第61話 緊急開催! 幼馴染会議!【残り29分】
伊織の電撃的な告白から一夜明けた。
今日の俺は朝から血走った目で駆けずり回った。
まずは登校前にバイト先に向かい、オネエの店長を拝み倒して店のスクーターを貸してもらった。
学校では頭のお堅い生徒会長を殴り合いの決闘で説得し、スクーターを生徒会室に隠させてもらった。
帰り際、生活指導の先生にスクーターが見つかったので、地面に額を叩きつけて土下座し、ドン引きされながらも見逃してもらった。
そして爆走。
途中、パトカーに捕まりかけたが、ウチの学級委員長が財閥の跡取りなので、電話一本で即解決。むしろパトカーに先導してもらい、俺は伊織が帰ってくる時間よりもだいぶ早く、唯花の部屋に辿り着いた。
今、俺たちは深刻な表情で向かい合っている。
まわりには多種多様なフィギュアたちが傍聴人役で並び、緊張感に拍車を掛けていた。
パジャマ姿の唯花が表情を引き締める。
「さて、三上氏、今日の議題はお分かりですね?」
「無論です、如月氏。俺は今日、いかなる犠牲も厭わず、この会議に馳せ参じました」
「その意気や良し。首筋に明らかに男の人っぽいキスマークがついてたり、頬っぺたがちょっと腫れてたり、おでこに泥がついてたりするけど、今日は追及しないでおきましょう。そう、この私が奏太のキスマークを『うーん、まあ、男の人だからいっか』とスルーしてしまうほど、事態は切迫しているのです」
「理解しております。早速、会議を。あ、でもその前にちょっと顔拭いてもいいか?」
「許します。はい、ウェットティッシュ。拭いたげよっか?」
「いや自分でやる。見つめ合って変な空気になったら会議の時間がなくなりかねん」
「うみゅ、賢明な判断である」
俺はウェットティッシュで顔を拭き、さっぱりしたところで居住まいを正した。
改めて向かい合い、まずは唯花、次に俺という順番で高らかに宣言する。
「緊急開催! 幼馴染会議ーっ!」
「議題『伊織が女子に告白しちゃったぞ!? どうすんだこれ!? どうすんだこれ!? どうなるんだこれーっ!?』の巻!」
そうして一旦声に出してしまうと、もう駄目だった。
いても立ってもいられず、俺たちは跳ねるように立ち上がる。
「まさか弟の告白を生で聞いちゃう日が来るなんて! お姉ちゃん、嬉しい! でも怖い! この先、どうなっちゃうの!? 葵ちゃんはなんてお返事するの!? もう気になって昨夜は眠れなかったよ! だから今日は朝と昼間しか眠れてないよーっ!」
「くそう、まさか弟分の告白を生で聞く日がくるなんて! 子供の頃はキラッキラの笑顔で『大きくなったら僕、奏太兄ちゃんのお嫁さんになるーっ』ってあんなに懐いてくれてたのに! あ、初恋が俺ってこれのことか? それはとにかく可愛い弟分が巣立っていくみたいで淋しい! 淋しさで死ぬーっ!」
頭を抱えて悶絶。
だが不眠だの淋しさだのよりももっと恐ろしいことがある。
幼馴染同士、気持ちは一緒だ。見つめ合い、俺たちは心情をさらけ出す。
「奏太、意外過ぎてショックを与えてしまうかもしれないけど、実はあたし……彼氏いない歴イコール年齢なの」
「奇遇だな、唯花……。俺も意外過ぎて幻滅させてしまうかもしれないが、実は俺も彼女いない歴イコール年齢なんだ」
と、いうことは!
