第68話 幼馴染たちの告白大戦争 伊織side1
僕は今、すごく混乱している。
昨日と今日、葵ちゃんには恋人のフリをしてもらうために部屋に来てもらっている。奏太兄ちゃんとお姉ちゃんをくっつけるためだ。
昨日、僕は演技で告白をした。事前の作戦では今日、葵ちゃんに演技のOKをしてもらって、恋人のフリを始める予定だった。
でも部屋に入る直前、僕は葵ちゃんの独り言を聞いてしまった。
確認……なんておこがましいことをしていいのかは分からない。でもこのまま演技を始めるわけには絶対いかない。
だから一旦、すべて止めようとしたのだけど、それを拒むように葵ちゃんは言った。「ま、待たないよっ。お返事をするったら、します!」と宣言して。
胸の前できゅっと手を合わせて。
顔を真っ赤にして葵ちゃんは言う。
「わ、わたし……お、お付き合います! 伊織くんのこと……ずっと好きだったから!」
僕は「……っ」と息をのんだ。
甘い弾丸で胸を撃ち抜かれたような気がした。
鼓動が激しくなる。心臓が早鐘を打って、胸から飛び出しそうだった。
「あ、葵ちゃん、もしかして今のって本当の……」
「……えっ!? あ、やだっ、わたし……っ」
はっとした顔で葵ちゃんは自分の口を押える。
告白の返事の言葉は2人であらかじめ決めていた。そうしないと、お互い恥ずかしくなってしまうから。
決めていたのは『昨日の伊織くんの告白、嬉しかった。これからよろしくお願いします』という簡単なもの。演技であっても『好き』なんて特別な言葉を葵ちゃんに言われせるわけにはいかない。そう話し合っていたのに、今、葵ちゃんははっきりと……。
「ずっと好きだったって……ほ、本当に?」
「(ち、違うよ! え、演技だよっ。今のは奏太兄ちゃんさんとお姉さんに聞いてもらうためのウソの返事だから……っ)」
葵ちゃんは小声になり、必死に否定してくる。
でもその頬は紅葉のように赤くて、目元は今にも泣きそうになっていた。
……こ、この顔がウソだなんて……思えないよ。
僕の胸は今もすごい速さでドキドキしてる。思い出すのは昔、奏太兄ちゃんに言われた言葉。
――いいか、伊織。本気の想いには本気で応えろ。それが男だ。
大きく深呼吸して、ゆっくりと両手を握り締める。……うん、分かってるよ。奏太兄ちゃん。僕だって……男の子だから。
「葵ちゃん」
決意を固めて、名前を呼ぶ。
葵ちゃんは小動物みたいにビクッと震えた。今にも泣きそうな瞳が恐る恐る見つめてくる。
その表情を見ていると、髪を撫でて落ち着かせてあげるのが正解なのかもしれないとも思う。でも今だけは出来ない。今この瞬間じゃないと、本当の本気を伝えることはできないかもしれないから。
もう一度、深呼吸をして、僕は口を開いた。
まず話すのは今日までのこと。
「僕ね……子供の頃、奏太兄ちゃんのお嫁さんになりたかったんだ」
「…………し、知ってるよ。伊織くんからその相談をされて、わたしはこっちの道に目覚めたんだもん」
「うん、ありがとう。あの時は話を聞いてくれて」
小学生の時、僕は奏太兄ちゃんに『お嫁さんになりたい』ってお願いした。でも結果は押して知るべし。男らしく『すまん、俺、幸せにしたい女がいるからそれはできん』って1秒でフラれた。
もちろん、あの時の僕の気持ちは憧れを混同してしまったもので、本気で奏太兄ちゃんに恋してたわけじゃない。お母さんとか、いまだにあの時のことを本気にしてて、本当どうかと思う。
でも当時の僕はすごく残念に思って、いつもの手芸屋さんで葵ちゃんに話を聞いてもらった。
その頃から奏太兄ちゃんの『幸せにしたい女の子』が誰なのかは薄々……というか完璧に分かっていて、葵ちゃんと2人で出した結論は『お姉ちゃんみたいになれば、奏太兄ちゃんを振り向かせられるかも』だった。
そうして僕は家でちょくちょく女の子の格好をするようになった。
最初は手先の器用な葵ちゃんが僕のために服を作ってくれた。そのうち自分でも作れるようになって、奏太兄ちゃんへの気持ちがただの憧れだって分かった今でも趣味の一つになっている。
