After50☆お母さんが「赤ちゃん生まれちゃう」って言ってるー!?(伊織視点)☆
さて、今は10月。
僕は今、家のリビングで椅子に座ってココアを飲んでいる。
目の前にはお母さんがいて、隣にはお姉ちゃん。
目下のところ、お姉ちゃんのマシンガントークが止まらない。
「それでねー、みんなから文化祭のミスコンに出てって言われまくっちゃって困っちゃったぁ! まあでも? 今やあたしもキャンパス・クイーンだし? それも是非も無しかなぁって!」
目の前のココアを飲む暇もなく、お姉ちゃんは有頂天。
どうなることかと思ってたけど、大学生活を満喫してるみたい。まあ、実際のところは奏太兄ちゃんが一緒な時点で別段心配はしてなかったけど。
で、お母さんはそんな有頂天なお姉ちゃんの話をニコニコしながら聞いている。
「やっぱり血筋ね~。お母さんも大学の頃はクイーン・オブ・クイーンって呼ばれてたもの」
「え、そうなの?」
「そうよー」
うわ、そうなんだ。
どんな血筋なんだろ、ウチって。
一方、お姉ちゃんはぜんぜん怒ってなさそうな怒り顔でふんぞり返る。
「でもでも聞いて! 肝心の本番であたしがミス・キャンパスに選ばれて、スポットライトをびかーって浴びて『ほわっ』ってなってた時、奏太、どうしてたと思う?」
っていうか、ミス・キャンパスに選ばれたんだ。
普通、その辺りから話すものだと思うけど、お姉ちゃんの話が反復横跳びするのはいつものことなので、家族としてはスルー。
「あたしが『はわはわ』してる時、奏太ってば会場の一番後ろで腕組みしてたの! しかもサングラス付きのムッツリ顔で!」
「あらあら」
「あー」
「あたしがみんなの注目浴びて困ってるっていうのに、も~! まさしく後方カレシ面っ! 真っ先にそばにきてお祝いしてくれればいいのに~」
や、お姉ちゃん、それ……奏太兄ちゃんは号泣して動けなかったんだと思うよ?
ずっと引きこもってたお姉ちゃんが大舞台に立って、みんなに拍手喝采されて、しかも奏太兄ちゃんがそばにいなくても大丈夫だったんでしょ?
そんな姿を見せられたら、奏太兄ちゃん、絶対に大号泣するって。
サングラスは涙を隠すためのものだろうし、その会場で一番お姉ちゃんのことをお祝いしてたのは間違いなく奏太兄ちゃんだからね?
……ま、別に言わなくても、お姉ちゃんだって本当は分かってるんだろうけど。
とりあえず後方カレシ面しながら本当は大号泣してる奏太兄ちゃんに思いを馳せながら、僕はまたココアをちびちび飲む。
「うんうん、お姉ちゃんも奏ちゃんも楽しそうで何よりだわ~」
お母さんはニコニコしながらお皿のクッキーを摘まんだ。
そのお腹はもうだいぶ大きくなってる。
来月には僕らの妹が生まれる予定だ。
そのせいか、お姉ちゃんは最近、やたらウチに帰ってくる。や、お姉ちゃんっていうか……奏太兄ちゃんが率先してウチの如月家に顔を出したがってるっぽい。
平日は僕が学校から帰ってくるとほぼいるし、土日も最近は必ず朝から来ている。
……なんでだろ? お母さんの出産予定は来月だし、まさか妹が楽しみ過ぎるってわけでもないだろうし。
考えてみれば、お父さんも最近は帰りがやたらと早い。それに奏太兄ちゃんと同じく土日はほぼ必ず家にいる。
あと奏太兄ちゃんのお父さんとお母さん――三上家の太一おじさんと奏絵おばさんも頻繁にウチにやってくる。
さらには僕の元・担任の朝倉先生もそうだ。
朝倉先生はウチのお父さんとお母さんの昔からの知り合いで、僕たち子供世代もなんやかんやでずっとお世話になっている。その朝倉先生も最近やたらとウチにくる。
……うん、やっぱりなんか変かもしれない。
奏太兄ちゃん。
お父さん。
太一おじさん。
奏絵おばさん。
朝倉先生。
思い返してみると、今月に入ってからというもの、この5人のうち最低でも3人は必ずウチにいるような状態が続いてる気がする。
「どういうことだろう……?」
