After48 ☆唯花、ついに大学初日で超テンパる!☆
さて、いよいよ来たぞ、大学初日。
俺と唯花が大学にいく、最初の日だ。
現在の時刻は午前4時。
……は?
「……午前……4時ぃ?」
ベッドの中から手を伸ばし、スマホを確認して、俺は愕然とした。
もちろんアラームの時間はまだ遥か先。
なのにどうして俺が目を覚ましたかというと……なんか大騒ぎしてる奴がいるからだ。
「にゃ~っ! やっぱりぜんぜん決まらない! 今日、なに着てこう!? これ? あれ? それともこっちーっ!?」
でかい鏡を部屋の真ん中に持ってきて、大量の服をちらかし、唯花が朝っぱらからひとりファッションショーをしている。
「あー、そのなんだ……唯花さんや」
「やっぱりパステルカラーでガーリーに攻めた方がいい!? それともミモレなフレアでフェミニンが攻撃力3倍!? ねえ、どう思う、奏太ーっ!?」
「お、おおう……」
途中から何言ってるかサッパリだったぞ?
まあ、いつもの『唯花さんや』『奏太さんや』のやり取りが出来ないくらいテンパってるのはよく分かった。
「とりあえず……大学に行くか、ダンジョン探索に行くかだけでも決めといた方がいいと思うぞ」
「何言ってるのかね、チミは!? どう見ても大学初日のための装備を整えてる感じでしょー!」
「じゃあ、攻撃力3倍とかは考えなくていいからな? 俺たち、講義を受けにいくだけだからな?」
というわけで、唯花は大学に行くための服選びで悩んでるらしい。
実を言うと、この装備選びは昨夜も行われていた。
だが延々決まらず、放っておくと朝まで悩んでいそうだったので、俺がレフェリーストップを掛けて無理やり寝かせたのだ。
が、どうやら寝つけずに早朝からまた再開したらしい。
俺からすると何をそんなに悩むことがあるのやら、という感じなんだが……。
「はぁ……奏太ってばなんにも分かってないのです」
大げさにため息をつき、唯花はやれやれと首を振る。
そして両手の服を放り投げたかと思うと、いきなりビシッと指を突きつけてきた。
「いいっ!? 大学のキャンパスにはプロムクイーンがいるの!」
「……へ? プロム……クイーン……?」
「そう! クイーン、つまり女王様! スクールカースト最上位の恐るべき存在っ。下手な装備で遭遇したら、怒りのブレスで焼き尽くされるがごとし……っ」
「いやいやいや、人じゃろ? ブレスは吐かんじゃろ? クイーンってモンスターなのか?」
「モンスターぐらい怖いってこと!」
俺に詰め寄って断言し、今度は途端に表情を変え、唯花は青い顔でガタガタと震えだす。
「クイーンはカースト最上位のモンスター……っ。一方、あたしは最下位のドベのドベのナード階級、ドベドベナードな唯花ちゃんは下手な装備で大学に行ったらクイーンのブレスで焼き尽くされちゃうのです……っ」
「あー……」
ようやく唯花の言わんとしてることが分かった気がする。
身も蓋もなく言うと、つまり唯花は緊張してるのだ。
大学という新たな日々の始まりを不安に感じ、妄想が膨らんでバーストストリームしてしまっているのだろう。
ちなみにプロムキングやクイーンはアメリカの高校の話なので、当然ながら日本の大学にいるわけない。
まあ、初日だしな。
不安になるのは分からんでもない。
「まあ、落ち着けって。心配するようなことはなんもないから。そもそも大学には山ほど俺の――」
「しゃーらっぷ!」
「――ふごぉっ!?」
洋服の塊を顔に押し付けられた。
なんか唯花の良い匂いがして、思わずエロい気分になりそうだが……いやその前に息ができん!
モガモガともがく俺をよそに、唯花は洋服をグイグイしながら半泣き。
「ナチュラル・ボーン・プロムキングな奏太には分かんないのーっ! ああ本当どーしよーっ! なに着てこーっ!? お化粧もしなきゃだし、髪もやんなきゃだし、鞄も変なもの持ってけないし、うーにゃーっ!」
「うぅ~にゃ~っ!? 息が、息がぁ……っ!」
こうして。
早朝のアパートに二匹の猫の苦悶の叫びが木霊したという。
………………。
…………。
……。
で、なんやかんやで時間が経過し、現在、午前8時半。
1限目の講義は9時からなので、まあちょうどいい時間だ。
今、俺たちは大学の正門にいる。
目の前には桜の並木道があり、その奥には1号館とか2号館とかの大学施設が見える。
すでに多くの学生たちの姿があり、俺たちの横を通って並木道に進んでいく。
「えーと……唯花さんや」
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃに!?」
「とりあえず、服掴まれてると歩けないんじゃが……」
俺は何とも言えない顔で肩越しに振り向く。
唯花は今、俺の背中に隠れている。
ジャンパーの背中部分をガッツリ掴み、怯えながら周囲に目を光らせた臨戦態勢だ。
や、そんなに警戒しなくても、ブレスを吐くクイーンは存在しないぞ……?
