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第96話 コールの直前(唯花視点)

 夜になりました。

 奏太が家に帰り、今、あたしは非常に悶々としております。

 誰が悪いのかと言えば、それはもちろん。


「ぜんぶ奏太(そうた)がわるーい!」


 ベッドで枕をぽーんっと放り投げ、落ちてきたところに打つべし打つべし!

 ぺちぺちぺちーっ、とワンツー&フック&ストレートを叩き込む。


 本当は奏太にぺちぺち出来ればベストだったけど、無理だったので代わりに枕へ打つべし打つべし。だって昨日今日の感じで、奏太に触ったらぜったい心臓が粉塵爆発しちゃうし!


 そう、何もかも奏太が悪いのです。

 だってお母さんに手のひらで転がされて、あんなこと叫ぶし!


「そうだよ、まったく! あんな、あんな、あんにゃー……」


 シュウゥゥゥッとまた頭がオーバーヒートしてしまい、枕へ顔を突っ伏した。

 ずるい、奏太は本当ずるい。

 あの男はいつか刺されるべきなのです。あたしの手刀でこう腹筋をシュバッと。


「はぁ、腹筋かぁ。奏太の腹筋、逞しくて格好良かったなぁ……って、違う違う」


 枕に顔をうずめたまま、ぶんぶんと首を降る。

 今は奏太の格好良いところじゃなくて、奏太のずるいところの話。そしてこの先どうするかの話。


 昨日、奏太はリビングでとんでもないことをのたまった。

 それはもうあたしの部屋まで聞こえちゃうくらい、大きな声でのたまったのです。


 内容は、その……初恋がなんちゃらとか、プロポーズがなんちゃらとか、海の見える家で一生なんちゃら、とか。


「海の見える家ってあれだよね。あたしが子供の頃に言ったやつだよね。そんなことまで覚えてるフツー……もう~っ!」


 ベッドの上で足をバタバター!

 思い出すだけでキュンキュンする。キュンキュンし過ぎて、キュン死してしまいそうです。


「しかし、なのである。しかしなのであるよ、諸君」


 顔を上げ、ベッドのサイドボードに並べたフィギュアたちに語り掛ける。

 

「あの男、自覚がないのです。あんな熱烈な言葉を放り投げて、こっちのハートをヒート&ヒートさせてるというのに、自分の言葉が伝わっているとまったく気づいていないのです!」


 可愛い美少女フィギュアたちがアマゾネスのように鬨の声を上げる。

 あたしの脳内で。


「『処せ! 処せ! 処せ! 鈍感男を処し祭りじゃーっ!』」


 うむうむ、まったくです。

 毎日、あたしのフラグを立てるばっかりでぜんぜん回収しない鈍感男は、縛り上げて鎖骨ぺろぺろの刑に処すべきなのであります。……だけれども。


「そういうわけにもいかないのが辛いところなんだよねー……」


 ため息をついて、ぐでーっと寝そべる。


 たとえば『ぜんぶ聞こえてたよ』って教えたら、奏太は真っ赤になって狼狽えるだろう。

 でも誤魔化したりとかはしないし、きっと『本心だ』って断言してくれる。


 その後はきっとめくるめくイチャイチャ空気。

 もう、ぜったい超楽しい。


「……だけど」


 最後のところでハッピーエンドにはならない。

 奏太が踏み留まるから。

 どんなにイチャイチャムードになっても、最後には奏太は『でも恋人じゃない』って言う。


 ……なぜならあたしがそうすべきだって思ってるから。奏太じゃなく、あたし自身が。


「なーんでウチの幼馴染はあんなにヒーロー気質なんですかねー」


 フィギュアの連装砲ちゃんに話しかけながら、頭の砲塔をつんつんと(つつ)く。


 たとえばあたしが『一生部屋から出ないことがあたしの幸せなんだ』って心の底から思っていたら、奏太は『おう、じゃあ一生養ってやる』って事も無げに言うだろう。


 でもあたしは心の底で『今のままじゃダメだ』ってずっと思ってる。

 それが分かってるから、奏太は最後の最後であたしを恋人にしようとしない。


「本当は今すぐ付き合って、あたしにえっちなこと仕込みまくりたいくせにねー」


 砲塔をぴんっと指で弾く。

 枕に顔をうずめて、またため息。


 ……つまりあたしは受け止めなきゃいけない。


 奏太の本気の言葉を聞いてしまって、ざわざわしている自分の気持ちを。

 奏太の本気の言葉でまた一つ後押しされた、『今のままじゃダメだ』って思いを。


 なので冷却期間。

 イチャイチャしてる場合じゃないから、今日は奏太がいる間、ずっと布団を被って完全防御姿勢を取っておりました。


 それでも奏太の顔を見てるとほわわってなっちゃうから、首をブンブン振って気持ちを引き締め、またほわわってなっちゃって、ブンブン振っての繰り返し。


 奏太は『今期のアニメは何が推しなんだ?』とか『そういや伊織(いおり)は今日から修学旅行なんだぞ』とか話しかけてきたけど、その度に『シャラップ・ユー!』とアニメから学んだ流暢な英語で黙らせましたです。


 まあ、伊織の修学旅行は大事な情報だったけれども。

 隣の部屋から物音がしないと心配になるしね。


「それにしても伊織は今ごろ京都かー」


 ごろん、とベッドに仰向けになり、にはは、と笑う。


 ……迷子になってないといいけれども。京都で迷子になると大変だぞー。街が碁盤目状だから逃げづらいし、いつの間にか神社仏閣の人たちが現れて包囲されるし。


「ま、伊織は心配ないかな。奏太がハーレム作ってたあたしの時と違って、きっと(あおい)ちゃんとラブラブだもんね。ひょっとしたら修学旅行の勢いで将来の約束なんかしちゃったりして、そしたら葵ちゃんはあたしの……あ」


 がばっと勢いよくベッドから起き上がる。


「そうだーっ! 伊織とアレがアレしてアレになったら、葵ちゃってあたしの義妹(いもうと)になるじゃない! ……はっ!? もしかして最近奏太がしてた隠し事って……っ。そうか、あやつめ! なんて楽しいことを独り占めに! ぬわーっ、許すまじーっ!」


 唯花さん、怒髪てーん!

 枕をむきーっとコークスクリューで放り投げる。宙を舞った枕はきりもみ回転で落下。


 ユー、シャル、ダーイ!

 明日はこの枕のように奏太をべっこりさせてくれる。


 ……と、息巻いていると。


 唐突に。


 ギィ、と隣の部屋の扉が開く音がした。


「……え?」


 あたしはベッドの上で目を瞬く。

 おかしい。


 伊織は修学旅行中で、お父さんとお母さんの寝室は一階。

 しかももう結構な夜遅くだ。お母さんが掃除をしにきたとも思えない。


 自然とあたしは押し黙るように息をひそめる。

 すると声が聞こえてきた。電話で誰かと話しているような声。


「『……ごめん。いきなり電話して。どうしても葵ちゃんに謝りたくて。これが……最後だから』」


 伊織だ。

 あたしは唖然とする。


 京都にいってるはずの弟がなぜか――隣の部屋に帰ってきてしまっていた。

 それも……ひどく沈んだ声で。


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