After45 ☆新生活のはじまりはじまり☆
さて、暦はまだギリ3月だ。
今日は俺と唯花の引っ越しの日。
アパートは大学の近くである。
高台というか坂道の上にあり、柵を越えると、敷地内にちょっとした広場がある。
右側が駐輪場で、俺のバイクもここに置かせてもらうことになった。
アパートは二階建てで、東側の角が俺の部屋。
その隣が唯花の部屋である。
で、肝心の家賃だが……当然、俺は唯花の分も出す気でいた。
もちろん生活費全般もだ。
そのために大学のカリキュラムと睨めっこし、バイトのスケジュールをぎちぎちに詰め込んだ。
……が、これには如月家の誠司さんとウチの親父に直球ストレートで叱られた。
『ん-、奏太君。ちょっと生意気だね?』
『ばーか。ガキの面倒みるのが大人の仕事だ。学生のうちぐらい面倒みさせろ、馬鹿息子』
ちなみにウチの親父とお袋はすでに帰国している。
如月家のリビングが両家の会議室となり、話し合いが行われ、俺は真っ向から反抗した。
だって、そうだろ?
唯花を連れてくのは俺のワガママだ。
だったら俺がぜんぶ面倒見るのが筋ってもんだ。
父親コンビ相手に一歩も引かず、意地で応戦。
しかしここで母親コンビが最終兵器を投入してきた。
唯花である。
ウルウル瞳で不安そうに言われてしまった。
『奏太、アルバイトばっかりになっちゃうの? それだと一緒にいられなくて……淋しい』
はい、俺、撃沈。
一撃で折れた。折れるしかなかった。
唯花のためにバイトして、それで唯花に淋しい思いをさせたら意味ないからな。
結局、家賃はおろか生活費も両家に結構助けてもらうことになってしまった。悔しいのはこの結論が両親ズには最初から見えてたんだろう、ってこと。なんだかんだ言って、俺もまだまだガキだった。
それに両家にでかい借りが出来てしまったと思う。
しかしさらに悔しいのは……両親ズはこれを貸しだなんて思ってないこと。
借りを返すなんて言ったら、また叱られてしまうんだろう。
だから出来ることは一つだけ。
上から借りた借りは、下に返すしかない。
両親ズに面倒みてもらった分、俺は伊織や生まれてくる如月家の赤ん坊や、これから出逢う後輩たちの面倒をみまくってやる。
マジでこれでもかってぐらい面倒みてやるからな?
覚えとけよ、次世代ども。
……ま、そんなこんなで引っ越し当日だ。
ちなみに業者とかは頼んでない。
仲間たちに声を掛けたらすげえ人数が手を上げてくれて、トラックなんかも貸してくれたからだ。
ただちょっと人数が増えすぎて、途中からRineのグループで葵にスター・リヴァーさせてしまうことになって、それはちょっと申し訳なかった。
『ちょっと人数多過ぎませんか!? ライブ会場の設営とか事業所の引っ越しとかじゃないんですよ!?』
『でも葵、みんな来てくれるって言うし、いいんじゃないか?』
『奏太兄ちゃんさんは黙ってて下さい! わたしが抽選会を行います! 抽選漏れした人は当日来ちゃダメですからね!?』
久々に星川葵のスター・リヴァー炸裂だった。
確かにあのままだと2人分の引っ越しに100人以上のメンバーが集結しそうだったので、葵が制御してくれて良かったかもしれない。あのままだとアパートの底が抜けたかもしれないしな。
ちなみに俺が仲間たちに声を掛けて唯花曰くの『劇場版』をしそうになった時、葵が水際で食い止めることを専門用語で『スター・リヴァーする』と言うらしい。よく分からんがそうらしいのである。
「さあて、あとは荷ほどきだな」
「ん! 頑張って今日中にやっちゃうのですっ」
荷物の運び込みが終わり、手伝ってくれたみんなも帰っていった。
お礼は改めてするとして、ここからは俺と唯花の2人で二部屋分の荷ほどきをしなくてはいけない。
頭にタオルを巻き、ジャージ姿の俺と唯花はそれぞれの部屋で作業にかかる。
「おーい、唯花ー。俺の部屋のダンボールにヘタレ騎士王のぬいぐるみが入ってたぞー」
