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第一章 Ambition

Im übrigen kann der Friede nur durch das Schwert erzwungen werden.

-Adolf Hitler-

 <Ambition(野望)〉


 陽が昇り、雪解け始めた大都会を、2人はニューヨークを後にする。車に乗り込み、核により崩壊したビル群、灰となった住宅地を走る。

 すると車のラジオから音が漏れ出す。晴れて回線が回復したのか、運良く通信帯に入ったのか、久しぶりにニュースキャスターの声が聞こえる。

『Emergency Broadcast from Breaking News』

 老人はボリュームをあげる。

『You must go to take the nuclear shelter, Immediately! The not training! The not training! Again.(直ちに、核シェルターに避難してください! これは訓練ではありません。これは訓練ではありません。繰り返します)』

「懐かしいね」

「これは? 新しい生存者!? ねぇ、行こうよ!」

「いや・・・・・・」ラジオを切る「違うよ。これはテープみたいなもんで、繰り返し流してるんだ。ミレニアム戦争で世界がこんなになっちまう直前のな」

「ふーん・・・・・・なんだー」少女は残念そうにシートに埋まる。

「・・・・・・ワシントンまでまだあるからな、少し休むか」

「お! じゃあ続き話してよな!」

「はいはい」

 車を雪の斜面に乗り上げ止める。

「スタンリーはソ連に行ってんだ。その頃は既に、ドイツはポーランドを攻略。目下、花の都へと舵を構えていたさ 」



 1939年。ソヴィエト連邦、クレムリン

 スタンリーは物資提供のついでに、近況報告のためにスターリンを呼びつけていた。考えすぎだろうが、彼はそれだけ完璧主義だった。

「なんだ? 我々は既にナチスと共にポーランドを攻略した。目下、フランスも射程圏内。もう世界が燃え上がるのを見てるだけじゃないか。わざわざ呼びつけて何のようだ」スターリンがボトルを片手に歩いてくる。

「どうも。ソ連は黄色作戦※1に参加するんです?」

「いや、物資協力だ。必要ならば偵察隊や、戦闘部隊を送るがその必要はないだろう。あのファシストは思った以上にやりやがる」

「だろ? フランスなどただの通過点だ。エッフェル塔にハーケンクロイツがでかでかと掲げられるのが目に浮かぶ」スタンリーは目を閉じ天を仰ぐ。

「だったら今こなくても・・・・・・」

「だがイギリスは別だ」スタンリーは言葉を被せる。

「ヴィリカプリターニャ(イギリス)? あそこは軍備、財政共に火の車と聞いているぞ」

「あぁ。侵略戦争を()()()ならば勝ち目はないが、防衛となると話は別だ。ナチスはアシカ作戦※2を計画しているが・・・・・・。あの海峡と丘を上がるのは骨が折れる」

「そのアシカが上るのを手助けしろと?」

 スタンリーはジッとスターリンを見つめる。「必要な物資は送るよ」

 あくまで自分からは言わない気か。「スパイが怖いのかい? 安心しろ反逆者は2年前に粛清した」

「あの大粛清は驚いたよ。この国にスパイなど元からいないだろ?」

「当たり前だ」

「ふん。思慮すべきはマスコミだよ。今や、どこからカメラとマイクが向けられているかわからないからな。戦犯として捕まるのはゴメンだ」

「PCIJ(常設国際司法裁判所)か。お前も大物になったなー。大丈夫、クレムリンは特別区域だ。鋼の忠誠心と百戦錬磨の衛兵しかいないよ」

「それを狙っているのは西の島国だよ」

「なるほど。ブリテンを潰すのはお前の私情か」

「・・・・・・。話を戻すが、守りとなるとあの国は厄介だ。島国という天然の防錆設備と民族特有の愛国心がある。いくら全戦全勝の虎といえど、難攻するだろう」

「それは杞憂ではないのか?」スターリンはボトル片手に指をさす。

「俺は完璧主義なのさ。だから、彼らのアシカを陸に揚げる手助けをしてほしいんだ。海上戦は得意だろ?」

「あぁ。勿論さ。時が来れば、オクチャブリスカヤ・リヴォリューツィヤ(十月革命)の異名を持つチョルニー・リンカー(黒き戦艦)が参戦しよう」

「ガングートか。また抜錨したのか?」

「日露戦争からの改良版さ」

「期待してるよ。そういえばよかったのか? 日本をアメリカと戦うようにして。日露戦争の復讐ではなかったのか?」

「問題でも?」

 スタンリーはあくびをしながら背筋を伸ばす。「まぁ、会社としては。最大市場のアメリカに大量の物資を送れるのはありがたいけどな」

「ヤポンスキー(日本人)を粛清したいのはあるが、今の目標はヨーロッパ統合だ。日本制圧はアメリカに頑張ってもらう。それにだ。勝利は横からかすめ取るのが一番効率的だ」