「伊織が葵ちゃんと付き合ったら、姉の威厳がメルトダウンしちゃうーっ!」
「伊織が彼女持ちになったら、兄貴分の威厳が熱学的死を迎えてしまうーっ!」
あまりの哀しみから俺たちはひしっと抱き締め合った。
お互いを支え合うように隙間なく密着する。
唯花は俺の首筋に頬をすり寄せ、さめざめと泣いた。
俺は唯花の黒髪に顔をうずめ、滂沱の涙を流す。
俺の胸板で柔らかくひしゃげいているFカップの感触も、力を込めたら折れてしまいそうな腰の細さも、今だけはエロい気持ちを呼びこさない。
なぜなら圧倒的な絶望が魂を蹂躙しているから。
ちくしょう、伊織に置いていかれたくない。『奏太兄ちゃんのことは大好きだけど……ごめんね、彼女持ちになったのは僕の方が先で。本当に……ごめんなさい』とか穢れのない瞳で思われたくない! 絶対思われたくないぞぉぉぉぉぉぉぉ!
ああっ、彼女がほしい! 今、ものすごく邪な気持ちで、俺はかつてないほど彼女がほしいィィィィィィ!
ふふふ、と唯花が今にも壊れそうな笑顔で囁く。
「ねえ、奏太。恋人ってどうすればできるのかな? コンビニで買える?」
「あそこは食料品から雑誌や文房具、果てはイベントチケットや課金カードまでなんでも売ってるからな。ひょっとしたら……恋人も売ってくれるかもしれないな。でも唯花」
つん、とおでこを突く。
「お前引きこもりだから、コンビニに売ってても買いにいけないぞ?」
「あー、本当だぁ。唯花ちゃん、ついうっかり」
「こーのうっかりさんめ。あははは」
「反省反省、うふふふ」
切れ味のない引きこもりジョークで虚しく笑い合う。
そうしながらも俺たちは気づいていた。気づいた上で互いに目を逸らし合っていた。
分かっている。本当は分かっているんだ。
恋人いない歴すらも越える、さらなる恐怖がもう一つあることを。
「なあ、唯花……」
俺は勇気を振り絞って口火を切る。
幼馴染会議の真の議題はここだから。
「伊織が告白した後、あの子がなんて言ったか、覚えているか?」
「……もちろんだよ。忘れるわけない」
伊織が『突然だけど……僕と付き合って下さい!』と言った後、葵ちゃんは即座にこう答えた。
――明日、また伊織くんの部屋に来ていい? お返事は……その時にします。
思い出しただけで、俺の体はガタガタと震えだした。
極寒のシベリアに放り出されたような気持ちで口を開く。
「如月氏、女性目線で教えて下さい。男性から告白され、次の日にわざわざその男性の部屋で2人っきりになってお返事するって、これはどういう心境なのでしょうか?」
「お答えしましょう」
顔面を蒼白にし、ハイライトの消えた目で如月氏は解答なさった。
「抱かれる気満々です」
「やっぱりかぁーっ!」
「決まってるよーっ! 大好きな男の子と密室で2人っきりって、それもう『お召し上がり下さい』の合図だもん!」
「俺もそう思うーっ! 暗黙の了解でルパンダイブが許されてるように思うーっ!」
「ぜったい、葵ちゃんは今日、可愛い下着を用意してくるはず! 黒、と思いきやピンク! あるいは思いきってブラジャーつけなかったり! ノーブラの時は相当ガードが緩い合図です! 世間一般的にね!」
「うわぁぁぁ、怖い! 世間一般の貞操観念の低下が怖いィィィィ!」
俺たちは苦悶の表情で悶え苦しむ。
恋人いない歴で伊織に追い越されること以上の、さらなる恐怖。
それは――。
「「隣の部屋から変な声が聞こえてきたらどうしようぉぉぉぉぉっ!」」
身内として大変真っ当かつ、常識的な心配であった。
俺たちは再び着座し、真剣な顔で向かい合う。
「対策っ、とにかく対策を考えるんだ! 伊織たちが付き合うのはもうしょうがないとしても、しかし!」
「人生の先輩として、間違った方向にいくのは止めてあげなきゃね! 2人はまだ中学生だし、あたしだって――この歳でおばさんにはなりたくないし!」
よしっ、と頷き合い、俺たちは会議を進行する。
【葵を連れた伊織の帰宅まで――残り29分】




