After46 ☆同棲の朝チュンが楽し過ぎてベッドから出られない!☆
チュンチュン……。
スズメが鳴いている。
その鳴き声で『あー、朝かー……』と目が覚めた。
……さあて、とっとと起きないと。
んで制服に着替えて、唯花を迎えにいって、一緒に学校に……。
「……いや違うな」
高校はもう卒業したのだ。
生徒会長の座は後輩たちに譲って、卒業式もやり終え、先生たちや在校生が泣きながら見送ってくれて、引っ越しも済ませて……んで、新生活が始まった。
「ああ、そうだ……」
引っ越したのが3月末。
一夜明けたから今日から4月だ。
「ん、待てよ? 新生活は良いとして、昨夜なにかあったような……」
と思った矢先、左腕に心地いい重みを感じた。
「なんだ……?」
不思議に思って左側に目を向ける。
すると、
「うみゅぅ……」
「ふあっ!?」
唯花だ。
唯花が俺の左腕で腕枕をされていた。
ああ、そっか。
すったもんだあった挙句、結局、唯花は隣の部屋に帰らずに俺の部屋で寝たんだった。
「むう……」
なんかちょっと照れるな。
腕枕自体は何度もしたことはある。
でもこんな朝っぱらから唯花と一緒にいることは実は珍しい。
学校がある日も休みの日もだいたいは俺が如月家に迎えにいくところがスタートだったからな。
「…………」
唯花は眠り姫のごとく、すーすーと穏やかな寝顔で眠っている。
カーテンの間から光が差し込み、艶やかな黒髪と白い肌を照らしている。なんか……この寝顔をずっと見ていたいと思ってしまう。
「やべ、これは……」
完全に俺の負けだなぁ。
ずっと『学生のうちに同棲はいかんじゃろ』と言い続けてきたが、こうして朝を迎えてみたらホンキ同棲して大正解だった。
だって、これから毎朝、この寝顔を見られるんだぞ?
365日、ここから一日をスタート出来るんだぞ?
控えめにいって最高以外の何物でもありゃしない。
「ありがとな……」
小声で囁き、唯花の前髪をそっと梳く。
すると長いまつ毛がわずかに動いた。
「うみゅ……?」
「あ、わりぃ。起こしちゃったか?」
「奏太ぁ……?」
まだ寝ぼけてるらしく、めちゃくちゃ甘え声だった。
それが可愛くて、ついつい頬っぺたを撫でてしまう。
「んにゅ……」
寝ぼけたまま、子猫のように頬をすり寄せてくる。
くっ、本当可愛いな、こやつめ。
「にゃあ……奏太ぁ……いま何時ぃ……?」
「分からんけど、6時か7時ぐらいじゃないか?」
「ほえ? 夜の……?」
「いや朝の」
「朝ぁ? なんで朝……?」
「昨夜、俺の部屋に泊まったろ?」
「泊まったぁ……? 伊織に怒られちゃうよぉ……?」
どうやら俺と同じ寝ぼけ方をしてるようだ。
唯花の言う通り、俺がまだ実家の三上家にいる時だったら、伊織が『お泊りは許しまへんで』をしてたことだろう。
しかし、もうそうはならない。
この引っ越しは伊織の許可も得ている。
というか伊織は如月家の第三子――まさかの妹爆誕という人生の大イベントでもう頭がいっぱいっぽい。
「目を覚ませ、唯花さんや。俺たち、昨日引っ越してきたじゃろ?」
「引っ越しぃ……?」
「だからスズメもチュンチュン鳴いてるぞ? 朝日もキラキラで立派に朝だ」
「スズメさんがチュンチュンしてるのぉ……?」
「そうだぞ。絶賛、チュンチュン祭りだ」
「ほえー……」
ちょっと顔を上げ、唯花はベッドの中から窓の方を見る。
スズメの姿は見えないが、鳴き声は聞こえているし、朝日もキラッキラだ。
それでようやく目が覚めたらしい。
何度か瞬きし、とろんとした瞳がはっきりしてきた。
「あ、そっか。昨日引っ越してきて、夜にあたしのホンキ誘惑で奏太がメロメロになっちゃって……」
ちょっと訂正したい認識ではあるが、じゃあ間違っているかと問われたら、微妙に言い返しづらいお言葉だった。
「……それで無事に奏太のお布団ゲットしたんだっけ」
「まあ、布団っていうか、ベッドだけどな?」
とりあえず、どうでもいいことを訂正してみた。
しかし唯花は右から左にスルー。
で、俺の左腕を枕にしたまま、こっちをチラリと窺ってくる。
「どした?」
「…………あう」
唯花は赤くなり、掛け布団で顔を隠してしまう。
そこから目から上だけをひょこっと出して、
「なんか朝から一緒なの、照れるぅ……」
可愛いな、おい!
