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次の幸せ

次の幸せ 〜彼視点〜

作者: そらちょまる

次の幸せ本編の彼視点Ver.です!

 食器が割れ、ビールや酒の瓶が転がったリビング。

 その様子を、まるで周囲の人間に隠すかのようにカーテンが閉められている暗い部屋で独り、僕は相変わらず、虚な目でぼんやりしていた。


 ____怖かったんだ。



 僕は、恵まれた環境で生きてきた。

 温かい家族に見守られ、周りにも好かれて頼られる毎日。それに加えて、やり甲斐のある仕事も愛する恋人のいる。誰もが理想とする「幸せ」を体現したような人生を普通に送っていたんだ。


 でも、ある日突然会社が倒産してから、全てが一変した。

 肩を組み合って、これから出世してどうするか語っていた友達は、「大変だろうから」と言って、僕から距離を置いき、それからも周りの人は立て続けに僕との距離をとりはじめ、僕との仲はその程度だったんだな。と色々思い知らされた。

 当然、やり甲斐のある仕事も、失ってしまい、その仕事でこれまで積み立ててきたプライドもズタボロになって、家族にも合わせる顔がなく、何もかもが上手くいかなくなった。


 それでも、生活も徐々に苦しくなっていく中で文句の一つも言わずに、美味しい節約料理を振舞ってくれる君を見て、早く働いて君を十分に養えるだけのお金を安定させたいと強く思ったし、もう一度、周りに認めてもらいたいとも思った。

 でも、そんな僕の気持ちとは裏腹に、次の職場への就職はなかなか決まらずにいた。


 何度も面接を受けては落ち、その度に心が折れそうになったけど、君との安定した未来のため、休まずに次の就職先候補の対策を練った。徹夜だって厭わなかったさ。

 それでも、上手くいかなかったんだ。


 徹夜したせいもあって、身体も悲鳴を上げ、ついに自暴自棄になった僕は、とうとう辛い現実を酒に溶かして飲むようになってしまった。酒を飲んでいると、不思議なことに心が少しだけ落ち着いたんだ。

 これを飲んでいれば、僕は幸せでいられる。実際幸せになれた。なら、もうそれで、それだけでいいや。あぁ、こうやって暫く現実を溶かしていよう。それで、何もかも忘れてしまえばいい。

 そう思うと酒を飲む手を止めることができなかった。


 でも、酒で簡単に得られた幸せは、長続きしなかった。

 幸せをくれていた酒は、いつの間にか不幸を僕に投げつけていて、現実を溶かしていたつもりが、僕は理性を溶かしていたんだ。

 それに気づいた時にはもう、酒によるアルコール摂取と、君への暴力を止めることはできなかった。


 そして僕は、心から愛していたはずの彼女を傷つけるようになってしまった。

 現実に不安になれば彼女を殴った。その彼女が離れて行きそうな気がして怖くなった時は、嫌がる彼女を無理矢理押し倒して犯した。

 そうすると、君が僕のものだと実感出来て、心の底から安心したんだ。荒んでいた心が、救われた気がしたんだ。


 でも、それすら一瞬で、君への行為が終わってしまえば、また心が不安定になって、今度は君を傷つけた罪悪感に駆られてしまう。

 挙句、罪悪感を紛らわせるためだけに君を抱きしめて、泣きながら謝る始末だ。


 そんな地獄のような光景が何ヶ月も続いたある日、君は突然、僕の元を去った。

 一枚の手紙を残して。


 当時、手紙を読んで頭に残っていた内容は


 『今まで散々助けてもらったのに、貴方が大変な時に傍にいてあげられなくて、ごめんなさい』


 の一文だけだった。


 最初は何かの間違いだと思ってたし、「君には僕しかいない。だから、必ず戻ってくるに違いない」と信じて疑わなかった。

 その結果、ろくに探しにも行かず、僕は彼女が戻ってきやすいようにという名目で、数百件のメッセージと不在着信を残した。

 そんなこと言いつつ、不安を吐き出して縋りついてただけなんだけどね。


 やがて、君が本当にいなくなったのだと気づいて、殆ど何も食べられないような日々が数週間続いた。

 「僕は君を幸せにしたはずなのに、どうして君は僕が大変な時に傍にいてくれないんだ?」と、君が手紙で謝った内容について、怒りを感じたこともあった。

 君を傷つけた僕のことを恨んでいるのなら、ハッキリ言えばいい。警察にでも何にでも突き出して「お前なんか死ねばいいのに」とでも言ってくれればいい。その方がきっと楽だとさえ思っていた。

