After51☆三上家&如月家+aの完璧な赤ちゃんサポート体制(伊織視点)☆
えーと、ここまでのあらすじ。
ここは僕の家。隣にはお姉ちゃんがいる。
そして目の前では……お母さんが『赤ちゃん生まれちゃう』って言ってるーっ!
ど、どうしよう!? 予定日は来月って言ってたのに、もう生まれちゃうって、これどうすればいいの!?
大混乱の僕の隣では、お姉ちゃんも同じく大混乱している。
「は、はわ、はわわわっ!」
「あわ、あわ、あわわわっ!」
つられて僕も右往左往し始めてしまった。
そんな姉と弟の前で、お母さんは笑顔のまま青白い顔でカタカタしている。
「あ、あらぁ? なんか陣痛がすっごく痛くなってきたかも……いたたたたっ」
「はわわわっ!」
「あわわわっ!」
「いたたたっ!」
如月家、未曽有の大混乱。
今、世界で最も混乱の呪文が炸裂してるのが、たぶんこのリビングだ。
そしてギャグ漫画みたいにカタカタしたまま、お母さんがゆっくり横に倒れていく。
「あら~……?」
「えっ!?」
「ちょ!?」
ギャグ漫画みたいになってるとはいえ、そのお腹は大きく、なかには赤ちゃんがいる。椅子から転げ落ちたらシャレにならない。
お姉ちゃんも僕もさすがにぎょっとした。二人ともとっさに駆け寄ろうとしたけど、テーブルが邪魔になって動けない。そして――。
「「お母さ――っ!?」」
僕たちの声が響いた瞬間、突然、リビングのドアが開け放たれ、お父さんが最短距離で駆けつけた。
「――やれやれ。撫子、急に倒れたら危ないよ、って再三言っておいたろう?」
お父さんはすかさずお母さんの肩を抱き、ふわりと椅子へと座り直させた。
「あなたぁ……ごめんなさい、私ったらフラッと来ちゃった」
「いいよ。概ね想定内だ」
お母さんの体を支え、お父さんは肩をすくめてみせる。
一方、お姉ちゃんと僕はホッとし過ぎてその場に崩れ落ちた。
「よ、良かったぁ……。あたし、まだ心臓バクバクしてる」
「お父さん、すごいナイスタイミング……」
子供たちの安堵の声を聞き、お父さんが頼もしく笑いかける。
「二人の叫び声が書斎にまで響いてきたからね。撫子、生まれるのかい?」
「ええ、そうみたい。あとのこと、お願いできる?」
「分かった」
短くうなづくと、お父さんはスッと顔を上げる。
「まずは産婦人科に連絡だね。そっちは――朝ちゃん」
「もう連絡してます!」
キッチンの方から朝倉先生がスマホ片手にやってきた。
今日は土曜日。
お父さんは朝から書斎で仕事をしていて、朝倉先生もさっきウチに来て、身重のお母さんの代わりにキッチンでみんなのお昼ご飯を作ってくれていた。
「撫子先輩に何かあれば、如月姉と弟が大騒ぎするからすぐに分かる――事前の予想通りでしたね、誠司先輩」
え、そんな予想してたの?
あー、だからか……。
お姉ちゃんが『朝ちゃん、あたしもお料理手伝うよー』と言った時、朝倉先生は『お前は撫子先輩のそばにいなさい』と言っていた。
あれはお姉ちゃんを警報代わりにするためだったのかもしれない。
いやお姉ちゃんだけじゃなく、僕もかぁ……。
朝倉先生はスマホで病院に連絡しながら、勝手知ったるなんとやらでリビングの小物入れの引き出しを迷いなく開ける。
「はい、はい、陣痛が始まったようです。早産ですが一人目と二人目もそうだったので、間違いないかと。はい、すぐに連れていきます。よろしくお願いします」
通話を切りつつ、朝倉先生はテキパキと引き出しから何かを取り出していく。
「母子手帳と診察券。保険証はデジタルで撫子先輩のスマホに入れておいたから問題ない。誠司先輩、こっちの準備は出来ました。あとはタクシーか。――奏太!」
「――おう、もう呼んでる!」