「アメリカとは?」

「・・・・・・。その時になれば」スターリンは静かに、獲物を狙う獣のような眼をして唸った。

「さすが。さすがはジュガシヴィリ・スターリン(鋼鉄の人)」

「その時になれば同盟国とも戦うさ。我が国は、天より授かった広大な大地が天然の要塞さ。資源も人材も無限に思いのままさ」

「兵士は畑からとれると?」

「そんなとこだ。この戦争で世界の覇権は我らが勝ち取る。ソヴィエトこそ頂点に立つ国家だと」

「巨人の影に立つ不退転か」

「Da (そうだ)」

「それを聞いて安心したよ。決意と野心は国家を盤石なものにする。期待していますよ。ダスビダーニャ(さようなら)」

 スタンリーはタバコを持ち、クレムリンを出ようとする。

「今度はいつくるんだ?」スターリンが呼び止める。

「・・・・・・さぁ。No se volverá a reunir(もう会うことはないでしょう)」

「なんだって?」

 スタンリーは笑みを浮かべ「商品があれば発注を。送らせていただきます」

「あぁ、頼んだぞ」

 スタンリーは手を振って立ち去る。スーツ姿のセールスマンはソヴィエト連邦を後にした。



 老人は車にガソリンを入れ、暖房をつける。

「冷えてきたなー」

「ガングートって名前かっこいいな!」

「だよな。俺も好きだぜその名前。けど、正式名称はオクチャブリスカヤ・リヴォリューツィヤだけどな」

「変な名前」

「それは同感だ。ロシア語はわけわからん」

「それからどこ行ったんだ?」

「それからドイツに行ったんだ。世界が燃えるまであと少しだ。最後の仕上げに向けて、スタンリーはその準備を確認しに行った」



 1940年。ドイツ帝国、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)本部~

 戦争一色に染まるドイツは、熱気と血潮に溢れていた。路上はSS(親衛隊)が凱旋し、街頭にはハーケンクロイツが掲げられた。ポーランドに次いでフランスを占有したナチス軍は、イギリスに向けてのゼーレーヴェ(アシカ)作戦を模索していた。

「嬉嬉として順調ですな総統」

「スタンリーか。君が言う通り、私に国民はついてきた。思想に軍はついてきた。あとはイギリスを占有すればヨーロッパは我らの物になる。・・・・・・自分でも恐ろしいよ。これ程までに拡大できるとは」

「ソ連と手を結んでおいて良かったでしょ?」

「あぁ、そうだ。北への脅威は勝敗の脅威だ。助かった。感謝してる」

「いえいえ・・・・・・」さすがだ。さすがは元軍人。いや、天性の才能だ。上下の脅威は戦争にとって宜しくない。何せ補給と退路に絶たれる。持久戦に持ち込まれたら間違いなく籠絡される。運が悪ければ、内乱からの総崩れ。その点、ヒトラーはわかってる。扇動の本質を。そしてナチスはわかっている。戦闘の奇抜さを。ドイツという国の立地条件も完璧だ。ヨーロッパの真ん中に位置している。渋って先手を打たなければ、四方からの攻撃で鏖殺される。だが、こいつは違う。籠の中のネズミが先制攻撃を仕掛けた。それもどデカイく素早い1発を。そうなったら、立場は逆転。一気に四方を征服できる。

 スタンリーはヒトラーをじっと見る。

 さすが、戦争で初めて毒ガスを使った国。さすが、兵器で初めて鋼鉄装甲戦車を作った国。さすが、浸透戦術の国だ。この国は・・・・・・、この国と技術と指導者は、戦いの為に神が与えた聖物だ。

「el país de dios……(神国)」

「ん? それはどういう意味だ?」

「え? いえいえ! ボヤいただけです。何でもありません」

「・・・・・・スタンリーさん。あなたの出身を聞いても?」

「・・・・・・それはプライベートですよ、サーヒトラー」

「・・・・・・」

「それより、ゼーレヴェ作戦は大丈夫なんですか?」

「大丈夫とは?」

「イギリスを侮ってはいけませんよ。防衛軍備に力を入れてるそうです。島国という点で向こうの方が幾分有利です。ソ連との協力突破をしないと・・・・・・」

「不可能、か?」

 ヒトラーが言葉を被せる。

「え、えぇ。難しいかと」

「心配には及びませんよスタンリーさん。我々は何もあの国と正面から戦おうと思っていない」

「・・・・・・というと?」

「・・・・・・。詳しいことは言えないが、我々はジェットエンジンを応用した兵器を開発中だ」

「ジェットですか?」

「そう。メッサーシュミット社が既に試験段階に入っている。高速で対空火砲をかいくぐり、敵艦や敵地を攻撃する。あの素早さに敵は対応できないさ。それに」

「それに?」

「・・・・・・。それにその応用として、高速爆弾※3を開発している」

「高速爆弾?」

「爆弾の尻にジェットエンジンを取り付けるのさ。撃墜不可能の爆弾が高速で突っ込む。敵は震えあがるだろう」

 スタンリーは半信半疑だった。そんなものを開発したら完全に世界を掌握するだろう。だがその兵器の実現は、スタンリーにとって、彼の計画の本懐へと一気に手を伸ばすことができるものだった。

