After49☆奏太は洗濯ブラジャーを見てみたい☆
はてさて、唯花も無事に大学デビューを果たし、あっと言う間に9月になった。
で、ありがたいことに大学生は9月もまだ夏休みである。
俺はといえばバイトしたりとか、バイクいじったりとか、あとはアパートの下の部屋に高校生が引っ越して来たんで面倒みたりとか、そんな感じの毎日だ。
一方、唯花の方は新作アニメをチェックしたり、相変わらず英霊ゲームや艦隊ゲームをしたり、かと思えばがっつり家事もしてくれている。
家事については俺も一人暮らししてたから出来るし、手伝いたいんだが……やろうとすると、『奏太は男の人の料理とかばっかりだからダメー』とすぐに却下されてしまう。
や、いいだろ? 男の料理。
肉山盛りで野菜は適当に切っただけの雑な焼きそばとか最高じゃろー?
しかし結局、家事は唯花の担当、俺はバイト担当みたいな感じになっている。
まあ、そのバイト代で出かけたり、デートしたりしてるので、トントンではあるのかもしれない。
「ふんふふん~♪ お洗濯~、お洗濯~♪ せんせん、たくたく、選択の日は今来たり~♪ 汝が世界を救うのじゃ~♪」
で、唯花は今、お馴染みの謎の歌を口ずさみながら洗濯物を干している。
格好は肩ひもがリボンみたいになっているノースリーブのトップスと、ひらひらのスカート。
恐ろしいことに最近、唯花は大学でプロムクイーン改めキャンパスクイーンになりつつあり、その自覚からか、家でも結構ちゃんとした可愛い格好をしていることが多い。
まあ、それはいいんだが……ふと俺は気になった。
「なんか洗濯物、少なくないか?」
「ほえ?」
アパートのベンダで洗濯物を干していた唯花が振り返る。
「いつも通りだよ? 別に世界を救う勇者の鎧は洗濯してないし」
「鎧を洗濯する技術があったら、それはそれで世界を獲れると思うぞ? いやそうじゃなくてだな……」
俺は干されている洗濯物に目を向ける。
俺の服。
唯花の服。
俺の靴下。
唯花の靴下とかニーソックス。
俺の下着。
唯花の……うん、ないな。
「唯花の下着はどこだってばよ?」
「――っ!」
途端、ギクッとした顔になる、ウチの彼女。
そのまま、あからさまに視線を逸らしてくる。
「あ、あるよー? ちゃんと干してるしー?」
「いや、干してないじゃないか。ってか、考えてみたら一緒に暮らし始めてから一度も唯花の下着が干されてるところを見たことがない気がするぞ……?」
これはどういうことだ?
俺は極めて真剣な顔で考え始める。
そして、直後にハッとした。
「まさか唯花、ノーブラノーパンで生きてるのかぁ!?」
「そんなわけないでしょーっ!? 何を言ってるのかね、チミは!?」
まだ干してない洗濯物をバサァと浴びせかけられた。
ぎゃあ、冷たっ!?
「恥ずかしいからあたしの下着は部屋干ししてるのっ! ちゃんと窓際のお日様が当たるところで乾かしてるのですっ。奏太が知らないだけ!」
ベランダから部屋に入ってきた唯花が腰に手を当てて言う。
一方、俺は水気たっぷりの洗濯物の山から顔を出す。
「いやそれにしたって見たことないぞ? 部屋干ししてるなら俺も見てるはずじゃろ?」
「だからー、お部屋はひとつじゃないでしょー?」
あーそういうことか、とようやく分かった。
最近はめっきり俺の部屋で寝起きしているが、このアパートの隣は唯花の部屋である。
下着はそっちで干してるらしい。
「奏太ってばエッチさんだから、こっちで干してたら、絶対見るでしょー? だからブラとかショーツはあたしの部屋の中で干すようにしてるのです」
「ぬぬ、なんと失敬なことを言うんだ、君は。誰がエッチさんだと言うのだね、誰が」
まったく失敬だ。
失敬にも程がある。
まあいい。
状況は理解した。
俺はすくっと立ち上がると、ちらかった洗濯物をテキパキと洗濯カゴに片付け、颯爽と身をひるがえす。
「ちょっとコンビニ行ってくる。何かいるものあるか?」
「へ、コンビニ? なんでいきなり?」
「今日が少年ジャンピングの発売日だと気づいたんだ」
「奏太、電子の定期購入派じゃなかったっけ?」
「紙派になった。今なった。だからコンビニ行ってくる」
「ほえー、そうなの……? じゃあ、アイス食べたい。イチゴのやつ」
「かしこまった。じゃあ、行ってくる」
凛々しい表情でうなづき、俺はサイドボードに置いてある鍵を手に取り、玄関へ向かおうとして――。
「ちょっと待ちなさい」
ガシッと腕を掴まれた。
条件反射でギクッと肩が上がってしまう。
その変化をウチの彼女は見逃さなかった。
「奏太、今、ギクッとしたでしょ?」
「……してないぞ。とてもとてもしてないぞ?」
「じゃあ、なんで鍵持ってるの?」
「こ、これはあれだその、バイクの鍵ナリよ、キテレツ」
「ネギ坊主、コンビニは歩いて行ける距離だぞよ?」
「ぐ、ぐぬぬ……っ」
いかん、返す言葉がない。
そうして返答に詰まった瞬間、唯花に目にも留まらぬ速さで、わき腹をくすぐられた。
「とりゃー! 唯花ちゃんの呼吸、二の型こちょこちょの舞!」