結局あの後、唯花は俺を連れて早朝から実家の如月家に突撃。
母親の撫子さんから高級ブランドの服とバッグを借りて、ハイブランドのコーディネートに成功した。
バーバリーのワンピースにシャネルのボレロを羽織って、バッグはエルメス。髪はハーフアップに結って、メイクも完璧。
大学初日というより、舞台の観劇にいくお嬢様という姿である。
しかもすげえのは撫子さんで、娘の行動を完全に読んでいたらしく、早朝にも関わらず、これらのセットはすでに用意されていた。
『うふふ、私も大学の最初の日はハイブランドで固めようとしたから、きっとお姉ちゃんもそうするだろうな、って思ってたの♪』
『懐かしいね。当時、撫子が貯金すべてをはたいてブランド品を買おうとするのを僕と朝ちゃんで羽交い絞めにしたんだよ』
旦那の誠司さんからゾッとするような話も聞きつつ、どうにか唯花も満足してキャンパスまでたどり着いた。
しかし、いざ正門まで来たらこれである。
さて、どうしたもんか……。
と考え込んでいたら、なぜかまわりがざわついていることに気づいた。
「ねえねえ、あの子……」
「うわ、マジか。やべえ……」
「もしかしてウチの大学なのかな……?」
学生たちが横を通りながらこっちを見ている。
いやこっち……っていうより、唯花をか?
その視線に気づいたらしく、背中の唯花が敏感に反応。
「ふあ⁉ なんかみんなが見てる!? あ、あたしのどべどべナードオーラに気づかれちゃったってこと……!?」
そんな馬鹿な。
いやでも確かにみんながみんな、唯花に注目している。
まさか本当にスクールカーストがあって、ブレスを吐くクイーンもいるのか……?
なんてアホなことを思っていたら、ふいに学生のひとりが言った。
「あの子、本当に綺麗……どこかのお嬢様なのかしら?」
ん? となる俺。
ん? となる背中の唯花。
学生たちのつぶやきは止まらない。
「顔面レベル高過ぎだよな。女優さんとかか?」
「アイドルじゃない? ちょっと可愛い感じもあるし」
「今年のミスコンはあの子で決まりねぇ」
「ぜったい芸能人だよね! サインもらえるかな!」
あーなるほど、と俺はポンッと手を打つ。
一方、唯花はひたすら目をパチクリ。
しかしだんだんと状況が飲み込めてきたらしく、表情に驚きが広がっていく。
「そ、奏太……」
「おう」
「あ、あたし……」
そして、世界の真理に気づいたような勢いで叫ぶ。
「あたし、自分が美少女ってこと忘れてたーっ!」
そうだな。
すまん、俺も忘れてた。
もちろん可愛いのも美人なのも毎日思ってるが、あまりに日常的過ぎて、唯花の美少女レベルがワールドクラスってことが頭から抜け落ちてた。
で、本人もそうだったらしく、何やら自分の両手を見つめて「くくく……っ」と悪の親玉みたいに笑い始めた。
「イケる……! これは圧倒的な大逆転……! この美少女ぱぅわーを使えば、むしろあたしが大学クイーンになることも夢じゃなきこと山の如し……!」
唯花はぎゅっと拳を握り締め、勢いよく顔を上げる。
「勝った! 大学生編・完!」
「待て待て、完結させるな」
あとそのフレーズ、『ジョジョーンの奇妙な冒険』の有名な負けフラグだからな?
