第25話 幼馴染のラブコメアタックact3(中編)
「――はい、あーん♪」
ツインテールの唯花に手作りクッキーを差し出され、俺は硬直した。
なんかもうこの状況だけで顔から火が出そうだ。
たとえば唯花から甘えてきて、俺が食べさせてやることはしょっちゅうある。
でもその逆はない。ひょっとしたら流れで一度や二度やったこともあるかもしれないが、こうして面と向かってやられると、恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
そして恐るべきは幼馴染の以心伝心。
俺の心情を正確に読みきって、唯花は「ほら早くー」と可愛らしく小首を傾げる。
さらにはガラステーブルに身を乗り出し、優しげににこっと笑った。
「今日は奏太が甘えていい日なんだゾ?」
「~~~~っ」
ゾってなんだ、ゾって!
なんでちょっとお姉さんっぽく言うんだよ!? 普段のダダ甘え唯花とのギャップでやられちゃうだろーが!
……くっ、我が軍の劣勢は深刻だ。どうにかして主導権を握らねばならぬ。何か手はないか!? 何か何か何か――、はっ!?
俺はツインテールに目を留めた。これだーっ!
「ていっ」
「わひゃ」
目の前で揺れているツインテールの左側を軽く引っ張った。
頭が左に傾き、唯花は目を白黒させる。
「わっ、わっ。ちょっとっ、なんで引っ張るの?」
「よっ、ほっ、それっ」
「ね、聞いてる? 何がしたいのよっ」
ぐいっと手を払われた。
しかしツインテールはその名の通り、二本ある。俺はすかさず今度は右側を引っ張った。
「ていっ」
「あう」
不意を突かれて唯花が目を丸くし、俺は噴き出した。
「ツインテールの唯花って珍しいだろ? だからちょっと触りたくなった」
「気に入ってくれたのは嬉しいけどぉ……」
「これ楽しいな。引っ張るだけで癒される。一家に一台はほしいぞ?」
「誰が便利な床お掃除ロボットよ。人の髪で遊ばないでよー」
「いやいやこの楽しさを知ったらやめられないって。ほら、よっ、そいっ」
「あっ、あっ。やー、もうやめてってば~」
「はは、ほらどうだ? ていっ、ていっ」
「もうっ。奏太のいじめっ子ー。あう、あう~」
唯花は摘まんでいたクッキーを自分で食べ、俺の両手をガードしようとする。
もちろんそうはさせじと、俺もフェイントを織り交ぜてツインテールを付け狙う。
ガラステーブルを挟んで、きゃきゃ言いながらじゃれ合った。
ふう、どうにか唯花の『あーん』を封じられたぜ。
……なんかバカップルっぽくなってる気がしなくもないが、そんなことないよな? 気のせいだよな? よーし、大丈夫だ。
しかし油断大敵、気を抜いた一瞬に唯花が再びクッキーを手に取った。
「このー、奏太がいじめっ子するなら、あたしも強硬手段に出るんだからねっ。えい!」
「むぐっ!?」
指ごとクッキーが口に飛び込んできた。舌に生々しい指の感触がきて、変な意味でぞくっとする。
「どう? 美味しい?」
「いやこんな食べ方で味わえるか! びっくりして気管に入るところだったぞ!?」
「だってー、奏太があたしのツインテールばっかり気に入って、あたしの作ったクッキー食べてくれないんだもん」
「食べるわ! せっかく唯花が作ってくれたクッキーなんだから、普通にしててくれたら大事に食べるわ!」
「じゃあ、召し上がれっ」
「その前に手出せ、手。指拭いてやるから」
俺は床にあったティッシュを一枚取る。
しかし唯花は極めて自然に断った。
「いらない。別に、こうするから」
「は? ――ちょ!?」
止める間もなく、唯花はぱくっと自分の指を口にくわえた。
俺は愕然とし、これは滅多にないことだが……自分の顔が赤面していくのを感じた。
そんな俺をからかうように、唯花は「はい、きれいになった」と指を離し、ふわっと笑った。
イタズラ好きな小悪魔のように言う。
「ふふ、奏太の味がする」
……メーデー、メーデー。我が軍は危機的な状況に陥っている。救援求む、お願いだ、誰か助けてくれ。
でもここ、引きこもりの部屋だから誰も来ないんだよなぁ……っ。
「んー? 奏太、なんで黙ってるの? まるで孤立無援な指揮官みたいな顔してるよ?」
「例えが的確過ぎて引くわ……っ。いや満を持してクッキー頂こうと思ってただけだよ。あー、美味い! 美味いなぁ!」
体をギギッと横に向けて、唯花から目を逸らし、クッキーをむさぼり食う。変な緊張で味がしない。でもちゃんと味わわないのも違うと思うので、全力で味に集中する。
……ん? これ、隠し味に俺の好きなシナモン入ってるぞ。あーちくしょうっ、唯花の細かい思いやりにキュンとする! やばい!
……で、その間も唯花は俺の様子をじーっと見つめている。
頬杖をつき、独り言のように小さく呟く。
「今日の奏太、なんかカワイイ」
「く……っ」
前言撤回、まったく独り言じゃない。完全に俺に聞こえるように言っている。
おのれ、今日はずっと防戦一方だな。一瞬流れが変わってもすぐにやり返されてしまう。これは何か別の切り口が必要だ。
こうなったら仕方ない。ご機嫌がナナメになるかもしれんが……。
俺は唯花の方をちらりと見る。
Fカップの胸がガラステーブルに乗り上げ、存在感が跳ね上がっていた。
オーバーオールのベルトがたわみ、その下のTシャツの胸元も緩んでいる。
クッキーを飲み込み、俺は苦肉の策を口にする。
「……唯花」
「なあに?」
「……ちょっと胸見えてるぞ。油断してると、写メ撮っちゃうからな?」
「あ……」
無防備な幼馴染はようやく自分の胸元に気づき、一瞬頬を赤らめた。
しかし……なぜか隠そうとしない。いつもなら即座に胸を押さえてジト目をしてくるところなのに。
むにっと寄っている谷間を晒したまま、唯花は視線を逸らす。
「……別にいいよ。撮ればいいじゃん。好きなだけオカズにしなよ」
「はい!?」
予想外の言葉に仰け反った。
そして……遅まきながら気づく。迂闊にも自分からとんでもない地雷原に踏み込んでしまったことに。
今まで唯花が性的なことに厳しかったのは、俺と恋人同士にはならないと決めていたからだ。
だが今の唯花は『奏太にあたしを好きになってもらうぞ大作戦』を展開中。
俺がエロいことを口走ったら、今の唯花は一体どうするつもりなのか。
呆れたことに、それについて俺はこの瞬間までまったく考えを巡らせていなかった。
一瞬にして、凄まじい緊張感が部屋を包んだ。
まるで水底に沈み込んだような沈黙。
先に口を開いたのは、唯花だった。
「……奏太はさ。クッキーだけじゃなくて、ひょっとして……」
おい、ばかやめろ。
それ以上、無茶するな。
今日の雰囲気でオッケー出されたら、俺だってもう止まれないぞ……っ。
こっちの心理状態なんて全部分かってるくせに、それでも唯花は言葉を続けた。
好意の溢れる真っ赤な顔で、期待と不安でぷるぷると肩を震わせて。
「ひょっとして……あたしのことも食べたいの?」




