第一章 Dementor
Смерть одного трагедия,а Смерть миллиона -статистика.
-Ио́сиф Виссарио́нович Ста́лин-
<Dementor(吸血鬼)>
「ソヴィエト連邦?」
「あぁ・・・・・・、クソでっかい能無しの国だよ。思想も体も脳筋ばっかりだが、世界で一番でかい国だったんだ。まぁ、今じゃ国全体が放射能で入れないがな」
「あぁ! あの北の方にあるフォールアウト(核放射能降下物質)ゾーンね」
「そうそう! お前は相変わらず記憶力はいいな!」
「殺すぞ! それより早く! 世界はどうなってくんだ!?」
「そう焦るな。世界を売るにはな、それ相応の足固めが必要なんだ」
1936年
~ソヴィエト連邦、クレムリン~
スーツ姿のスタンリーは朱に染まるソヴィエト連邦に降り立つ。この国も先の戦争で疲弊していた。だが、既に軍力は回復しつつあった。あのイカれた国に報復するために。着実に・・・・・・確実に・・・・・・。
「ようクレムリン。久しぶりだな。前にあったのは十月革命以来か」
「スタンリー・・・・・・」
「ようスターリン。元気か堅物」
2人はクレムリン内を歩く。
「前はボロボロだったんだなー。あんなイカれた国にちょっかい出すから」スタンリーが笑う。
「向こうが勝手に来たんだ。あの国は本当に戦闘狂だ」
「僕は行ったことないが、なんせあの国に魅力を感じない。過去500年もあの狭い島の中で殺し合いをしてた国だ。商品価値の以前の問題だ」
「・・・・・・んで。なんだ? 今、このタイミングでお前がなんのようだ」
「単刀直入言うが・・・・・・。問答無用のシベリア送りはやめてくれよ」
「それはお前次第だ」
「今、ドイツは力を付けつつある。それも急激に。新政権と新大統領に転換してから、ナチ党が全権を握りつつある・・・・・・。もうしたかも」スタンリーは口を噤んで上目づかいをする。
「あいつか、あのふざけたちょびヒゲの」
「そうそう、ちょびヒゲの」
「ファシストの考えは理解できんな。センスも政策も。まぁ、理解しようとも思わんが」スターリンは笑いながらウォッカボトルを取り出す。「飲むか?」
「遠慮しとくよ。ヒトラーは上手くやるさ。俺がそう仕向けた」スタンリーはラッキーストライクの箱を取り出す。
「ここは禁煙だぞ。スパンスキー(スペイン野郎)」
その言葉にスタンリーは激しく睨んだ。
「おおっと。「それはプライベートだぞ」か?」
「ああ、そうだ」スターリンは紙巻きタバコを咥える。「酒はよくてタバコはダメか。ロシア人め」
「規則は規則だ。アメリカ産が好きなのか?」
「前にルーズベルトに貰ったのを吸ってるだけさ」そして、一頻り香りを楽しんだ後、いつでも吸うとばかりに耳に挟む。
「そして、なんだ? 私への要求は」
「なに、ドイツと同盟を組むだけさ」スタンリーはぶっきらぼうに応える。
「同盟?」
「あぁ。そんな顔をするなよ。ファシストと罵りながらも交流を続けているんだろ?」
「ふん。あの国とはヒンデンブルクからの腐れ縁だ。お互い利用しているのさ」
「同盟とはそういうものだろう」
「それで。我が国とあのファシスト国家と組んで、何の利益があるんだ?」
「戦争だぞ。利益はいくらでもある。ドイツはヨーロッパを間違いなく制圧するだろう。ヒトラーの手腕は神がかり的だ。ソ連が無限の物資を提供し、ドイツが洗練された兵器を運用する。巨人と神具が手を組めば、向かうところ敵なしだ」
「ドイツの技術は躍進的だと聞いているが・・・・・・、それだけか?」
「欲張りめ。この世界には、ドイツに賛同する国も出てくるだろう。その中には日本も含まれるだろうな」
「イポーニア(日本)が?」スターリンは低く、静かに聞き返す。
