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衣・食・住

 冬の寒さに夢の世界から追い出された私は、静かに目を覚ましベッドを出る。


 寝惚け眼で部屋の中を見渡す――



 床には暖色系の毛足の長いラグマット


 背の低いテーブルにはルームフレグランスとマニキュアの瓶が並べられている。


 学習机には教科書とアイドル雑誌が並べられ


 童話をモチーフにしたデザインミラーには壁に掛けられたシワひとつないブレザーが映っている。






 はずはなかった。






 異世界2日目の朝です。


 

 昨日はとにかく色々あり過ぎて、ベッドに入るとあっという間に眠りに落ちていた。


 見た目通りベッドは柔らかくて、寝心地は中々のものだった。




 目を覚まそうと、顔を洗いに洗面台の前に立つと――うん。やっぱり可愛い。


 しばらく鏡の中の自分に見とれ、いつもより丁寧に顔を洗う。


 本当ならすぐに化粧水を塗るところだけど、この世界にそんなものはないのだった。



 やがて意識がはっきりしてくると、くぅぅ~っとお腹から可愛い音がした。


 

 「そういえば昨日から何も食べてない……」



 一人呟くと出かける準備を始める。

 といっても服はこのボロ切れみたいなのしかないし、髪の毛を軽く整えて、袋から少量の金貨を掴んで玄関まで向かう。



 玄関に置いておいた靴は昨日マーレさんから貰ったものだ。

 ローファーみたいな造りで、あっちの世界の服にも合いそうだ。少しブカブカだけど。

 

 ファッションのことを考えていると自然と明るい気分になれた。

 異世界でも女の子は楽しい。なんといっても美少女だもの。

 



 「よ~しっ!」



 今日の目的は腹ごしらえと服一式の調達に決まった。

 

 むん、と握り拳を作って初めての買い物に出かけるのだった。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昨日通った道をなぞりながらしばらく歩くと人通りの多い広場に出た。


 大きめの噴水を中心に、お店が放射状に並んでいる。



 「ちょうどお祭りでもやってるのかな……」


 街は活気があり、店からは大きな呼び込みの声。

 噴水の近くを子供たちが走り回っている。



 食事と衣服、どちらを先にしようかと考えていると、どこからか香ばしい匂いがしてきた。

 つられて歩いていくと噴水の反対側にたどり着く。


 「いらっしゃい!お嬢ちゃん!美味くて安いよ!」


 大柄な店主が大きな声で呼びかけてきた。

 

 店主の脇には垂直の串に刺さった大きなお肉の塊。

 どうやらそれをそぎ落とし、パンで挟んで食べるらしい。

 看板には大きく「ドネブ」と書いてあった。



 「要するにケバブね……」


 見た目や香りもほとんどそのままだ。

 そしてもうそろそろ空腹も限界にきている。



 「()()()()!それ一つくださいっ!」

 

 営業スマイルで声をかけると、

 


 「お、おう!ちょっと待ってな!」


 ()()()()は一瞬呆けたように固まっていたかと思うと、腕まくりして気合を入れた様子で調理に取り掛かった。

 


 はは~ん。ナルホドナルホド。

 

 どうやら私の容姿はこの異世界の基準でもしっかり美少女なようだった。心の中でニマニマする。

 

 平安美人、なんて言葉があるように時代や国が違えば美意識も異なる。それが気掛かりではあったのだけど、私の一抹の不安は香ばしい匂いとともに消え去ってくれた。



 「ヘイお待ち!少しサービスしといたぜ!」



 しばらく待っているとそう言って異世界ケバブこと「ドネブ」が手渡された。


 お礼を言って受け取りつつ、周囲を見渡すとどうやら店先での立ち食いスタイルらしい。



 空腹と未知の料理への緊張からゴクリ、と知らず喉が鳴る。



 「それでは……」



 包みを両手で掴み、端の方からかぶりつく――





 「ーーーーー!!!」



 美味しい。

 お肉は脂身が多いけれどしつこくなく、香ばしいソースは刻んだ野菜と良く合う。

 空腹というスパイスも加わり、原宿で食べたケバブより美味しくさえ感じる。



 「お兄さん!とっても美味しいですっ!」


 こちらをチラチラと窺っていた店主に何の捻りもない直球の感想を伝える。

 食レポの仕事をあまりしてこなかったのが悔やまれた。

 

 そいつは良かった、と店主は満足げ。



 「そういえばこれは何のお肉なんですか?」

 

 鶏かな?羊かな?





