第45話 唯花の様子がなんか変①
さて、昨日は本当に色々あった。
ただ結論としては良い耳かきができた、というところだろうか。丁寧に丁寧に耳をかいて唯花をふにゃっふにゃにし、耳かきがいかに素晴らしいかを伝えることができた。余は大変に満足である。
ちなみに今朝は菓子折りを持って中学校にいってきた。伊織がまかり間違って『中学生で赤ちゃんを育てるにはどうしたらいいですか?』と教師に質問してしまい、緊急職員会議が開かれてしまったからだ。
しかし俺の出身中学でもあるので、ちゃんと説明して謝ったら、どうにか許してもらえた。
以前に俺の担任もしてくれていた20代のサバサバ系女教師曰く、『まあ、如月はそんな間違いをする子じゃないって、実際みんなわかってたよ』とのこと。
やっぱり伊織はどこでもちゃんと信頼されてるな。兄貴分として鼻が高いぜ。
しかし一方、先生は俺に対してはなぜかガシッと肩を掴んで説教してきた。
『で、三上。お前は大丈夫だよな? 如月姉に手を出してないよな? 赤ちゃんできちゃうようなことしてないよな!? せめてお前が卒業するまでは清い関係を保てよ絶対に!』
『職員室でなに叫んでんだよ、先生!? わかってるよ。ちゃんとただの幼馴染って関係を貫いてるって。信じてくれよ』
『爽やかに言うが、先生、何一つ信じられん』
『ひどくない!? それが元教え子に対する言葉か!?』
『三上、子供に嘘を言っても通用しないんだよ。本気の言葉をぶつける覚悟があるから教師は聖職と呼ばれるんだ』
『いい話風に言ってるけど、本気の刃で俺、ザクザク傷ついてるからな!?』
先生は唯花が引きこもりなことも知っている。それで心配してくれてるんだろうが、だとしても伊織とのこの信頼の差はなんなんだ。マジでなんなんだ。
『……頼むよ、先生。如月弟であるところの伊織も隣にいるんだからさ。妙な話しないでくれよ』
『あ、奏太兄ちゃん、大丈夫。僕、そういうの2000年前に通過してるから』
『どうした!? なんで突然、例えがマッハ突き!?』
『毎日、功夫を詰んでるって意味だよ』
よく分からないが、何か悟りを開いたような伊織のアルカイック・スマイルは大変印象的だった。
……以上、回想終了。
微妙に納得できないそんなこんながありつつも、放課後になり、今日も今日とて俺は唯花の部屋の前にいる。
昨日から今朝にかけては色々あったが、こっからは平常運転だ。いつも通り、幼馴染の部屋でダラダラ過ごそうと思い、扉をノック。
「唯花、来たぞー」
「……あ、奏太。うん、いらっしゃい」
今日の唯花は普通のパジャマ姿だった。髪も三つ編みではなく、いつものストレート。昨日の幼妻姿がツボだったのでちょっと残念だが、唯花が可愛いことに変わりはない。
俺はいつも通りガラステーブルの前に座り、学校の課題を取り出した。
すると唯花はゲームをしていたノートパソコンを閉じ、ツツツ……とそばに寄ってきた。
そして俺の左半身にぴたっとくっつく。
「……んん?」
唯花はそのまま動かない。ただくっついて大人しくしている。
なんだこれ? 新しい遊びか何かか?
「えーと、唯花さんや?」
「なんでしょう? 奏太さんや」
「いや、なんでしょうって言うか……お前がなんでしょう?」
こちらの疑問に対し、唯花は俺の肩に頬を寄せて、見上げてくる。
そして小声でこそっと。
「甘えんぼタイム、実施中」
……なるほど、分からん。
いや唯花が甘えてくるのはいつものことだが、なんか雰囲気が違う気がする。
「えーと、俺、課題をやってるんだが……」
「うん、だから左側にくっついてるの。奏太、右利きだからこれなら邪魔にならないでしょ」
「一応、気は遣ってくれてるわけか」
「そうだよ。えらい?」
「あー、えらい……かも?」
「じゃあ、褒めて褒めてー」
おねだりするように頬をすりすりしてくる。
おいおい、小動物みたいで可愛いな……。まったく状況は分からんが、とりあえず髪を撫でてやる。
「よしよし」
「えへへー」
満足そうである。にへらと表情を崩し、見ているだけで大変癒される。
それはいいのだが、ちょっと気になっていることがあった。
「あー、唯花、そのなんだ……当たりそうだぞ?」
「ん、何がぁ?」
「や、何がって……胸が」
唯花は俺の左半身にくっついている。一番密着しているのは唯花の腕だが、肩に頬をすり寄せてきているので、大きく実っているFカップの側面が俺の胸に触れそうになっていた。
俺の紳士な指摘を受けて、唯花は「…………」と押し黙る。
絶妙に気まずい沈黙である。いやいやいやなんでそんな黙ってるんだ? 普段なら『奏太のえっち』とか言ってジト目を向けてくるところだろ。
ワケが分からないこともあり、俺はひたすら混乱する。
すると唐突に唯花が体を近づけてきて――、
ぽよんっ、
――と胸がぶつかった。
「……っ!?」
それはとんでない柔らかさだった。こんなに柔らかいものに俺は生まれてこの方、触れたことがない。そうつまり……ブラジャーが装着されていない。限りなくストレートな柔らかさだった。
以前に甘やかされて顔から触れてしまったことはあったが、あの時はエロい気持ちが消失していた。素の状態でここまで唯花の胸の感触を感じたのはたぶん初めてだ。脳内が沸騰する。血圧も急上昇した。
そこへ唯花が言葉を発した。
イタズラめいた照れ笑いと共に。
「……えへ、当てちゃった」
おそらく今までの俺ならルパンダイブである。
だが恩師のありがたい言葉が脳内でスパークし、理性を急速に再起動させた。
湧き上がるのはエロい気持ちよりも危機感。さっきから何かおかしいと思っていたが、今確信した。俺の日常はすでにどこかで歯車がかみ合わなくなっている……!
「クロックアップ!」
「えっ、タキオン粒子による時間流移動っ!?」
俺は雨粒すら静止する世界をイメージして思いきりダイブした。唯花へではなく、逆方向の壁側にだ。
そうして美少女軍艦のポスターが張られた壁際へ瞬時に移動すると、胸中の動揺をそのまま口にする。
「ど、どうした!? 唯花、今日お前なんかおかしいぞ!?」
「え、だって……」
唯花は今さら恥ずかしくなったのか、自分の胸を両手で隠す。いやそんなことしても別に見えてるわけじゃないし、むしろ逆に意識してしまうんだが!
「……昨日あんなことまでしちゃったし、胸ぐらい当ててあげてもいいかなって」
「あんなことってどんなこと!?」
昨日したことなんて耳かきぐらいだろ!? それでなんでFカップ解禁なんてことになるんだ!?
やっぱりおかしい。唯花のどっか吹っ切れたような今の言動、これじゃあまるで……一線を越えたバカップルみたいじゃないか。
混乱と動揺が渦巻いていた。
そして俺はこの日、改めて――『幼馴染か恋人か』という巨大な選択を迫られる。




