王国と勇者召喚
ここはソレイユ王国。大陸にあって最も長い歴史を持つ大国である。
大陸は4つの国で形成されており、西にソレイユ王国・北に国境に高い壁を築くヒース・東に商業が盛んなペリドット都市連合・南に狩りと武術を重んじるラルタルがあり、相互に協力関係を築いていた。
魔物と呼ばれる異形の獣がソレイユ王国北端に存在したが、多くは森や洞窟に棲みつき、この地域は魔障地帯と呼ばれた。
しかし、魔物たちは魔障地帯の外に出ることも少なく、群れて行動することもなかった。
そのため、境を接するソレイユ王国とヒースの人々に大きな被害をもたらすことはなかった。
南国ラルタルからは腕に覚えがある者たちが魔物を狩りにに来ることもあり、魔物の存在が人類にとって大きな脅威とはなっていなかった。
しかしある夜、月が赤く輝き、魔障地帯に一匹の魔物が現れた。
人々に魔王フォウルと呼ばれたその魔物は人型をしており、大きな翼を持っていた。
何より特徴的だったのは人語を操っていたことだ。
フォウル自身が攻め込んで来ることはなかったものの、フォウルに指揮された魔物たちは魔障地帯を離れ、ソレイユやヒースに侵攻を始めた。
多くの国民が命を落とした。
隣国と大きな争いのなかったソレイユ王国には、兵と呼べる者は王族を守る近衛兵しかおらず、肥沃な大地は狩りの必要性を薄れさせていた。命を奪うために武器を握るものはほとんどいなかったのだ。
また、この世界には魔法を使える者も少なくはなかったが、その用途はケガの治癒や火起こし、重たい木材の運搬など生活に即した使い方がほとんどであった。
魔王が現れた赤い月の夜からおよそ2か月、南国ラルタルの傭兵団の協力もあり、王国は何とか魔物たちの侵攻を押しとどめていた。
そんな中、王国のとある魔法使いが大規模な魔法を使った。
「勇者召喚」
後にそう呼ばれるこの魔法は、異世界からライズという一人の男を召喚した。
ライズは剣と魔法を駆使して王国周辺の魔物を次々に殲滅。圧倒的な力であった。
勢いを失った魔物達は前線を後退し魔障地帯まで逃げ込んだ。
小康状態となった隙にライズは魔法を使える国民を集め、戦い方を教えた。
火起こしに使っていた炎魔法は魔物をけん制する火球に、作物に恵を与えた水魔法は、敵を押し戻す水流になった。
ライズの登場と同時にソレイユ王国には活気が戻る。これまで守ることもままらなかった魔物との戦いに、こちらから攻めるという発想が生まれたのだ。
いつしかライズは勇者と呼ばれるようになった。
戦力を整えたライズは王国の中でも強力な魔法使いとラルタルの傭兵団幹部を引き連れ、魔障地帯に攻め入る。
多くの魔物を散らしながらも魔王の元へと一直線に進んでいく勇者一行。
一騎打ちとなったライズとフォウルの戦いは苛烈を極めた。
大地を抉り、木々を倒し、二人以外は近づくことさえ許されなかった。
一昼夜の戦いの末、ライズの剣がフォウルの胸を深く貫いた。
「キサマガ―――ノ、―トナル――カ……。」
「ーーーーーー!!」
死の間際、二人にどんな会話があったのかはっきりとはわかっていない。
魔王フォウルの体がサラサラと砂のように崩れていく中、勇者ライズの体もまた光に包まれていった。
カッッ――っと強い光が発せられた次の瞬間、辺りに二人の姿はなかった。
こうして勇者と魔王の戦いは集結した。
勇者を失い、疲弊した一行が魔物の残党を狩ることはできなかったが、指揮官を無くした魔物達は魔障地帯の奥深くに去っていった。
ソレイユ王国はひと時の平和を取り戻した。
一方で、魔障地帯に国境を接しながら高い壁の向こうに籠った北国ヒースの姿勢にソレイユ・ラルタル両国民は反発。次第に、かつて盛んだった国交は薄れていってしまう。
武器の流通や経済的な支援に徹していた東のペリドット都市連合は利害を重んじる商人の集団であった。そのため、ヒースとの国交も継続、各国とも積極的な交易を続けた。
魔物との戦いを経て、魔法の攻撃能力が明るみになったことで、ソレイユ・ラルタル両国の間にもかつてない緊張感が生まれる。
魔王と勇者の登場は大陸の人々の在り方を大きく変えたのだった。
その後、数百年の歴史の中で赤い月の夜は幾度か訪れ、ソレイユ王国を中心に大きな被害を出した。
人々は初代魔王の名前から、その夜を「フォウルの夜」と呼び、恐れた。
一方で勇者召喚も王国の中で受け継がれていき、魔王が現れる度に勇者もまた召喚され、人々を守った。
長い歴史の中でわかってきたことは、
・フォウルの夜は数十年に一度やってくる(ここ20年は訪れていない)
・召喚を行えるのはごく一部の大魔法使いのみで、生涯に一度しか使えない
・勇者は魔王を倒すと同時に消えてしまう
ということだった。
そして、前回の勇者召喚から数十年ぶり。ようやく召喚魔法をものにした老魔法使いモーリスの一世一代の召喚が本日行われたのだった。