「ああ。ドイツにつくのは、あのクソッタレの世界恐慌で首が回らず、自国のために世界をひっくり返そうとしている連中さ。日本もあと2、3年といったところで・・・・・・」
「おい貴様、あの国が我々にしたことを知らないとでも言うのか! 同盟なぞ絶対に組まんぞ!」スターリンは途中で被せる。
「日露戦争か? あんな下種な国に艦隊を壊滅させられたんだろ。でかいのは図体だけで、中身はスカスカだな」
「なんだと貴様! 侮辱は許さんぞ!」スターリンは立ち止まり、腰のサーベルに手を当てる。近衛兵も察知したのか、銃を向けながら近寄って来る。
それを横目に見たスタンリーは、両手を大きく空に広げ、「この話を不問にするなら!・・・・・・ソヴィエトへの物流を止めるぞ。お前、誰のおかげで兵器を兵站出来ると思っているんだ」
「クソッ・・・・・・。貴様」スターリンは苛立ちを隠せない。
「まぁまぁ、落ち着いて」スタンリーは笑いながら背中を叩く。いつものように取り留めのない笑顔で。
スターリンは葛藤していた。このウプイーリ(吸血鬼)の言いなりになるか、切り捨てるか。・・・・・・、いやまだだ。耐えるんだ。今こいつの関係を断ち切るわけにはいかない。日本をこの世から消し去るために。我が祖国が不退転としてこの世にあり続けるために。
「話はまだ途中だ」スタンリーは歩けと手を方向指示器のように前に出し、歩き始める。
途中?
「私はドイツと日本がと言ったんだ。何もあんたらが日本と同盟を結べとは言ってない」
相変わらず一人称がバラバラな奴だ。「と言うと?」
「ドイツと同盟を結べば、ドイツと同盟国の日本と必然的に関わることになる。まぁ、直接日本とも同盟を結んでも良いが」
この含みのある言い方に、鋼鉄の男※1は察する。
「не союз,месть(同盟ではない、復讐か)」
「Точно(さすがだ)。同盟国とは聞こえがいいが、復讐するなら最適な立ち位置だ」
この男の思惑と提案に、スターリンはただ一つのことを思った。『さっきこの男を斬らなくてよかった』と。
「よかろう。我がソヴィエト連邦も参戦する。幸いにも、我々には他国にはない蓄え※2があるからな」
さてそれはどうかな。スタンリーはそれを口にせず、出口へと踵を返す。
「さすが。またこの国の戦略と艦隊を見れることを期待していますよ」スタンリーはクレムリンを出ていく。
「お前はこれからどうするんだ?」
「私は多忙でね。これからイギリスに行くんだ」
「なぜまた」
スタンリーは笑いながら口に手を当てる。
「ふん!秘密か・・・・・・」
「悪いね」
世界を売るのに傍観者はいらない。イギリス・・・・・・、お前らの立ち位置をハッキリさせてもらうぞ。
「イギリス?国なの?」
「あぁ。イギリス・・・・・・。あのふざけた国。偽善ぶって自分たちが一番高貴と思ってやがる。腹が立つのは、それで世界最強だったんだ」
「暴君だったんだね」
「だったんだ。今も当時も過去形さ。卑怯な上に偽善者ぶる。」
「ふーん、最低ね」
「だが、今はもう無くなっちまったがな。さすがにMSBLトライデント核爆弾6発には耐えれなかったみたいだな」初老の老人はケタケタと笑う。
「んで、なんでその男はイギリスなんて国に行ったんだ?」
「あぁ、それはだな」
1936年
スタンリーは船に乗りブリテンに訪れていた。彼を迎える優雅な国は、彼を歓迎していた。だが彼は、この国を嫌っていた。日本よりも。
「ビックベン。まだ立っていたか。俺はな、お前が中腹から真っ二つに折れることを期待してるんだぜ」
「スタンリー様! 陛下がお待ちです!」
「あぁ」
~ウェストミンスター寺院~
スタンリーは謁見の間に案内され、椅子に座る。すると奥からショージ6世とウィンストン・チャーチル首相が出てくる。
「おいおい。僕は陛下と話に来たんだぜ? なんで男爵がいるんだ?」
