第一章 Is the world burning?
"Is the world burning?"
これは世界を愛し、
平和を愛し、
世界を売った男の物語。
【The man who sold world】
〈Is world burning?(世界は燃えているか)〉
一人の初老の男性と一人の少女はいつものようにビルの屋上にいた。それはかつて、この街のシンボルと言っていいタワーだった。中折れしたタワーの中腹に薪を焚べ、雪の夜を耐える。核の冬を耐え抜き、彼らは荒廃した世界を渡り歩くドリフターズ(漂流者)の1組にすぎない。
この素晴らしき世界を。
「薪。持ってきたぜ」
「おぉ、サンキュー。これでマシになる。クソ寒いから寒いに変わる」
「さてと!」少女が正面に座る。「話してよ。ここはどんな街だったんだ?」
「あぁ、いつものやつな。そうさなー。ここは世界最大の街だったんだよ」
「へぇー。そうは見えないけどな」
「それは今よりかはもっと人がいて、もっと賑やかだったさ」初老の男性は崩れた瓦礫からネームプレートを見つける。「Wow!こいつを見ろよ。このビルはかの有名な皇帝ビルじゃないか」ネームプレートを少女に渡す。
「・・・・・・読めねぇよ」
「教えたろ? 英語くらい読めろよ」
「ちっ、・・・・・・エン・・・・・・エメ?エメパイー・・・・・・わかんねぇ!!」
「ダッハハハ!Empire State Building (エンパイア・ステート・ビル)だろ?こいつを見たのは何年ぶりかなー」
「ムカつく」
「そう怒んなよ。ニューヨークに来たのは久しぶりだ。後でタイムズスクエアに行こう。セントラルパークも、チェルシーもブロンクスも。まぁあればな。そういえばあのスタチューは完全に消滅してたよなー」
「1人で楽しんでんじゃねぇ! それよりあの話してくれよ! 薪持ってきてやっただろ」
「あぁー、あれね」
「早く早く! 気になってんだ。世界を売った男の話!」
「そう急かすなって。そうだなー。あれは今から随分昔の話だ。その時も世界はいい感じに燃えてたよ」
男は薪を炎に放り込む。
1935年。~ドイツ、ベルリン~
その男はベルリンにいたんだ。その国は前にあった戦争に負けて、政治も経済も士気も最低になっていた。まぁ、“ある界隈”だともう価値がなくなったって言われてたが、その男は違ったんだ。
「こいつは・・・・・・酷いな」
男はベルリンに降り立った。既に消沈し、ただ滅びゆく街を視差しに。この国はまだ“商品価値”がある。
「お待ちしておりました! スタンリー様ですか?」
「いかにも」
「総統がお待ちです。どうぞ」
男は車へと案内する。
「そこら中にあるのは・・・・・・。マルク札か?」
「そうです。世界大戦に負けてからライヒスマルクは暴落しました。あれを見てください」
通りにはスーツケースを持った男が沢山いた。
「今ではコーヒー1杯買うのに、スーツケース分のライヒスマルク札がいります。それに、物流や情報網も完全に麻痺しています。回復しつつありますが・・・・・・」
「なるほど、なるほど。・・・・・・国会議事堂へ?」
「はい。ほぼ復旧しておりますので※1」
「早いですね。二年前でしょ?」
「ドイツ人は真面目ですので」
~ベルリン国会議事堂~
「少しお待ちを」
秘書が席を外す。
これほどまでに疲弊した街を再生する方法はただ一つ。幸いにもここにいるのは、それに最も適した人物。人々を指揮し、洗脳する最高の逸材。
「俺はツイてる」
「お待たせさせて申し訳ない」
「いえいえ! お会いできて光栄です」
「国家社会主義ドイツ労働者党のアドルフです。よろしく」
「アトラス海運のスタンリーです。先の戦争ではやられましたね」
「・・・・・・初発でそれを切り込むとは大したものだ。そして・・・・・・あのスタンリーさんが私になんのようかね? かの武器商人様」
「武器商人なんてとんでもない! あ、でもオフレコでね。うちは海運です、海上運送です。そこに荷があればどこへでも運びますよ。例え中身がどんなもので、それが何に使われたとしても」
「あくまで噂ですよ。ある界隈ではこの国はもう死んでいるんでしょ? だが、なぜあなたはここに・・・・・・」
「・・・・・・私は鼻がいいんです」
ため息をして額に手を当てる。「わからない。商品を売りつけに来たわけじゃなさそうだ。来たとしても、うちに買う金はないが・・・・・・。この国に・・・・・・この私になんの用があるんです?」
「私はまだ、あなたとこの国の秘めた力を信じている。ヘッドハンティングは得意でね。私はあなたに“世界を売りに来た”。ただそれだけです」
「・・・・・・なんだと?」
「売価はそうですねー。大型軍用トラック50台分のライヒスマルクでいいですよ!」