「思えば、僕の趣味は葵ちゃんが作ってくれたんだよね」
「わたしの趣味も……伊織くんが作ってくれたんだよ」
昔を思い返すように、葵ちゃんは目を伏せる。
「女の子みたいにきれいな顔で、優しくて可愛くて……そんな伊織くんが幼馴染のお兄さんのお嫁さんになりたいだなんて、小学生の女子には刺激が強すぎるよ。『そんな世界があったの!?』って一発で覚醒しちゃった……感謝してます」
「いえ、こちらこそです」
小学校から中学校まで、僕と葵ちゃんはずっと別のクラスだ。
だから学校で話す機会はほとんどなくて、僕が手芸屋さんにいった時だけ深い話をしている――遠くて近い、不思議な関係だった。
ずっと如月くん、星川さん呼びだったのもそれが理由。でも……。
「……正直に言います。僕、今すごくドキドキしてます」
「え……っ」
「葵ちゃんは僕の人生の一部を作ってくれた人だよ。今まではその感謝の気持ちがすごく強かったんだ。でもこうして葵ちゃんから……告白、かもって思える言葉を聞いて、胸の鼓動が止まらないんだ。だから……」
「ま、待って!」
すごく慌てた様子で、葵ちゃんは後退さる。
「そ、そんなこといきなり言われても……こ、困るよっ。だって伊織くんは学校のみんなの憧れみたいな人で、わたしは地味で目立たなくて……伊織くんがウチの店に来た時だけ仲良くできる……そんな関係を宝物みたいに思ってたの。それ以上のことを望むなんて、怖くてできない……っ」
「怖くなんてないよ。僕にもまだどうしていいか分からないけど、でも……っ」
「怖いよっ。関係が変わってしまうのは怖い。お願い、分かって。さっきのわたしの言葉はただの演技だから……っ」
「演技なんかじゃなかった。それぐらい僕にも分かるっ」
「分かってないよっ。伊織くん、ぜんぜん分かってない」
葵ちゃんは自分の体をかき抱く。
「よく聞いてっ。わたしの本音は――」
必死な様子で。
葵ちゃんは口を開く。そして。
「『今すぐあたしに告白しなさ――いっ!』」
今までの葵ちゃんからは聞いたことがないくらいの大声だった。
稲妻に打たれたような衝撃だった。
僕は自分の愚かさに眩暈がしてたたらを踏む。
「あ、葵ちゃん……っ。そこまで僕のことを……!」
「えええっ!? ちょ、伊織くん、なんでびっくりしてるの!? ち、違っ! 今のわたしじゃないよ!? わたしじゃないから! お隣っ、お隣からの声だよ!」
葵ちゃんはすごく恥ずかしがっている。
きっと自分で思っていた以上の声量になってしまって照れているんだろう。
これは……いよいよ僕も気合いを入れないといけない。本気には本気で、だ。
「葵ちゃん、僕も今の正直な気持ちを言うよ」
「あっ、ちょ、待って! 伊織くん、待って! これ、なんかおかしなことになってるから……!」
「自分自身、こうして胸に湧いてきた強い気持ちに戸惑ってはいるんだ。でもその戸惑いも含めて、ちゃんと伝えることが誠意だと思う」
両手をぎゅっと握り締めて。
「これが僕の気持ちです。葵ちゃん、あのね――」
僕は勇気を振り絞って口を開く。
そして。
「『今すぐ全裸になって、子猫のポーズでおもらししろ――ッ!』」
びっくりするぐらいの大声が響いた。
その瞬間、葵ちゃんは稲妻に打たれたように震え上がった。
「い、伊織くん……? わたしに、お、おも……え? え?」
「――っ!? 違うよ!? 違う違う違う! 今の僕じゃないよ!? 隣っ、隣! 隣からの声だから!」
「……ごめんなさい。いくらなんでも、おも……はちょっと。わたし今、伊織くんのこと、少し人間として見損なってしまったかも……」
「わーっ、言い訳だと思われてるーっ! 違うよ!? 今のは奏太兄ちゃんの声! おもらしは奏太兄ちゃん特有の性癖だからっ。僕は無関係だからーっ!」
慌てすぎて思考がまとまらない。
僕も一瞬勘違いしちゃったけど、さっきの『告白しなさい』はたぶんお姉ちゃんの声だ。だからってその後の奏太兄ちゃんの『おもらししろ』は常識的にワケが分からない。
こっちも大変だけど、そっちはそっちで何が起きてるのさ、奏太兄ちゃん!?