「けっ! 貴様に何か変なものを売りつけられないか、王様を守りに来たのだよ!」
「ちっ・・・・・・」スタンリーは小さく舌打ちをする。
だが、元軍人のチャーチルの方が保守派の王様より話が進めやすいか・・・・・・
「今日は何のようですか?スタンリー様」王様がいつものもの和らげな口調で話す。
「どうせまた金儲けでしょう。ね、王様」
あー、鬱陶しい「まずはご即位のお祝いを。おめでとうございます。公務は大変でしょうが、お体ご自愛下さい。ところで、最新のレーダーユニットはどうですかな?」
「ありがとう。あぁ、好調だよ。さすが、貴殿の商品はピカイチですね」
「ありがとうございます!」
「王様、つけ上がるだけですよ」
「話の腰を折る役ならいらない。引っ込んでいろタウト(ガマガエル)」
「なんだと貴様! 陛下直々の謁見という異例に肖って、よもや罵倒するとは!」
「落ち着けウィンストン。彼のおかげで我々の国防が強化されているのだ。失礼を。気を悪くなさらないでくださいサースタンリー」
スタンリーは薄く笑い、「私がここに来た理由を言うなら陛下。今後のあなた方の立場をハッキリさせてもらいたいからです」
「今後?」
「今やドイツは力を付けつつあります。いや、もう彼らの帝国は磐石なものになっており、既にポーランドに侵攻する作戦を立てています」
「なに!? ポーランドに!? それは本当か! ならばソ連は黙ってはおらんだろう」
「えぇ。故に、ソ連もドイツ側に付くそうだ」
「ソ連が・・・・・・」王様の表情が曇る。
「また戦争になる。そこで私はあなた方イギリス連邦に、世界を売ろうと思います」
「まさか・・・・・・お前が指示を」
「・・・・・・そんなわけないでしょう! 私は商売人です! 契約してくれた人や国に物を運ぶだけです」
「・・・・・・」
「ただ、何事もきっかけが大事です。それはたった一つ。一つのきっかけで大きく変わる。それが、趣味を見つけるのも、職を変えるのも、国同士の戦争にしてもです」
「それが君のワークスタイルかね?」チャーチルは静かに話す。
「私のモットーです。まぁ、ともあれ! 物流こそが勝利の鍵です。いくら優秀でも、物がなければ意味がない」
「・・・・・・何が欲しいのです?」
「さすが陛下。話が早い。あなた達の事だ。中立を守り、和平と島国を盾に戦争には参加しないんでしょう? ですが、ドイツは規律正しく突撃する虎です。更にソ連とも手を組んでいる。日本はアジアを掌握し、アメリカも顔を出し始めている。あなた方ブリテンが拒否しても、世界は否応なしに戦争に猛進する。先のヨーロッパ大戦の比ではない程にね! ・・・・・・おっと失礼」興奮から覚めたスタンリーは背筋を伸ばす。
「我々にどうしろと?」チャーチルが質問する。
「50億ポンド。今の世界の売り値は50億ポンドだ。それで私はこの国に物資を提供しよう」
「50億だと!? そんなに払えるか!」
「でしょうね。しかし、そうは言ってられませんよ。3年前のロンドン経済会議は失敗しましたねー。島国な点ではラッキーですが、防衛費を削減すれば間違いなくドイツに篭絡されます」
「ですが、我が国にはそのような経済的余裕がありません」エリザベスが少し震えた声で呟く。
「そ!こ!で! あなた方にも参戦していただきたい。ドイツ側として。おっと! そんな顔しないで。ドイツとソ連がヨーロッパを統合したら、過去の大英帝国の再建ができるのではないですか? 更にドイツはアメリカと敵対しています。対米政策を取っていたあなた方には丁度いいでしょう。ほら良く思い出して、経済会議を拒否した国はどこでしたか? 帝国をアメリカは舐めています」