 「ん?ドネブと言ったらブルニーだろ!」

 



 ぶ、ぶるにー?

 私は嫌な予感がして深くは尋ねないことにした。

 


 ぶるにーおいしー。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 お腹も満たしたことだし、次は衣服の調達だ。

 

 改めて自分の姿を見下ろすと、ボロ切れみたいな服が上下を覆っている。

 幸いこの世界の人たちはあまり衣服に関心がないのだろうか、そこまで奇異な目で見られることもなかった。

 聞いていたとおり魔物との戦いもあるのか、鎧のようなものを身に着けている人もいれば、あちらの世界の洋服に近いようなデザインもある。


 とにかく、この最高の容姿(そざい)を最大限に活かさなくちゃ損ってものだ。


 

 食べ物が売られているエリアを少し抜けると左右に店が立ち並ぶ大きな通りに出た。

 いわゆる商店街みたいなものなのかな。


 お店を冷やかしつつ話を聞いてみると今日はお祭りでもなんでもなく、この活気はいつものことだそうだ。

 国の中心街とは聞いていたものの、なかなか明るいお国柄なのかも知れない。



 これだ、というお店に出会えないまま2,3軒歩き回ると、見慣れた雰囲気のお店が見つかった。

 派手過ぎず、地味過ぎない色合いの服が並んでおり、何より制服のようなデザインが多くて懐かしい気持ちになった。


 店内を歩いてみると私の他にお客さんはいないようだった。店員さんも奥で作業をしているようで閑散とした印象さえ受ける。

 

 でも、店員さんがグイグイと話しかけてくるお店よりは落ち着けていいかもしれない。

 これが流行りでーとか組み合わせでカバンや靴を一式持って来てみたり、あれって逆効果なのでは……ってよく思っていたものだ。

 

 静かな店内をほとんど一周しそうな頃に、一着の服が私の目を射止めた。

 

 ワンピースにベストが合わさった制服風のスタイル。 

 ワンピースはくすんだブルーで落ち着きがあり、袖はゆったりとしつつも手首はキュッと締まっていて、女の子らしいシルエットを形作っている。

 襟元を飾るチェックのリボンは濃紺のベストとともマッチしている。

 丈はおそらく私の膝上で、短すぎず、長すぎない絶妙な危うさだ。自前の靴と合わせても大丈夫そう。



 一目惚れしたこの服を私は買うことにした。

 試着室で着替え、鏡に映ると今朝より3割増しに可愛い。サイズもぴったりでそのまま着て帰ることにした。



 その後、買い物用の財布やかばん、日用品の類を買った。便利なものやぜいたく品はないけれど、普通に生活していく分には何とかなりそう。

 あちらで言うスーパーやコンビニのような何でも揃う大きな店がない代わりに、色々な店を回ったり、たまに店の人と会話したりした。


 「何だか楽しかったなぁ」

 

 ふと空を見上げると、太陽は落ちかけ、空は赤みがかっていた。

 昨日、召喚を終えて神殿――召喚を行った建物をそう呼ぶらしい――を出た時と同じ空、同じ帰り道なのに、気持ちはなんだか晴れやかだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 家に着いて買い物したものを整理しているといつの間にか夜になっていた。

 


 お風呂に入ろう。

 


 この国、ソレイユ王国ではかつて大きな伝染病が流行したという。

 その原因はどうやら国民の衛生観念の低さにあったとか。

 対策として多くの住宅でお風呂の設置が支援され、衛生観念は向上したのだ――とは生活用品店主さんの談。

 

 そんなお風呂の使用も水魔法使いや炎魔法使いの尽力の賜物だとか。

 生活を支えたり、魔物と戦ったりで多くの人の暮らしを助けている魔法使いは国民から敬われている。

 

 もしかして、モーリスさんってすごい人なのでは……?

 



 買ってきた石鹸とタオル――といっても布切れに近いけど――で体を泡立てながらきめ細かな肌を優しくこする。自然と漏れ出る鼻歌は何度も練習したアイドルソングだった。

 

 一通り綺麗にしてから湯舟に浸かる。

 

 体をグッと伸ばす。脱力。何だかそのまま溶けてしまいそうだった。



 「初めはどうなることかと思ったけど……」


 ぬるま湯に浸りながら、意外と何とかなるものだな、と独りごちる。



 スマホもテレビもない異世界の夜は夜更かしするには長過ぎる。

 今朝までの一張羅ことボロ切れさんに着替えベッドに入ると、羊を数える間もなく眠りの世界へと落ちていくのだった。



 パジャマもほしいなあ。

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