しかしもはや唯花の機嫌は絶好調の有頂天。
何の意味もなく、華麗な仕草でファサァ……と髪を梳く。
すると男子学生たちが、
「「「おお……っ」」」
見惚れて歓声を上げた。
続いてやっぱり何の意味もなく、アンニュイな表情で「はぁ……」と吐息をつく。
すると女子学生たちが、
「「「キャー……っ!」」」
頬を染めて黄色い声を上げた。
圧倒的魅力というブレスを放つ、大学クイーン誕生の瞬間だった。
まさかの――恐れていた怪物は自分だったオチ、である。
いやまあ、唯花が楽しそうならいいんじゃが。
「ファサァ……」
「「「おお……っ」」」
「はぁ……」
「「「キャー……っ!」」」
あれこれポーズを取ってはチヤホヤされている唯花を眺める、俺。
そうしていると別の学生たちがあちこちから寄ってきた。
「おーい、三上。お疲れさん」
「三上くん、久しぶりだね」
「よっ、三上会長。あ、もう元・会長か」
顔見知りたちが来て、俺も気軽に手を挙げる。
「みんな、ありがとな。でもわりぃ、せっかく来てもらったのに、なんか唯花、大丈夫そうだわ」
集まってきてくれたのは、毎度お馴染み、俺の仲間たちである。
近所の大学なので、一緒に受験した奴は何人もいるし、なんなら卒業生だって山ほどいる。あとはもともとの顔見知りとか、知り合いの紹介とか、たまたま人助けをした相手とか、すでに大学の在校生の半分近くは俺の仲間だ。
で、唯花が不安にならないように初日に俺たちを見かけたら声を掛けてくれるように頼んどいたんだが……どうやらいらぬ心配だったみたいだ。
高校の時とは違って、唯花は自分の力で居場所を作れる。
俺もちょっと過保護だったかもしれない。
なんてことを思いつつ、立ち話をしていたら、だんだん全員の顔がニヤニヤし始めた。意味が分からず、俺は眉を寄せる。
「なんだ? 俺の顔になんかついてるか?」
「いやぁ……」
「そりゃあ……ねえ?」
「三上くんも意外に……カノジョさんを束縛するタイプなんだなぁ、って」
「は?」
ワケが分からない。
どういうことだってばよ?
と思った矢先、俺は気づいてしまった。
全員の視線の先、そこには今も絶好調に有頂天な唯花がいて、その指先で――キラリと指輪が光っている。
「なあ……っ!?」
「大学のキャンパスで指輪つけさせるって……」
「ゴリッゴリの束縛だよなぁ」
「この女は俺のものだ、みたいな? 三上くん、やばーい!」
俺、脇目も振らずにダッシュ。
いつの間につけたんだ!?
如月家を出る時はつけてなかったはずだぞ!?
誤解のないように言っとくが、俺、こうならないようにさりげなくチェックしてたからな!
「唯花ーっ!」
「ほえ? どったの、奏太?」
「どったの、じゃない! 指輪、指輪っ!」
「あー、これ? 奏太の背中に隠れてる時につけたの」
「大学に婚約指輪つけてく学生がいるかっ。すぐ外しなさい!」
「えー、やだぁ」
当たり前のような顔でむくれる、唯花さん。
ちなみに絶賛、周囲の視線が突き刺さりまくっている。
さすがに小声になり、俺は唯花へ詰め寄る。
「いいからほらっ。俺が預かっててやっから! ワガママ言うんじゃありませんっ」
「だーめ! 高校ではちゃんと我慢したもん。だからこれからは肌身離さずつけてくの」
だって、と唯花は指輪の嵌まった薬指を右手でそっと包み込む。
その瞬間、俺は「……っ」と言葉を失い、まわりの何十人もの学生たちも一斉に見惚れてしまった。
ハイブランドに身を固めた、とんでもない美少女が。
桜の花びらが華麗に舞うなか、心底幸せそうに――。
「これはあたしの一生の宝物だから。ずっと一緒に生きてくの」
――美しく微笑んだからだ。
俺はもう二の句が継げない。
いやその指輪はあくまで高校時代のバイト代で買ったもので、この先、仕事をして出世する度にもっと良い指輪を買ってやりたいんだとか。
最終的に唯花にどんだけ良い指輪を買ってやれるかを俺の人生の目標にしたい、と最近は思い始めてたりするとか。
言いたいことは色々あるんだが……この笑顔を見たら、なんも言えなかった。
「負けだなー、三上」
「これは三上くんの負けだね」
「もう負ける要素しかないわな、元・会長」
仲間たちから唯花への援護射撃が背中越しに命中し、俺はがっくりとうな垂れる。
唯花だけは「?」と首をかしげているものの……どうやら俺のキャンパスライフのスタートは『大学一の美少女の束縛カレシ』になりそうだ。いやマジでなんでこうなった……。
しかし、まあ何はともあれ。
こうして晴れて俺と唯花の大学生活は始まったのである――。