 それからも、君への責任転嫁、自分勝手な願いを頭の中で吐き出し続ける日々が暫く続いた。

 そうすれば君が帰ってくるんじゃないか、申し訳なくなって、また僕の傍にきてくれるんじゃないか、なんて、あるわけないことを期待しながら。



 今日、ようやく荒んでいた気持ちが引き、虚しさに襲われて、君を感じたいと、改めて手紙を読んだんだ。

 久しぶりに見た手紙の内容は、一枚の手紙にしてはとても濃いものだった。当時読んだ時より、ずっとずっと、多くのことが書かれていて、驚いた。

 君が僕を恨んだり、憎んだりはしていないこと。君も僕もお互いを愛せなくなってしまっているということ。君は次の幸せを探しに行くから、僕にもまた、次の幸せを探し始めて欲しいと言うことが書いてあった。


 君の優しさが、手紙から痛いほど伝わってきた。


 読み終わってから、ふと、自問する。

 僕は、君が居なくなってから、何度君のことを悪く言った?この虚しさを寂しさと言えず、この怒りを後悔と言えず、何度、君に八つ当たりした?

 君のいない数ヶ月がうるさいほど鮮明に蘇り、手紙を持っていた手に力が入る。


 ……分かってたんだ。

 それなのに僕は、こうやって手紙を通して君の優しさに触れるまで、目を背けていた。全部全部、見て見ぬふりをしていた。


 手紙で謝ってくれてたけどね、僕が辛い時、ちゃんと君は傍にいてくれてたよ。

 僕がどれだけ面接に落とされようが、君は僕を応援して見守ってくれた。僕が酒に溺れても、身体の心配をしてくれて、傍にいてくれた君すら傷つけても、優しく抱きしめて許してくれた。大丈夫だよって言い続けてくれてた。


 そんな君を、誰よりも大切で、愛していた君という存在を、僕は自分の手で壊したんだ。

 そう、僕が自分の手で……壊したんだ。


 ごめん、沢山傷つけた。ごめん。本当にごめん。


 涙が溢れた。

 僕に泣く資格なんてないんだと、目元を何度も擦った。それなのに、涙は溢れて止まらない。

 君がいる間に、もっとしっかり、ちゃんと、謝ればよかった。もっと、自分に素直になれば、もっともっと、君を深く愛せていたら____。


 どのくらいの時間、そうしていたか分からない。

 泣き終わる頃には、目を少し腫らした僕を静寂が包んでいた。


 ふと、夜風に当たりたくなって、ベランダに出た。

 月明かりが僕をそっと照らし、冷たい風が頬を優しく撫でていく。

 いっぱい泣いて気持ちが晴れたのか、それとも月明かりや風が心地よかったからか、僕は変に穏やかな気持ちで空を見上げた。


「綺麗な星空だね」


 星空は、ただ、普通に綺麗だった。君と見て感動したような美しさなんて、微塵もない。


 君と見た星空が懐かしいな。あんなに綺麗な星空はないさ。

 でもね、また君と一緒にその星空を見たいなんて、もう思わないよ。

 君は君だけの星空を見ていて、今、こうしてかつての星空を懐かしんでいる僕自身も、これからは別の星空を見なくちゃいけないから。


 僕はね、君がいないと生きていけないって、本気で思ってたんだよ。そこに嘘なんて一切ない。

 でも、今日もなんとか生きてる。

 もう僕は、君がいなくても大丈夫になったみたいだよ。


 僕は、君に最後まで救われたんだ。

 勇気を出して、僕から離れてくれて、ありがとう。君のその勇気のおかげで、僕も次の幸せへの道を見いだす勇気がもらえたよ。

 君が最後に、背中を押してくれた。


 いつか君と見たあの美しい星空以上のものを、僕は、一人でも見られるのかな。

 僕だけの力で、見れたらいいな。


 君はすごいね。

 きっと僕なんかより何倍も辛くて、悲しくて、叫び出しそうな現実を何度も味わってきたはずなのに、幸せを諦めず、前に進んで。それだけでも大変なのに、周りにも優しくて。


 あぁ、僕も君のように__。


「また、前に進めるかな」

お読みいただき、ありがとうございます。

本編は彼女視点となっているので、気になった方は是非読んでみてください!


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