ガラガラッと音が鳴り、奏太兄ちゃんが掃き出し窓を開けて庭から入ってきた。
奏太兄ちゃんは『んじゃ、昼飯できるまで庭の掃除でもしてるわ』と言って、さっきまで草むしりをしてくれていた。
すでに通話は終えてるようで、スマホをポケットに入れて、みんなに指でうながしてくる。
「4、5分で来てくれるって話だから、もう家の前に出てていいぞ。誠司さん、撫子さんの逆側は俺が支えるから任せてくれ」
「ああ、頼むよ」
お母さんの右側をお父さんが支え、左側を奏太兄ちゃんが支えて、立ち上がる。するとなんの示し合わせもしてないのに、朝倉先生が流れるようにリビングのドアを押さえた。
完璧な連携だった。
僕とお姉ちゃんは混乱することしか出来なかったのに、3人が来てくれた途端、事態がどんどん進んでいく。
たぶん同じことを思ったんだろう。
お姉ちゃんが目を丸くして声を上げる。
「奏太にお父さんに朝ちゃん……え、すごい。お母さんの出産、サポート体制が万全過ぎーっ!」
うん、本当そうだと思う。
奏太兄ちゃん。
お父さん。
朝倉先生。
この3人は人助けのエキスパートみたいな人たちだ。この3人がいてくれたらどんなことが起きても心配ない。
それに奏太兄ちゃんのお父さんとお母さん――つまり太一おじさんと奏絵おばさん。
実はこの2人も年がら年中、色んなところで人助けをしている、ヒーロー気質な人たちだ。
10月に入ってからというもの、この5人のうち3人はなぜか必ずウチにいるような状態だった。今日で言えば、奏太兄ちゃんにお父さんに朝倉先生だ。
なんか変だなとは思っていたけど、もしかして……。
「お母さんが早めに赤ちゃん生んじゃうって予想して、みんな集まってたの?」
僕の疑問に答えてくれたのは玄関で靴を履く、お父さん。
「唯花の時も伊織の時もそうだったからね。みんなに相談して待機しててもらうことになったんだよ」
言葉を続けたのはお母さんに靴を履かせてあげている、朝倉先生。
「毎回、とんでもない大騒ぎになりますからね……いい加減、こっちも万全の体制を敷きたくなりますよ」
さらに自分の靴を履きながら奏太兄ちゃんが続ける。
「ウチの親父とお袋もさ、最初は俺が高校卒業するから帰ってきたんだと思ってたんだが、聞いたら撫子さんの出産のフォローのために帰ってきたんだとよ。ま、そんだけ大事ってことだな」
すると、お母さんが陣痛に冷や汗を流しつつ、能天気な声で言う。
「うふふ、頼もしい騎士様たちに囲まれて、撫子さん、安心だわ~♪」
本当に心底、何の心配もしてない顔だった。
3人はやれやれと肩を落とす。
そして靴を履かせ終わった朝倉先生が立ち上がった。
「まあ、今回は伊織の時のようにレストランじゃなくて良かったですよ」
「え?」
なんかスルー出来ないような言葉が聞こえた気がした。
僕は猛烈に瞬きし、その間にお父さんと奏太兄ちゃんが笑い話のように言う。
「あの時は唯花に続けて早産するとは思ってなかったからね。しかも展望台だったから救急隊が間に合わなくてさすがに僕も焦ったよ」
え、間に合わなかった?
「レストランに協力してもらって、テーブルをベッド代わりにしたんだよな。俺もよく覚えてるわ」
え、テーブルをベッド代わり?
「え? え?」
まさか……という気持ちが膨れ上がり、とうとう我慢できなくなって、僕は叫ぶ。
「もしかして僕、レストランで生まれたの!?」
「そうだ」
「そうだね」
「そうだぞ」
「あー、そういえばそうだった! あたしもなんとなく覚えてる!」
「うふふ、懐かしいわね~」
家族一同からあっさりうなづかれ、開いた口が塞がらなくなった。
な、なにそれ?
そんなこと知らなかったんだけどーっ!?
