第62話 緊急開催! 幼馴染会議!【残り18分】
状況を説明しよう。
現在、俺と唯花は幼馴染会議を発動中である。
議題は伊織の告白問題について。
目下のところ、最優先なのは『告白成功後、早速何かがどうにかなって、隣の部屋から変な声が聞こえてきそうになった時』の対処法である。
正座で唯花と顔を突き合わせ、俺は重々しく口を開く。
「如月氏、やはりここはスタンダードにスマホへメッセージなどを送るのが肝要でしょうか。『近所迷惑になるよ』的な大人の言い回しで釘を刺すとか」
「三上氏、残念ながらその発想は浅慮と言わざるを得ません」
「なんと! その心は?」
「考えても見て下さい。――もしも伊織がルパンダイブ中だったとしたら?」
「は……っ!? なるほど! 空中ではスマホを開けない!」
「左様にござる」
「し、しかしながら!」
俺は前のめりになって、異論を唱える。
「伊織のスマホはアプリを起動せずともメッセージが表示されるタイプ。なれば、『近所迷惑』のワンワードで伝わるのではないでしょうか!?」
「なるほど、先日の三上氏の『大和撫子』の暗号形式ですな。――浅慮!」
どっからともなく取り出した扇子をビシッと突きつけられた。
中学の林間学校の時に買ってきた日光お猿軍団の扇子だ。
「わたくしの経験上、ルパンダイブ中の男性は女の子の目か髪か唇かおっぱいしか見ておりませぬ! スマホの画面など意識の外の外の外! メッセージなど見るわけがないのです!」
「なんと――っ!」
あまりの衝撃に俺は心のなかで稲妻に打たれた。
がっくりとその場に突っ伏す。
「お、恐ろしいほどの説得力……っ。もはや異議の唱えようもありませぬ……っ」
「そうでしょう、そうでしょう。恥ずかしながらわたくし、ルパンダイブされた経験は豊富ですので。ついでにダイブ中の男性がどんな顔してるかとかも事細かに説明できますが?」
「……そ、それはご容赦頂きたい」
「よきかな。武士の情けでこれ以上の言及は控えて差し上げましょう」
バサッと扇子を開き、口元を隠す如月氏。
扇子には日光の『言わ猿』がどでかく描いてあった。
「三上氏、次なる案はございますか?」
「体に稲妻を受けてしまってな……すぐには思いつきそうにありませぬ」
「んでは、一人称を『わたくし』から『あたし』に戻して、唯花ちゃんの名案を教えてあげよう」
「お、如月氏からノーマル唯花にフォームチェンジか。んで、名案って?」
如月氏改め唯花は立ち上がると、部屋のなかを歩き出す。
「奏太、いい? 古来より我々人類にはイチャつくカップルへの対抗策として、ある秘奥義が伝承されているの」
「秘奥義?」
「そうよ。その名も――」
足を止め、颯爽と黒髪を翻して、告げる。
「――壁ドン。悪しきリア充たちの目を覚まさせる、天誅の一撃」
唯花は打撃個所を示すように伊織の部屋への壁に触れた。
眉をひそめ、俺も立ち上がる。
「天誅の一撃? でもさ……」
「皆まで言わなくていいのよ、奏太。確かにこの戦法には大きな哀しみが伴う。けれども」
「壁ドンってこれだろ? ――よっと!」
「はうあ――っ!?」
ドンっ! と音が響いた。
俺が唯花の顔の横に手を突いたからだ。
もちろん加減はしている。以前に唯花が加減知らずの壁ドンをして、伊織の部屋の本棚を壊滅させたからな。同じ轍は踏まん。
「壁ドンってこれだろ? リア充の目がこんなんで覚めるとは思えないんだが……ん? おい、聞いているか? 唯花?」
「~~~~っ」
なぜか顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。
生まれたての小鹿のようにぷるぷるしている。
「どした? おーい、唯花ー?」
「……あた……あたあた……」
「あた?」
「あたしに壁ドンしてどーするのよぅーっ!」
むきゃーっという勢いで怒られた。
俺換算で恐縮だが、なぜかいつもの五割増しくらいのお怒りである。圧倒的な回転速度で胸をぽかぽかぽかーっと叩かれる。
「ばかばかばかばかーっ。なんかいつもの五割増しくらいでトキめいちゃったじゃないのーっ! ヤバいヤバい、今のはヤバいーっ。む~~っ!」
「よ、よく分からんが悪かった悪かった。もうしないって」
「もうしないでとは言ってなーい!」
「ではどうしろと仰るのか!?」
ぽかぽかがぴたっと止まった。
唯花はこちらを「む~~っ」と睨み、しかしすぐに勢いを失くして俯く。しばらくして控えめに人差し指を立てた。
さっきよりも顔を赤くし、視線を逸らしながらつぶやく。
「も、もっかいやってほしい……かも」
……ふむ?
よく分からんが、リクエストされたので、とりあえずもう一回やった。
すると唯花はベッドの方へダイブし、「きゃー! きゃー!」と足をばたつかせ、なぜかご機嫌が直った。
……うん、やっぱこれでリア充の目は覚めんだろう。覚めないよな?
【葵を連れた伊織の帰宅まで――残り18分】