「名前は?」

「これ以上は。申し訳ないスタンリーさん」

「そうですか。欲しい部品があれば一報を」


 そのまま2人は屋上へと上がる。何百機もの軍用航空機が上空を通り過ぎる。最早彼らは止まらない。一度放たれた稲妻は決して止まらない。世界を真っ赤に染めるまで止まらない。

 スタンリーはタバコをふかす。「イギリスを征服したらどうします?」

「イギリスなどただの通過点に過ぎない」

 ほう。

「私は、我々に必要なものが何かと考えたのだ。それはレーベンスラウム(生存権)だ」

「生存権ですか」

「我々を頂点に置き、ナチズムを権力下に統治する国さ。それをヨーロッパだけで治める気はないのだよ」

「それはどこか、お考えで?」

 ヒトラーは少し間を置き、「まず手始めはアフリカとアジアさ」

「なるほど。いいですね」スタンリーはタバコを吸いこむ。この男はいまいち腹の奥を探れない男だ。自分も他人に読み取られないようにしているが、この独裁者も同様だ。5年前とは違う。意識しないとすぐにでも取り込まれてしまいそうだ。この男のカリスマに。ヒトラーは予想外な事をやってくれるが、それは一歩間違えれば破滅の道だ。カリスマ性は素晴らしいが、戦争は素人だ。「ですが気を付けてくださいよ、フューラー(総統)。浮足と油断は大敵です」

「忠告をありがとう」

「いえいえ」スタンリーはタバコを捨て、ケースをしまう。「そういえばさっきの話ですが、私に出身なんてありません。私は世界中にいます。私は世界をもっとより良くするために、私は世界を売り飛ばします。今や世界は巨大なTNT(火薬)の上にいる。それも既に着火済みの。私はそこから生まれてきた。私はどこにでもいますよ」スタンリーはヒトラーに近づき耳打ちする。「Kaufen Sie die Welt, wahrscheinlich einfacher als der Verkauf?(世界を買うのは売るより簡単だろ?)

 Nun brennt mir meine Welt.(さぁ、私の世界を燃やしてくれ)」

「ドゥ・・・・・・(君は・・・・・・)」

「アハトゥング!(敬礼!)」スタンリーは腕を斜めに挙げる。「ジークハイル!(勝利を!)」スタンリーは叫ぶ。「頑張ってください総統」スタンリーは笑みを浮かべる。

「・・・・・・君もな」

 スタンリーは歩き去ろうとする。「あ、そうそう。言い忘れていましたが、粛清対象は決まりましたか?」

「あぁ、決まったよ。Judeだ」

「あぁー、・・・・・・ユーデ(ユダヤ人)ね。粛清なんて甘いですよ?ジェノサイド(大虐殺)です。国民や軍には、我らが第1位種族とわからせないと」

「私もそのつもりだ。しかし、やるのは粛清でもジェノサイドでもない。Aussterben(絶滅)だ」

「アウシュタービン・・・・・・。絶滅ですか。ヴンダバー(素晴らしい)」

「喜ぶと思ったよ」

 スタンリーはヒトラーの元を後にする。

 ドイツの技術と戦術は秀逸だ。ずば抜けている。ブリテンもきっと落とすだろう。だが、一人勝ちは面白くない。ドイツ、ソ連、そして日本とイタリア。この4国に勝つ国は1つしかいない。待ちくたびれたかカウボーイ。椅子の上で膝を組みすぎて麻痺してるなんて言わせないぜ?

 よう、アメリカ。最後はお前が世界をひっくり返す番だ。




用語解説

※1黄色作戦

当時、作戦名に色を使うことが多かった。黄色作戦は、ナチスドイツのフランス侵攻作戦を表す。


※2ゼーレヴェ(アシカ)作戦

ナチスドイツが計画していたイギリス上陸作戦である。史実ではイギリスの防衛網突破は難しく、実現することはなかった。


※3高速爆弾

当時先進的だったジェット飛行機の応用で、爆弾にジェットエンジンを搭載し、迅速且つ長距離射程の爆弾である。現代のミサイルの原型。報復を意味するVergeltungswaffeのVを取ってV1、V2と開発した。開発者のヴェルナー・フォン・ブラウンは後にアポロ計画に携わる。

Exactamente!!

-Stanly-

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