が、気持ちは超分かる。
先に目が覚めてマジで良かった。二人一緒にこんな感じで照れてたら、きっと空気が大変なことになってしまう。
「隠れるな隠れるな。布団に潜ってたら二度寝するかもだぞ?」
からかい半分で掛布団を引っ張ってみる。
すると、唯花はキャッキャ言いながら抵抗してきた。
「や~、取らないで~! 唯花ちゃん、二度寝しないから~!」
「ならば、掛け布団を取ればよい。二度寝しないんだろう?」
「うぅ~っ。だから恥ずかしいの~!」
「その恥ずかしがってる顔を見たかったりするぞ?」
「や~っ、奏太のいじわるぅ~!」
「よいではないか、よいではないか」
「あ~れ~、お代官様、お戯れを~!」
いつの間にか時代劇ごっこになっていた。
憐れな町娘は悪代官にされるがまま、このまま掛け布団を取られてしまう――かと思いきや、まさかの反撃。
「えーい、悪いお代官様めー♪」
唯花がぎゅ~っと抱き着いてきた。
掛け布団は外れたが、代わりに距離が近すぎて顔が見えなくなってしまう。
「えへへー、これでお顔は見えないでしょー?」
「ぬう、やるな小娘……っ」
「くくく、町娘を舐めてはいかんのです」
恥ずかしがってる顔が見られなくなったのは残念だ。
が、これはこれで嬉しいので、俺は唯花の髪を指先で梳くようにして撫でてやる。
「うにゃあ~……」
途端、うっとりしたような声を出し、町娘は子猫に変わってしまった。
「んー、町娘がどっか行っちゃったぞ?」
「お代官様を懲らしめる町娘とは仮の姿……」
「ほう? しかしてその実態は?」
「奏太にナデナデしてもらうのが大好きな唯花にゃんなのです……」
なるほど、と俺は笑いながらうなづく。
「じゃあ、いっぱい撫でてやらなきゃな」
「うん、いっぱいいっぱいナデナデしてー♡」
「よーし、だったら……こうだ!」
俺は両手をフルに使い、唯花の髪から背中までをふざけ半分で撫でまわす。
すると大笑いしながら唯花は体をよじってバタバタする。
「にゃ~、くすぐった~い♪」
「くくく、どうだどうだっ?」
「にゃははっ、これはなんか違う~っ!」
「えー、違うのか?」
「違う~っ」
「じゃあ、やめるか?」
「やめなくていー♪」
撫でまわす俺、ぎゅ~っとくっついてくる唯花。
朝から大騒ぎである。
はしゃぎすぎて数分後にはハァハァと肩で息をする始末だった。
「にゃ~……そろそろご飯作らなきゃあ」
「あー、だな。今日は細かい買い出しもしなきゃだし」
ほつれた髪を手グシで整え、唯花が先にベッドから下りようとする。
しかし片足が床に下りたところで、「あ、そうだ」と言って振り返ってきた。
「ね、奏太」
「んー?」
何気なく顔を向けたところで。
ふわりと黒髪が舞い、桜色の唇が囁く。
「おはようのチュー♡」
チュッと言葉通りにキスされた。
不意打ちされて心臓が跳ね上がる。
そんな俺に唯花は「えへっ」と照れくさそうに笑いかけた。
「これからは……毎日イチャイチャできるね♡」
まだ髪がちょっとほつれた、無防備な笑顔が最高に可愛かった。
俺はキスされた唇を押さえて固まる。
唯花の寝顔。
起き抜けのイチャイチャ。
おはようのキス。
これが毎日。
同棲して良かったわー……と心底思ってしまった。
一方、唯花は髪をなびかせてキッチンへ向かおうとする。
「さーて、ご飯ご飯っ♪ 今日のメニューはなに作ろ~♪ ――はにゃっ!?」
ちょっと名残惜しくなり、歌い始めた唯花の腕を掴んで引き留めた。
で、こっちを向かせ、今度は俺からキスをする。
「はうっ!?」
びっくりした表情の唯花。
俺も照れくさくなって目を逸らしてしまう。
で、唯花は赤くなってもじもじ。
「う~、どうしたの? いきなりぃ……」
「いや……ゆ、唯花もいきなりだったろ?」
「あたしのはおはようのちゅーだもん……」
「じゃあ……俺もそれで」
「そかそか」
「うむ」
「…………」
「…………」
チラチラとお互い見つめ合う。
たぶん考えてることは一緒だった。
先に口を開いたのは唯花。
ころん、と俺の腕のなかに転がり込んできて、甘え声で囁いてくる。
「もっかいチュー……するー?」
「……しとくか」
で、結局、またじゃれ合いが始まってしまった。
しばらくして次は俺がベッドから出ようとしたものの、今度は唯花が「いっちゃやだ~♡」と甘えてきてUターン。
以下、そのループである。
2人でハッと我に返った時には昼近くなっていた。
「ど、どうしよう、奏太っ。イチャイチャしててぜんぜんご飯作れない~!」
「これが毎日……ヤバいぞ、俺たち来週から大学なのに通えるのか!?」
ホンキ同棲開始の初日。
あらためて同棲の恐ろしさを思い知った俺たちでした。
と、とりあえず大学始まるまでにこのループをなんとかしなきゃなぁ。