僕が完全に呆然自失のなか、せーの、とお母さんを支えて立ち上がり、お父さんがさらに言う。
「ちなみに伊織が生まれた時、取り上げてくれたのは奏絵さんだよ? 命の恩人だからあとでお礼を言っておきなさい」
「僕、奏太兄ちゃんのお母さんに産婆さんしてもらったのーっ!?」
さらなる衝撃。
僕が生まれた時に手助けしてくれたのは、奏太兄ちゃんのお母さんの奏絵おばさんらしい。
生まれた時からお世話になってるのに、ぜんぜん知らなかった……。
長男が生まれた瞬間からお世話になってるなんて……なんか本当にウチは三上家との縁が深すぎる。
色々と衝撃的過ぎて呆然としていると、やがてタクシーが来て、お母さんはお父さんと朝倉先生に付き添われて病院へ出発した。
それを見送り、奏太兄ちゃんが「よし」と一息つく。
「誠司さんと朝ちゃんがいれば、この先は大丈夫だろう。途中で生まれちゃっても今度は朝ちゃんが産婆するだろうしな。とりあえずタクシー、もう一台呼んだから俺たちもすぐに追いかけるぞ」
「はーい! ……あっ、でもちょっと待って! あたし、急いでお化粧してくる!」
「へ? いやいいじゃろ、化粧なんて。病院いくだけだぞ?」
「だめだめ! ミス・キャンパスはそういうわけにはいかないのーっ」
お姉ちゃんはバタバタと家のなかへ入っていく。
一方、僕と奏太兄ちゃんは道路で待機。
なんだか嵐が過ぎ去ったような気分だ。
普通ならお母さんと妹の心配をするところなのかもしれないけど、お父さんと朝倉先生と奏太兄ちゃんがいてくれたおかげで本当に安心感がすごい。
間違いなく、妹は無事に生まれてきてくれるだろう。
その確信があるからこそ、僕は……少し落ち込んでしまった。
「はぁ……」
「ん? どうした?」
奏太兄ちゃんに問われ、肩を落として素直に言う。
「何も出来なかったな……と思って」
少し肌寒い風が吹き抜けていく。
「僕、奏太兄ちゃんみたいになりたい……奏太兄ちゃんを超えたい、っていつも思ってるのに……。でも今日は混乱してばっかりで……お母さんと妹のピンチだったのに本当、情けなくて」
「ふむ」
小さくうなづくと、奏太兄ちゃんは何かを思い出したように苦笑した。
そして、大きな手でぐしぐしと頭を撫でられた。
「よーく分かるぜ、その気持ち。ぶっちゃけ、俺もそうだった」
「奏太兄ちゃんも……? え、それどういうこと?」
「お前が生まれた時のことだよ」
「僕が生まれた時って……さっき言ってた、レストラン?」
「ああ。あん時も撫子さんがいきなり苦しみ出してな。デザートのケーキが運ばれてきた辺りで、笑いながら『あ、生まれちゃうかも』って」
「あー……」
その光景はなんとなく想像できた。
今まさに見たばかりだし。
「あの日は朝ちゃんも含めてみんなでメシ食いに行ってたんだ。で、誠司さんがレストランの人たちに掛け合って、親父が女性客の人たちに頼んでまわりを囲んで『人の壁』みたいになってもらって、朝ちゃんが皿をどけてテーブルをベッド代わりにして……で、お袋がお前を取り上げた。仕事先で医療に関わるから見様見真似で出来たんだと」
ただなぁ、と奏太兄ちゃんは恥ずかしそうな顔をする。
「その時、俺は何も出来なかった。とっさに何も思いつかなくってさ、唯一出来たのは……唯花がビビッて泣きそうだったから手を握っててやることぐらいだった」
奏太兄ちゃんは苦笑しながら頭をかく。
「だから次は失敗しねえぞ、って誓って、それで今日があるわけだ。まあ、まさか次の機会が撫子さんの3人目だとは思ってなかったけどな」
「…………」
……そっか、奏太兄ちゃんもこんな気持ちを味わったことがあるんだ。
僕は噛み締めるように唇を引き結ぶ。
ありがたかった。
奏太兄ちゃんは自分の悔しい過去だって、僕のために包み隠さず話してくれる。
改めて器の大きさを感じた。
やっぱりまだまだ敵わないや……。
嬉しさと悔しさ半分でそう思った。
……と感慨深く思ってたんだけど、ふいに気づいた。
「や、ちょっと待って。僕と奏太兄ちゃんって3歳違いだよね?」
「だな。なんだ今さら?」
「じゃあ、僕が生まれた時って奏太兄ちゃん、3歳じゃん!? 何も出来なくて当然だよっ。むしろお姉ちゃんを落ち着かせてくれて、良くやってくれた方だよ!」
「そうか? やー、照れるなぁ」
「照れていいよ! 3歳だったのにありがとうだよ!」
「だったら今日の伊織だって高一だろ? 半年前まで中学生だったんだから、とっさに動けなくてもしょうがないさ。気にすんな」
「む……」
一瞬、そうかなと思って口をつぐんでしまった。
でも僕はすぐに首を振る。
「奏太兄ちゃんだったら高一の頃でも今日と同じことが出来でしょ……絶対」
本当にまだまだ敵わない。
目指す先が遠すぎて、めまいがしてきそうだ。
僕は本格的にしょげ返る。
すると奏太兄ちゃんはニッと笑った。
「その顔、やっぱりあの時の俺と同じだぞ。で、そこまで悔しいなら、次は絶対頑張らなきゃな?」
「次って……お母さんが4人目を生むってこと?」
「あー、まあその可能性もあるにはあるかぁ。ただまあ、なんつーか……」
奏太兄ちゃんは表情を変えた。
ひどく難しい顔つきになって腕を組む。
「……ぶっちゃけた話、次の世代は5人でも足りない気がするんだ。俺、誠司さん、親父、お袋、朝ちゃん。それだけ揃っても戦力は十分じゃない」
え、なんの話?
