第36話 幼馴染は幼妻①
伊織に紳士協定のなんたるかをとくと教えた後、俺は唯花の部屋の前にやってきた。
「さて……」
今日も今日とて、ここは警戒せねばなるまい。
手紙の内容はどうあれ、引きこもりの唯花が弟にコンタクトを取るなんてなかなかのことだ。
この扉を開けた先、どんな面倒事が待っているか分かったもんじゃない。
俺は覚悟を決めてノックする。
「唯花、来たぞー」
「あっ。う、うん……どうぞっ」
扉を開けつつ、まずはアーサー王を警戒。いつでも避けられるように重心を横にズラしながら部屋に入る。入室成功。次は謎の伝説的アサシンを警戒。いつ襲撃されてもいいように、火炎放射器も防げる廻し受けの心構えをしながら扉を閉める。
しかしそれらの警戒はあまり意味をなさなかった。
なぜなら唯花がパジャマ姿ではなかったから。
「お、おお……っ」
思わず感嘆の声が漏れてしまった。
今日は面倒な唯花の日ではなく、おもてなしの唯花の日だったようだ。
サラサラの黒髪がなんと三つ編みになっている。
上にはレディース物の白シャツを着て、肩にはカーディガンを羽織っていた。スカートは長めで、くるぶしぐらいまである。
一見地味な格好だが、そこは超絶美少女の如月唯花さん。
抑えた服装によって逆に生来の美人ぶりが際立っている。さらにはFカップの胸がシャツとカーディガンを押し上げていて、地味だからこそエロいという奇跡的なバランスを体現していた。
今日の唯花を一言で表すならば、そう……幼妻といったところだろうか。
可愛い。もう純粋に可愛い。なんかもう持って帰りたい。引きこもりだから無理だけど。
そんな俺の唯花ソムリエモードがひと段落したタイミングで、唯花はおずおずと口を開いた。
「えっと、ガン見タイムは終わった?」
「うむ、堪能させてもらった」
「何をどう堪能したのかは聞かないでおくけど……じゃあ、ご挨拶を」
ご挨拶……? と首を傾げる俺へ、唯花は言った。
指を前でちょこんと合わせて。
可愛らしく小首を傾げて。
三つ編みを小さく揺らしながら。
「今日もきてくれて嬉しいよ。いらっしゃい、えっと……奏太さん」
「さんっ!?」
ズキューンッと心臓が撃ち抜かれた。
この幼妻姿で『さん付け』は反則だ。ストレートに胸キュンしてしまう。
なんたってズキューンだぞ、ズキューン。俺がジョースター家のエレナお婆ちゃんだったら泥水で口をすすがなきゃいけなくなるほどのダメージだ。うん、何言ってるかは自分でもよく分からん!
「ど、どうしたんだ、いきなり……いや唯花がいきなりなのはいつものことだけどさ。メイドや巫女さんとはちょっと方向性が違うよな?」
「あ、うん。えっとね……」
恥ずかしそうにもじもじしながら、指先で三つ編みをいじる。
あー、その三つ編みをいじる感じもいいな、ちくしょう!
唯花はチラチラッとこっちを伺いながら言う。
「昨日の奏太との会話で、やっぱりあたしもちょっと思うところがあって……今日はこんな感じでおもてなしすることにしてみましたなのです」
「なのですか。けど、昨日の会話……?」
「うん……」
「で、幼妻?」
「おさな、づま……っ」
かぁーっと唯花の頬が赤くなっていく。
それどころか自分の頬っぺたを押さえ、しゃがみ込んでしまった。
「そ、そんなはっきり言わないでよっ。もう、奏太さんのばかっ」
「ぬう……っ」
いつもの軽口なのに『さん付け』されるだけでなぜかときめいてしまう!
いや待て落ち着け。罵られてときめくのは人としておかしいぞ。変な趣味に目覚めそうで怖い!
……しかし昨日の会話で唯花が幼妻コスプレするようなこと、なんかあったか?
分からん。一周回って鈍感主人公になったような気分だ。
「またムカつく顔してるぅ……」
む、しまった。
しゃがんだ唯花がジト目でこっちを見上げている。
俺が鈍感状態になるといじけるからな。どうにか誤魔化さねば。
「ごほん、唯花さんや」
「なんですか、奏太さんや」
「く……、婆さん口調なのにグッとくる。『さん付け』ヤバい。それはともかくリクエストしてもいいか? せっかくそういう格好してるから」
「リクエスト? ウェルカムだけど、何すればいいの?」
「例のアレを言ってほしいのである」
途端、「……あう」と恥ずかしそうにうめく唯花。
短いワードですぐ伝わる辺り、さすが幼馴染だ。
そして照れながらもやってくれる唯花さん最高。
立ち上がって、スカートのしわを伸ばすと、唯花はごほんと咳払い。
またもじもじと三つ編みをいじるナイスポーズをしながら、こちらをチラ見。
そして。
「おかえりなさい、……あなた」
ズキュキュキューンッ!
予想を遥かに上回る破壊力で撃ち抜かれた。『さん付け』よりもさらに危険な撃ち抜きワード、それは『あなた』だ。
唯花は三つ編みを揺らしながら、首を左に傾ける。
「ごはんにする?」
逆サイドの右に傾けて。
「お風呂にする?」
一瞬、恥ずかしそうに躊躇って。
「それとも……」
頬を真っ赤に染めながら、自分の唇に指を当てて。
上目遣いで甘えるように。
「……あ、た、し?」
と、囁いた。
俺は死んだ。理性が死んだ。
「……もちろん、お前だーっ!」
「きゃー!」
すいません、気づけば気持ちがルパンダイブしてました。