第63話 緊急開催! 幼馴染会議!【残り7分】
「だから壁ドンは壁ドンでもそっちの壁ドンじゃないのー」
ベッドで足をぱたぱたさせながら唯花は言った。
現在、幼馴染会議を発動中。伊織と葵ちゃんに間違いを冒させないための対処法を話し合っており、唯花が壁ドンが効果的というので実践してみたのだが、どうやら壁ドン違いだったらしい。
「カップルが部屋の向こうでイチャイチャしてる時に『いかんぜよ!』って壁を叩くのがあたしの言った壁ドンだよ」
「なぜ維新の立役者口調なのかは謎だが、確かに効果ありそうだな」
「でしょー? 伊織が壬生狼のごとくオオカミさんになっちゃったら、その瞬間に奏太がこっちの部屋から『いかんぜよ!』してあげるの。それで万事解決、オールオッケー、日本の夜明けは近いぞ少年!」
「え、ちょい待ち。『いかんぜよ!』するのは俺なのか?」
「え? 当たり前じゃん」
ベッドから起き上がり、きょとんとした顔で言う。
「理由はどうあれ、壁を叩くなんて乱暴なことしたら、伊織きっと泣いちゃうよ? カワイイ伊織にそんなひどいこと、あたししたくないもん」
「俺だってしたくねえよ!? なにさらっと汚れ役押しつけようとしてんのかね、この子は!?」
「革命に犠牲は付きものじゃけん。以蔵、犠牲になってくれぃ」
「坂本さんはそんなこと言わねえよ!? あと俺、幕末だったら新選組派だから!」
「今宵の伊織は血に飢えておるわ……」
「飢えてねえよ!? むしろ飢えてないことを望む立場だろ、俺たちは! あと血に飢えるとか言うと、なんか、なんか……変なエロギャグに聞こえるから、やめておけ!」
「え? 別にえっちな意味でなんて言ってないんだけど? どういうこと?」
「ぐわぁぁぁ! 維新側から卑劣な罠に掛けられた! 助けて土方さーん!」
俺は頭を抱えて床に突っ伏す。
そのままぐったりと座り込んだ。
「と、とにかく……壁ドン戦法は却下な、却下。伊織を泣かせるなんてありえんし」
「むう、致し方なし。伊織の笑顔を守ることについてはお姉ちゃん、全面的に同意する」
「よし、じゃあちょっと考え方を変えてみるか」
「というと?」
思案しながら俺は腕を組む。
「確かに伊織を止めるっていうのも一手ではあるが、働きかける相手としてはもう一人いるだろ?」
「ふむふむ」
「たとえば、だ。伊織を上手くコントロールできるような方法があれば、それをあらかじめ葵ちゃんに――」
と言ったところで、唐突に唯花が「ふぁっ!?」と噴き出した。なんだ? と目を点にする俺をよそにお腹を抱えて笑いだす。
「あはははっ、奏太っ! 奏太っ、ずるい! 今の不意打ちはない! お、お腹痛い!」
「え、いや……なんだ? どうした?」
「どうしたって! だって今、奏太――葵ちゃんって!」
「あ……っ!?」
ようやく自分の失言に気づき、思いきり顔が引きつった。
唯花はなおもベッドで笑い転げる。
「ちゃん付け! 奏太が女の子にちゃん付け! 似合わぬことアルプス山のごとし! あはははっ、うひーっ、お腹壊れちゃう!」
「し、仕方ないだろっ。だって……っ」
「いや、分かる、分かるよ! フルネーム呼びはなんか冷たいし、かといって呼び捨ても馴れ馴れしいし、悩んだ末に葵ちゃんってことになったんでしょ?」
「分かってるならスルーしてくれ、スルー!」
「ムリムリムリっ。面白さと同時になんか絶妙な可愛さもあってスルーしておけない」
「なんだ、可愛さって。ワケ分からん!」
「えっと、だからさー」
ようやく笑いが一段落したのか、唯花は目元に浮かんだ涙を拭う。
「なんか年下の女の子をどう扱っていいか分からない、ミスター童貞さんの悲哀が出てる感じ。たいへん可愛いです」
「ど……っ」
カチーン、ときた。
い、いやまあそうですよ? こちとら女性経験などございませんよ?
でも、だが、しかし。そう――でも、だが、しかし、だ。
脳内のゲージが臨界点を振り切り、俺はわなわなと下を向く。
ベッドの上から唯花が覗き込んできた。なーんも分かっていない、のほほん顔で。
「およ? 奏太ー? どったの?」
「お前が……」
「うみゅ?」
「お前が言いますか、こんちくしょおおおおおおおっ!」
「ほへっ!? なになになに!? きゃーっ!?」
俺はがばーっと顔を上げ、唯花へ愛と怒りと哀しみのアイアンクロー。
輝き叫ぶスーパーモードである。
「何を他人事みたいに可愛いとか抜かしてくれちゃってんですかね、このヤロー! 言っとくけど、俺が童貞さんなのは100対0でお前のせいだかんな!?」
「100対0!? なんであたし、いつの間にかそんなコールドゲームの責任を負ってるのーっ!? ってツッコみそうになったけど……あ、やっぱやめよ? この話題、非常にセンシティブな案件になってくると思うので、やっぱやめよ? 今なら唯花ちゃん、媚び媚びの笑顔で謝っちゃう。ごめんなちゃい♪」
「や、め、る、かーっ!」
「ああ、やっぱりーっ」
アイアンクローの指先をぐにぐにぐにーっと動かす。
顔に張り付くエイリアンのような動きが苦手な唯花は「いやーっ、怖い怖い怖い!」と騒ぐ。だが無論のこと指は止めない。慈悲はないのだ。
「マジこの際だから言っとくけど、唯花が引きこもりじゃなかったら俺は秒で卒業してるからな!?」
「秒で!? いや、せめて三日は掛けてほしいんですけれども! 具体的には2人きりで旅行にいって、一日目はお互い意識し過ぎて何もできず、二日目は奏太が緊張とプレッシャーで残念なことになっちゃって、あたしが優しく慰めてあげるの。それで三日目にしてようやく――」
「やっかましゃーっ!」
「やっかましゃーってなに!?」
「『やっかましい』の俺連用形だよ! 三日なんて待てるかーっ! こっちは少なくとも一年半はガチのお預け喰らってるんですよ!?」
「奏太っ、発言がギリギリ! ギリギリだから気をつけて!」
「やっかましゃーっ!」
「また連用形っ!?」
「とくと覚えておけよ、可愛いワガママお姫様! 無事に引きこもりを脱した暁には、そりゃあもう毎日毎日、来る日も来る日も、脱がして触って濡らして鳴かせまくってやるからな!? その上、コスプレさせたり! 縛ったり! おもらしさせたりするからなーっ!?」
「待って!? これは本気で待って!? 縛るだけでも驚愕なのに、おもらしってなに!? おもらしってなに!? おもらしってなにーっ!? 思わず三回言ってしまいました! あたし一体なにされちゃうのーっ!?」
唯花の戦慄した声が木霊する。
会議は踊り、議論はマジで一向に進まない。
【葵を連れた伊織の帰宅まで――残り7分】