「なんだそれは! ふざけるなら帰ってもらおうか!」
「私はいつも真面目だよアドルフ・・・・・・。これ程までの手腕とカリスマ性。戦後のドイツの頂点に成り上がったナチ党党首。そして、人々を魅了する演説とモデル(規範)。軍上がりのあなたが、軍主導の党を作り上げ、支持も最高潮。ヒンデンブルク前大統領は死亡し、次期フューラー(総統)。・・・・・・本当にヒンデンブルクは老衰だったんですか?」
スタンリーは上目づかいでアドルフの顔を覗き込む
「・・・・・・。あぁ、そうだ。誠に残念なことだ」アドルフは静かに、唸るような声で話した。
「ふん。その匂いは焦げ臭い※1」
アドルフが何か言おうと口を広げる前に、スタンリーはにわかに立ち上がる。
「さっきも言った通り、私はあなたに世界を売りに来た。私どもも、買い手があっての商売だ。まだ答えは聞いていないぞ伍長※2。さぁ、早く。まだこの国に商品価値があるうちに・・・・・・」
アドルフも腹の内では薄々考えていた。いや、計画していた。帝国の復活を。そのために、戦争という経済復興と士気向上を。あとはきっかけが欲しかったのだ。この内なる野望が現実的となるその瞬間を。
「・・・・・・。それで、何をすればいい?」
スタンリーは満面の笑みを浮かべる。しかしそれは鉄仮面の如く冷たく、虚偽的だった。
「あなたはそうでなくても、国は望んでいるはずです」
「・・・・・・侵略戦争か?」
「おお!」スタンリーは目を見開く。「さすがですフューラー。やはり、私の眼に間違いはない。17年前の復讐です閣下。経済を立て直すには戦争をするのが早い。軍も既に動いているはず。あなたのカリスマがあれば、国民も付いてきますよ」
アドルフは窓際で手を広げて、高揚と話しをするスタンリーを見つめる。その眼と話し方から、彼の思惑的な思想が読み取れた。彼も私と同じ野心を持っている。それは、戦争を好む武器商人と同じ金のためなのだろうか。
「君は何を望むんだ?」
「私が望むのは世界・・・・・・。」
「え?」
「いえ・・・・・・! 金さえ払ってくれれば大丈夫。望む全てを運んで提供します」
「・・・・・・わかった」
「私と組めばうまくいきます。自分でも驚くくらいにね。あなたの嫌いなアメリカとイギリスの頭を叩けますよ?それも剛鉄のバットで思いっきりにね、バァン!」スタンリーは手を叩く。
この男は心底、腹の中を探れぬ男だ。こいつは、金のために戦争を仕掛けるのではないだろう。・・・・・・世界征服でもしようというのか?そうなれば、将来的に我が弊害になるだろう。はたまた、その逆か。
「だが、我国は見ての通り疲弊している。チャーチルを大統領席から引きずり下ろすには、いささか無謀だ」
「何も“裸一貫で1打を加えろ”とは言ってませんよ。同盟国を作ればいいんです」
「同盟国?」
「戦争には不可欠な仲間です。戦いにおいて、不要な仲間は一人もいません。多ければ多いほど、弾除けになります。私のコネで作ってあげますよ」
「それほどのコネを?」
「言ったでしょう。私どもは海運です。顧客は五万といる」
「・・・・・・それはどこだ?」
アドルフに近づく。スタンリーは嬉しそうに口角を上げて答える。「それは唯一の不遜な大陸。ソビエト連邦です」
「なに!? 共産主義国と同盟を結べというのか! あいつらは人類の敵だぞ!」
「落ち着いて、ナチ党の反共もすごいですね」
スタンリーはアドルフを鎮める。
「ですが、今でも似た者同士で物資や技術提供しあっているんでしょ? あなたが折れさえすれば、かつてのヒンデンブルクとスターリンとの蜜月関係を考え、最低でも不可侵条約は結べるはずです」
「・・・・・・」
アドルフは言いたげに黙り込む。
「ドイツは槍です。素早く、統率が執れ、陣形を貫く稲妻です。武器を持っているなら、同時に盾も持っていないと戦争にならない。今あなた達に必要なのは我が社と、後ろ盾ですよ」
スタンリーはニヤリと笑う。この男の掌握に、アドルフはGenau (わかった)としか言う他なった。
用語解説
※1ドイツ国会議事堂放火事件
1933年2月に国会議事堂が放火されるという事件が発生した。犯人は共産党員で、これをヒトラーは徹底的に批判。翌月の国会選挙の足固めをした。これにより、選挙はナチ党の圧勝で党首のヒトラーが事実上のフューラー(総統)、独裁者となった。これを機に、ヒトラー及びナチスの台頭が始まった。この放火の黒幕は、最大派閥の共産党の追い出しを謀ったナチ党との噂もある。
スタンリーは、前ヒンデンブルク大統領の死と放火事件の黒幕が、ナチ党 (ヒトラー)が絡んでいると含みを持たせて焦げ臭いと言った。
※2伍長
アドルフ・ヒトラーの軍時代の最終階級は伍長だった。
"Look at yourself!"