スタンリーは格式と伝統を重んじるイギリス人を揺さぶった。これで自尊心とエゴの塊のイギリス人は乗ってくるだろう。ソ連、ドイツ、イギリスが手を組めばヨーロッパ統合は確実。予想外な同盟に、アメリカのヨーロッパ侵攻は難しいだろう。そしてイギリスとドイツの仲だ。事が済めば互いを潰しあうだろう。泥沼は避けられない。
「ヒトラーには私からも頼んであります。もしドイツと組んでくれたら、私どもからの無限の物資と、高貴な地位を提供しましょう」
大英帝国万歳。
「今お前の腹の内は、私がディール(取引)と言うのを待っているのだろう」
「でしょう?」
「答えはディナイ(拒否)だ」
チャーチルの言葉に耳を疑った。
「え、今なんと・・・・・・。知っているでしょう、ドイツの力を! まともに戦って勝ち目はない。それに資金もないでしょう。ドイツと組めば無償で、莫大な物資と地位が約束されますよ!」
焦ったセールスマンは声を荒げた。
「我々を見くびるなディメンター(吸血鬼)。今日言おうと思っていたが、お前とブリテンの関りは今日までだ。もしドイツが攻めてきたら、大英帝国と陛下のために身を粉にして戦い抜こう。私は、古い格式から抜け出したいのだよ。我が国は、他のためでなく、我々の繁栄のために、我々で築き上げるのだよ。誇り高き崇高な英国人として」
チャーチルの演説に、スタンリーは親指の爪を噛む。クソ、こいつも保守派か。初めから聞く耳などもっていなかった。今日、俺と決別すると決めていて。迂闊だった。
「侵攻に困っても、もうお前には頼らんよ。ヒトラーに媚を売るくらいなら、ルーズベルトと手を組んだ方がマシだ」
「組むならアメリカとか・・・・・・」スタンリーはぼやく。
「話は以上だ。まだ何かあるのか?」
スタンリーは煮え切らない態度を見せる。
新首相は先進的と聞いていたが・・・・・・。今更一人で世界を渡り歩けると考えている。かの帝国は堕ちたんだよ。ならば復国のためにアメリカと組むか・・・・・・。紳士気取りのブリテン共め。終焉の時には真っ先に潰すと約束しよう。
「衛兵! 客人がお帰りだ」チャーチルが叫ぶ。
スタンリーは鋭い眼光で一瞥する。ここで粘ってもいいが、戦争犯罪としてPCIJ(常設国際司法裁判所)に送られても厄介だ。
スタンリーはひとさし人差し指を彼らに向け、「ひとつ。和平などあり得ませんよ」
「望むところだ」チャーチルが顎を上げる。
「・・・・・・。貴国のまたのごひいきをお待ちしております」スタンリーは謁見の間を後にする。と、いうより強制退室に等しかった。
スタンリーにとってこの謁見は敗北だった。彼が初めて負けたのだ。25年前の戦争から、彼の提案に拒否を突きつけたのはイギリスが初だった。彼の策略というのが正しいか。
しかし、彼のシナリオは完成しつつあった。世界大戦前夜はもう終わりを告げている。後は日の出とともに、燃え上がるのを待つだけだ。そして、アメリカ。スタンリーの思惑の実現は、かの国によって達成しつつあった。水面下で着々と、確実に。
※1 鋼鉄の男
スターリンというのは、「鋼鉄の」を表すロシア語である。これは筆名であり、本名はジュガシヴィリ(Джугашвили)
※2 五カ年計画
共産主義国だったソ連は、唯一世界恐慌の影響をまともに受けなかった国である。スターリンの五カ年計画で、独自に経済を発展させていった。
しかし同年代、アメリカもニューディール政策で復興を果たしており、着々と力を付けていた。
ディメンター
ヨーロッパに伝わる吸血鬼。人の欲望や幸福につけ込み、希望を叶えてくれる。しかし幸福や欲望を餌にして、最後には絶望や憂鬱を落としていく。
ウプイーリ
スラヴ圏で伝承される吸血鬼。語源は「鳥に似て非ざるもの」。
人に紛れて生活し、子供を殺してから両親を殺すという残忍な性格である。
Never, never, never, never give up.
-Sir Winston Leonard Spencer-Churchill-