「ぎゃははははっ!? ちょ、おま!? 不意打ちはずるいぞ!?」
笑った途端に鍵を手離してしまった。
それを唯花が颯爽とキャッチする。
「討ち取ったりー! ほら、これバイクじゃなくてあたしの部屋の鍵ー!」
ちくしょう、バレた。
そうです。俺がサイドボードから持っていこうとしたのはバイクではなく、唯花の部屋の鍵でした。
悪事を見抜かれてうな垂れる俺へ、唯花がジト目を向けてくる。
「さあ、白状するのです、エッチさん。どーせ、あたしの部屋に行って干してある下着を見ようとしたんでしょー?」
「く、くそう……っ」
気分的にはもはや二時間ドラマで崖の上に追い詰められた犯人である。
「仕方なかったんだ……っ。隠されてると思うと逆に見たくなってくる。男子はそういう生き物なんだ!」
「なんて悲しい生態……! まあ、そんなことだろうと思ったけど」
やれやれ、という感じで唯花は大きくため息。
「とにかくお洗濯物が乾くまで奏太はあたしのお部屋に入るの禁止ね」
「ちくしょう……っ」
床に崩れ落ちる、俺。
しかし鍵を奪われてしまった以上、もはや唯花の部屋に潜入することは叶わない。色々と諦め、俺は床に座り込む。しかし、ふと気になった。
「はい、唯花先生、質問があります」
「うみゅ、なんでしょう? 奏太君」
「逆になんで唯花は干してる下着を見られたくないんだ?」
「いや普通でしょ、それは」
うお、真顔で言われてしまった。
「じゃなくてだな、普通はそうだろうが、ほらなんつーか、俺の場合は彼氏なので……」
あれ?
俺、なんか問題発言しようとしてないか?
途中で気づいたが、一度言い始めた言葉は止められなかった。
「……付けてる時の下着は普段から見せて頂いてるわけだし」
「にゃっ!?」
一瞬で唯花の頬が赤くなった。
「い、いきにゃりなに恥ずかしいこと言ってるの!? デリカシー! 今の発言はデリカシーが宇宙の果てまで吹っ飛んで行方不明です!」
「い、いや自覚はある! デリカシーを宇宙の果てまでホームランしてる自覚はあるけど、不思議には思うじゃろ!? なんで付けてる下着は良くて、干してる下着は駄目なんだ!?」
「つ、付けてるとか干してるとかは関係ないの!」
もう、と赤い顔で唇を尖らせ、唯花は胸とスカートを隠すようにちょっと押さえる。
「見せてあげるのと見られちゃうのは違うのですっ」
「な、なるほど……っ」
その理屈は分からんでもなかった。
俺が納得したのを見ると、唯花先生は「うみゅ、良いですか?」と言い、恥ずかしさを誤魔化すように肩ひものリボンを直したりし始める。
「つまりムードとか空気とか……いわゆるお作法が大事なのです」
「なるほど、おさほうが……」
「そう、お作法」
「じゃあ、おさほうしてる時は見てオッケー?」
「えっ、そ、そりゃあまあ……」
唯花は照れくさそうにリボンをいじいじと無意味にいじりながら言う。
「……おさほう中ならオッケー、かも? 普段からそうだし……って、恥ずかしいこと言わせないのぉ!」
ぽかぽかと叩かれた。
「あはは、わりぃわりぃ」
「もーっ」
軽めにガードし、ちょうど下りてきた唯花のグーを手のひらで握り込む。
すると、なんとなく目が合った。
至近距離で、手を握った状態。
見つめ合う二人。
「…………」
「…………」
自然にちょっと良い雰囲気になってしまった。
これは――チャンスである。
キラン、と目を光らせ、俺は細い腰を抱き寄せる。
「ふぁっ!?」
途端、あたふたし始める、唯花さん。
「え、な、なに? なんでぎゅってするのー?」
「おさほうしてる時ならオッケーなんだろ?」
ずいっと顔を寄せて、唯花を見つめる。
「だったら、このままイチャイチャしてたら――見せてもらえる、ということでないでしょーか?」
「……あう。そ、それは……」
唯花は困ったように視線をさ迷わせる。
しかし言い出したのは自分なので、反論の余地がなかったらしい。
「た、確かに……」
かぁぁぁ、と頬を赤らめると、唯花はとことん困ったようでありつつ、でも嫌ではなさそうな感じでつぶやく。
ちょっとだけ、エッチさんな顔で。
「…………見せてあげちゃう、かも?」
はい、我慢の限界です。
もう下着より唯花が見たい。
「唯花ーっ!」
「きゃっ! も、もう~っ」
悪代官よろしく、良いでは良いではないか、と唯花を押し倒そうとする。
しかし途中で足に洗濯カゴが当たった。
ゴロン、とカゴが倒れて洗濯物がこぼれる。
その途端、ギャグ漫画みたいに唯花に顔をグイッと押し退けられた。
「あ、そうだ、洗濯物! 先にぜんぶ干しとかなきゃ!」
「ふぁ!? そんなん後でいいじゃろ!?」
「だめだめっ。生乾きで放置なんて絶対しません。ほんと奏太ってば男の人の家事なんだから~」
「ええー……」
唯花がテキパキと洗濯物を干し始め、ぽつんと放置されてしまう、俺。
おのれ、洗濯物め。
こうなったら本格的に家事をマスターしてくれようか……っ。
夏休みの終わり、青空バックに洗濯物を干す唯花を眺めながら、そんなことを画策する俺なのでした。