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第11話  女官は腹から声を出す

「あの事件の犯人は、かつて王宮魔法使いだった、ブルーノ・ベネットという男だ」

「ベネットというと、あの魔法の名家のですか?」


ブルーノという名前は聞いたことがないが、ベネット侯爵家は知っている。

この国の民なら、平民でも知っている名門一族だ。

代々高名な魔法使いを輩出しており、「王家の剣」とも称される。現在の当主は、国王陛下直属魔法使いのエドワード様だったはず。


「そうだ。ブルーノは既にベネット家から除籍されているが、エドワードの叔父にあたる」


なるほど、うっすらと理解できてきた。

元王宮魔法使い、しかも名門侯爵家の人間が、王族に叛いたなんて、絶対に外部に知られるわけにはいかないだろう。


「ブルーノは22年前、王宮魔法使いを追放され、ベネット家からも除籍された。国王陛下に私怨を持っている可能性があり、ずっと警戒されていた人物だ」


アイク様は一旦、そこで口を閉じた。どう話そうか悩んでいるようだったため、私は黙って待つ。


「魔法使いには、大なり小なり、他者の魔力を感じる能力があるが、不思議と自分に近い魔力ほど、遠くにいても察することができる」


突然何の話になったのか、よく分からなかったが、話が飛ぶのはいつものことなので、突っ込まずに聞く。話したいこと、話したくないこと、全てアイク様の思う通りに、とにかく吐き出させてあげたい。


「ブルーノと血縁関係にあるエドワードが、国王陛下付きなのは、本人の実力もあるが、ブルーノの魔力を感知しやすいからという理由もある。でも、あの日、エドワードよりも、誰よりも先に、ブルーノの魔力を感知したのは俺だ」


ははは、とアイク様は小さく笑う。

「それはどういう……」と聞きかけて、ふと、突拍子もないことに思い至る。


ノーマンが言っていたことが、引っ掛かってはいた。「穢れた血」「王子を騙っている」……。

ノーマンはまともとは言い難い人間だが、王には忠実だ。なのに、なぜ第二王子であるアイク様に、あんな暴言を吐けるのか。


「まさか……」


自分でも、突拍子もない仮説だと思い、否定してほしくて、アイク様の横顔を見上げる。

アイク様はもはや躊躇うことなく、言葉を紡いだ。


「俺は国王陛下と王妃陛下の子ではない。あの狂人(ブルーノ)の息子なんだよ」


信じられない内容に息をのむ。

「そんなことあり得ない」と言おうとしたが、虚ろな目のアイク様を見て、薄っぺらいフォローの言葉は引っ込んだ。


「……でも、アイク様は、国王陛下にも王太子殿下にも似ておられます」


これは本心だった。

不思議なことに他家では現れない、レイファ王家特有の白銀の髪を、アイク様は紛れもなく持っておられる。

それに、性格は違えど、時々見せる笑顔や、考え込む顔が、王太子殿下と似ていると、王太子執務室勤務になってから、しばしば感じていたのだ。


「まあ、一応血は繋がっているからな。俺の実の母は、国王陛下の妹だから。他国の王子と結婚が決まっていた王女を、あの男が襲って、生まれたのが俺だ」


衝撃的な情報を次々放り込まれて、絶句する。私の頭の処理能力では追い付かない。


「ノーマンが言う通り、穢らわしい血を引いた俺だが、国王陛下と王妃陛下が自分の子としてくれたお陰で、これまで生き延びることができた。王太子も、本当の弟のように扱ってくれた。返しきれない恩がある」


なのに、とアイク様は悔しそうに続けた。


「アイツは兄上…王太子殿下を殺そうとした。今更、何を考えているのか分からない」


アイク様の悲痛な声に、私はかける言葉が見当たらない。


「狙いは分からないが、俺が生きていると、今後も王家に災いを呼ぶことになるだろう。だから、このまま死のうと思ったのに、俺は自分を殺すことすらできない!」


決して大きな声ではないのに、血を吐くような、苦しい声だった。

ハイスペックな毒舌王子の仮面の下で、この人はどれほどの傷を抱えて生きてきたのだろう。

正直、話の内容があまりに重すぎて、まだ私は消化しきれていない。


ふと、アイク様が地面に描いていた、魔法陣が目に留まる。

私はずっと、アイク様が元の身体に戻る魔法を考えていると思っていた。

私には魔法はさっぱり分からない。でも、もしあの魔法が、戻るためのものではないとしたら……。


「メリッサまで巻き込んで……俺は本当に疫病神だ」

「そんなことはありません!!」


腹の底から声が出た。我ながらこんなに響く声が出たのは初めてだ。

アイク様は驚いたように私を見た。


「確かに私は、王太子殿下の婚儀の日、アイク様に声をかけられてから、毎日滅茶苦茶です。安定した王宮女官で稼げるだけ稼いで、弟が無事に成人したら、どこかの商家や貴族の後妻に入るか、修道院に入るか、とにかく平凡な人生を送ろうと思っていたのに、私の人生計画、吹っ飛んでしまいました!」


今の自分のことを、先月の自分に話したら、「ちょっと、物語の読みすぎ」と馬鹿にされるだろう。

こんなこと、想像もしていなかったし、明日どうなるのかすら予測できない、波乱の毎日だ。


「でも、私はアイク様に会えたこと、本当に感謝してます」


貧乏貴族でそこそこ苦労はあったけれど、愛する家族がいて、気の置けない友人もあり、厄介ごとも多々あるが給金の良い仕事を得、私は自分の人生を悲観したことは無い。

王族の事情も、魔法のことも、何も知らない。そんな私に、この方の背負う闇は想像もつかないし、偉そうに言えることなんてない。

それでも、この方はただの女官である私に、抱えていたものを吐き出すほど苦しんでいる。ならば、私も、思いを正直に伝えよう。


「最初は横暴だし、何だこの人とは思いました。でも、出会って間もない、赤の他人の火傷を治してくださったり、くだらない話を聞いてくださったり、挙句に今日は私の命を助けてくださいました。アイク様はご自分ではわかっておられないかもしれませんが、他人のために動ける素晴らしい方です」


言いたいことがまとまらないが、何とか伝わって欲しい。


「国王陛下も、王太子殿下も、アイク様を助けようと、魔法使いを招集しています。心からアイク様を大切に思っておられるから、家族と思っているから、一生懸命動かれているんです。アイク様は疫病神なんかじゃありません。大切に思ってくれている人がいるんだから、勝手に命を捨てようなんてしないでください!」

「大切…?」

私の勢いにただ黙って聞いていたアイク様が、ポツリと呟いた。


「そうです!私にとっても、アイク様は誰よりも大切な方なんですから!」


勢い任せに言い切ってしまった内容に、自分で驚くことになるのは3秒後のこと。

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