知っていたのね」
「……はい。そのようにおっしゃっていました」
王妃陛下は深い溜め息をついた。
「わたくしのせいね。わたくしがきちんとあの子に話さなかったせいで、あの子を苦しめてしまった」
王妃陛下はゆっくりと語り始めた。
「わたくしとフィリアは、王立学校の頃からの親友だった。だから、フィリアが、どれほどの決意でアイクを産んだかも、どれほどアイクを愛していたかも知っている。だから、フィリアからアイクのことを頼まれた時、我が子として育てようと決めたの。アイクのことは、本当に国の一部しか知らなかったし、アイクの耳に、出生のことは入らないようにしてきた。でもダメね」
王妃陛下は俯いた。
「色んな思惑が入り乱れる王宮で、秘密を維持するのは無謀だった。私がきちんと伝えなかったせいで、アイクは悪意ある噂ばかりを聞いて、苦しんでしまっていた」
「悪意ある噂、でございますか」
「ええ、嘘ばかりよ。そんなことになっていることすら気づかないなんて、わたくしは母親失格だったわ」
だから、聞いて、と王妃陛下は続けた。
私ではなく、私の中にいるアイク様に語りかけている。
「あなたは、確かにフィリアに愛されて生まれてきた。そして、わたくしも、国王陛下も、パトリックも、皆あなたを愛している」
胸の奥が痛む。これは、私の心?それとも、アイク様の心?
「今度はきちんと話すから、戻ってきて」
心が引き裂かれるような、悲痛な声だった。
王妃陛下の大きな瞳から涙が溢れ落ちる。
(アイク様、1人でいじけてる場合じゃないですよ)
私の目からも涙が溢れた。アイク様にも届いている、そんな感覚がした。
王妃陛下はしばらくハンカチで目を押さえていたが、今度は『私』に向かって話しかけた。
「貴女がアイクを守ってくれたおかげで、わたくし達は、大切な子を失わずに済みました。ありがとう、メリッサ」
「お、畏れ多いことです」
あたふたする私に、まだ少し潤んだ瞳で、王妃陛下はにっこりと微笑まれた。
「それにしても、フィリアが一番信頼していた、アリアのお嬢さんがアイクを助けてくれるなんて、不思議な縁ね……。まるでフィリアが導いてくれたよう」
「アイクに伝えてね」と言い残し、華やかな残り香を漂わせて、王妃陛下は去っていった。
◆◆◆◆◆◆
「良かったですね、アイク様」
「……うるさい」
全然こっちを向いてくれないが、アイク様が照れているだけだろうと分かっているので、気にならない。
「そもそも、根本的に全然解決していない。俺が戻ったところで、また王太子がブルーノに狙われたらどうする」
「そんなこと、ここでぐちゃぐちゃ悩んでいてもどうしようもないでしょう。戻って、ご家族と相談して下さい」
「……なんか、やたらと追い出したがってないか?」
気付かれたか。
私だって、アイク様と話せるこの時間は好きだ。恐らく、元に戻ったら、二度とお話しすることは無いかもしれない、それほど身分差がある。不謹慎かもしれないが、ずっとアイク様と一緒にいたいなんて、思ってしまったことは一度や二度ではない。
だけど、そろそろ危機感が出てきたのだ。
アイク様は、私がノーマンに襲われた時、ピンチを察知し、助けてくれた。
そして、今日、王妃陛下の声が、薄っすらと聞こえていたという。そして私が感極まって泣いていたことも。
「魂がいる時間が長くなってきて、感覚が共有しつつあるかもしれない」などと言われ、「怖っ!」と思ってしまったのは、やむを得ないと思う。
だって、これ以上いられると、私の心のあれこれや、プライバシーがアイク様に筒抜けになってしまうかもしれないのだ。こうなれば一刻も早く、出て行ってもらわねばならない。
別に『告白もどき』をしてしまって、気まずいからという訳ではない。決して。
さて、アイク様も多少前向きになってきたようだし、出て行く方法を考えてもらいますか。