僕は首を傾げて、つい口に出してしまう。
すると隣のお姉ちゃんが目ざとく気づいた。
「お、なになに、伊織? お悩みごと? 進路のこととか? まっかせなさい! このミス・キャンパスとキャンパス・クイーン二冠のお姉ちゃんがどーんと相談に乗ったげる!」
「いや進路にミスコンもクイーンも関係ないよね? あと僕、まだ高校1年生だから進路なんてまだ先だし。それに相談するにしても奏太兄ちゃんか朝倉先生にすると思うし」
「えー、なーんでよー! お姉ちゃんに頼りなさい、マイブラザー! これから妹ちゃんだって生まれてくるんだからっ」
「だったら、なおさらだってば! そうだ、良い機会だから言っておくけど、僕、生まれてくる妹には平穏な日常を送らせてあげるつもりだからね!?」
「平穏な日常? そりゃそーでしょ?」
「こ、この姉、なんにも分かっていない……っ! いい、お姉ちゃん!?」
僕はぐわっと前のめりになる。
「平穏な日常っていうのは、誰も口から砂糖を吐かないでいい日々のことを言うんだよ!? 部屋の壁越しに砂糖をぶつけられるなんて言語道断! お姉ちゃんが家を出たからって油断は出来ない! そうさ、妹には絶対に僕みたいな思いはさせない……! 守護らねば……っ。僕はここに誓う。絶対に砂糖から妹を守護ってみせるっ!」
凄みを込めた宣言がリビングに響き渡った。
が、肝心のお姉ちゃんは「んー?」と首をかしげる。
「どうしよう。弟が何を言っているのか、お姉ちゃんサッパリ分からない」
「そうだろうと思ってたけどねーっ!」
僕は思いっきり机に突っ伏す。
……いいんだ。これは孤独な戦いだ。最初から分かってたことだ。
でも昔と違って今は味方もいる。
あとで葵ちゃんに電話して愚痴を聞いてもらおう。
ついでに次のデートの約束もしておきたかったし。
ちなみに高校生になってから葵ちゃんはなんていうか……ますます可愛くなってる。校則違反にならない程度にお化粧をしたり、ちょっとしたアクセサリーを身に付けたり、付き合ってから一年以上経つのに僕は今もドキドキさせられてしまう。
ただ、目下の悩みはデートする場所が限られてしまうこと。
高校生はお金がないから、あちこち行くのはどうしても難しい。
……あ、いや待てよ。
ウチに来てもらえばいいのか。葵ちゃんも『赤ちゃん見たいな』って言ってたし、これからはもっとウチでのデートを増やしていこうかな。
幸い、お姉ちゃんの部屋はこれから妹の部屋になる。
葵ちゃんと僕の部屋でデートしつつ、隣の部屋の妹を見守る……あれ? これ完璧じゃないかな? 僕、天才かも?
そんなことを思っていたら、いつの間にかお母さんが僕の顔を見て、妙にニヤニヤしていた。
「うふふ、歴史は繰り返すのねえ」
「……え? なに、お母さん? どういうこと?」
「あのね、いおりん。お母さん、優しいから教えてあげちゃうけど、最近のいおりんって自分で思ってるより葵ちゃんとのイチャイチャオーラが…………あら?」
言葉の途中でふいにお母さんの動きが止まった。
笑った顔のまま、ぎくしゃくと何度か瞬きする。
「あらあらぁ……?」
……どうしたんだろう?
僕は眉を寄せ、お姉ちゃんも不思議に思ったらしく、呼びかける。
「お母さん?」
「んー、これはぁ……」
なんかどんどんお母さんの顔色が青くなっていく。
でも相変わらずの笑い顔で、両手をポンッと叩いた。
そして、とんでもないことを言ってのける。
「赤ちゃん、生まれちゃいそう」
「「え?」」
姉弟そろって目が点になった。
お母さんはさらに続ける。
「うん、3人目だから間違いないって分かっちゃう。……これ、赤ちゃん、生まれちゃうやつだわ~」
「「ええええええーーっ!?」」
僕とお姉ちゃんの素っ頓狂な声が家中に響き渡る。
予定日は来月のはずなのに、もう生まれちゃうって!?
え、ちょ……これどうすればいいのーっ!?
後半長くなっちゃったので、明日また更新しまーす!