眉を寄せる僕へ、奏太兄ちゃんはさらに続ける。
「撫子さんもパニクってトラブル起こすだろうしな……。それに加えて、本人も超がつくほどのトラブルメーカーだ。つまり爆弾が二つもある。威力は倍率ドンの二倍じゃ効かない。まだ当分未来の話になるだろうが……伊織、俺たち5人に加えて、お前の力が必要なんだ」
「……? 奏太兄ちゃん、それって誰が赤ちゃんを――」
――産む話なの?
と聞こうとした途中で、お姉ちゃんが戻ってきた。
バッチリお化粧済みで、バッグを片手に走ってくる。
でも玄関を出て、門扉への階段の途中で、
「ね、ね、タクシーまだ来てない!? 間に合った!? あとこれ、お父さんの一眼レフカメラ! せっかく妹ちゃん生まれるなら、最初にみんなで撮ろうと思――ほわぁっ!?」
転んだ。
段差でつまづき、お姉ちゃんは盛大に転んで、バッグの中身と一眼レフカメラも宙を舞う。
「ひゃあ!? 奏太ぁ、なんとかしてぇーっ!」
「へいへい。ったく、絶対こうなると思ったぜ」
奏太兄ちゃんは慣れた様子でお姉ちゃんを受け止める。
伸ばした手にストンッと一眼レフカメラが落ち、バックも紐が指にかかって見事にキャッチ。
でも散乱したバッグの中身は雨あられ。
散らかり放題になった玄関先を見て、僕は――すべてを理解した。
お姉ちゃん。
そう、お姉ちゃんだ。
お姉ちゃんひとりなら奏太兄ちゃんが面倒を見れる。
でもいつか来る未来では……お腹が大きくなって、ふたりになってるはずだ。
そこにトラブルメーカーのお母さんも加わる。
確かに倍率ドンの二倍じゃ効かない。
きっと今日の5人でも対処しきれないだろう。
背筋が……凍りつくのを感じた。
同時にとてつもない使命感が胸の奥から湧いてくる。
「守護らねば……」
拳を強く握り締める。
そうだ、僕が守護らねば!
「……ほえ? どうしたの、伊織? なんか熱い炎のような意志が瞳に灯ってるよ?」
奏太兄ちゃんに抱き留められたまま、お姉ちゃんが悠長な顔で訊ねてくる。
「お姉ちゃん……」
ザッと音を立てて近づき、僕は熱く宣言。
「お姉ちゃんが赤ちゃん生む時は、僕が絶対守るからっ!」
「ふぁっ!? 何言ってんの、いきなり!?」
「誓うよ! なんならお姉ちゃんの赤ちゃんは、僕が取り上げてみせるッ!」
「なんで!? やだよ!? 本当にやだよ!? 普通に病院連れてってよ!? ……や、そうじゃなくて、これ何の話!?」
「ははっ、まあまあ、いいじゃろ? 伊織がまた一つ成長したってことだ」
「ちょ、そんな良い話風にまとめられても!? どうせまた奏太が変なこと言ったんでしょ!? 伊織、いい? なんでもかんでも奏太の影響受けちゃダメだからね!?」
「大丈夫! 僕、お姉ちゃんの出産の時は本気出すから! 今から予行練習しておくから! だから安心して、絶対大丈夫だよ!」
「何も大丈夫じゃない……っ!」
「お、タクシー来たぞ。おーい、こっちでーす」
「ねえ、聞いてってばーっ!」
お姉ちゃんの必死の声が響き渡った。
でもこの決意はもう何を言われても揺るがない。
葵ちゃんにも相談して、今から赤ちゃんの産婆さん役をする勉強をしていこうと思う。
そうして。
玄関前を手早く片付けて、僕らはタクシーに乗り込んだ。
向かうのは、お母さんの病院。
そこで、ついに僕らの妹が生まれる――。