「あ、それあたしのー! そのまま置いといてー!」
「おーい、唯花ー。今度はネコ美さんのぬいぐるみー」
「あたしのー! 奏太の部屋に置いといてー!」
「唯花ー、今度はムシ柱さんのポスター」
「以下略ー!」
「ってか、俺の部屋にオタグッズ紛れ込みすぎじゃろ!?」
「だいじょーぶー、わざとだからー!」
「わざとなのかよ!?」
そんなこんなで夜になる頃にはどうにか荷ほどきを終えられた。
今日は簡単な夕飯で済ませ、とりあえず風呂に入って一段落。
ベッドの縁に背中を預け、部屋を見渡す。
「今日からここで暮らすんだよなぁ」
まだ実感は湧かない。
しかし新生活の始まりなんてそんなもんだろう。
間取りはまず玄関を入ると、キッチンがある。
そこに食卓代わりのテーブルを置くことにした。
キッチンの奥には今いる、メインの部屋。
ここにベッドや机を置いて、生活空間にした。
気持ち的には以前の俺の部屋にキッチンがついてる感じだ。
あと、あっちこっちに唯花のオタグッズがあるんじゃが……まあ、これも以前と同じようなもんか。
なんてことを考えていたら、キッチン側にある扉が開き、唯花がパジャマ姿で出てきた。
「ふ~、サッパリサッパリ」
そっちはバスルームだ。
荷ほどきが終わり、唯花も俺の部屋で風呂に入っていた次第である。
「むう……」
「ほえ? なあに?」
「いや最近、パジャマの唯花を見る機会あんまりなかったからなぁ。しかも新しい部屋だから、なんかよく分からん感慨が……」
「にゃるほど」
ネコさん柄の唯花は洗い髪をタオルで拭く手を止めて、Vサインをする。
「じゃーん、引きこもり卒業して大躍進の唯花ちゃんだぞよ! 控えおろう!」
「うっ、涙が……っ」
「なんで泣くのぉ!?」
水戸黄門みたいな『控えおろう』されたのに、なんか感涙しそうになってしまった。いかんいかん、慣れない引っ越しで疲れてるのかもしれん。
……いやでもずっと引きこもってた唯花が外に出て、ついに俺と一緒に新生活を始めるんだ。ちょっと涙ぐんでも仕方なかろうて。
んで、唯花はベッドに座ってドライヤーで髪を乾かし、俺はキッチンで麦茶を飲んで気持ちを落ち着ける。
さてと……あ、そうだ。
「唯花」
「んー?」
明日の買い出しのメモでも作ろうかと思ったが、その前にやっておくべきことがあることに気がついた。
俺は貴重品入れ代わりにしていた鞄から一本の鍵を取り出す。
するとそれを見て、唯花も「あ、そだね」と立ち上がり、自分のポーチからこれまた一本の鍵を出した。
ベッドの前でお互いに向かい合って座る。
「これ、俺の部屋の鍵だ」
「はい、あたしの部屋の鍵」
お互い自分の分はちゃんと持っている。
最初から二本作り、合鍵を渡し合うことにしていたのだ。
しかし……。
「なんか照れくさいな」
「えへへ、そう? あたしは嬉しいよー?」
と言いつつ、唯花の頬はちょっと赤い。
まあ、そうだよな。
こうして鍵を持つと実感する。
それも自分のじゃなく、相手の部屋の鍵だから。
2人での新生活って感じだ。
「これからよろしくな」
「うんっ。末永くよろしくお願いします」
ぺこり、とちゃんと頭を下げ合った。
くそー、やっぱ照れくさい。
「あー、奏太、顔が真っ赤になってる!」
「ま、真っ赤ってほどじゃなかろうて!?」
「えー、真っ赤っ赤だよぉ?」
「いや唯花もそうだからなっ?」
「あたしのはお風呂上りだからでーすっ」
「んな馬鹿な!?」
「ほんとだよ? ほらっ!」
「――っ!?」
ぴょんっと可愛く飛び跳ね、抱き着いて頬っぺたをくっつけてきた。
風呂上がりの石鹸の香り。
上気した肌が温かい。
不意打ちを食らい、鼓動がめちゃくちゃ加速してしまう。
「あー、奏太、やっぱり赤くなってるー」
「そりゃなるじゃろ!?」
「えへへー♪」
イタズラっ子の笑みがめちゃくちゃ可愛い。
いつもなら俺もやり返すところなんだが……今日は事情があって、さすがに躊躇した。するとさすがは幼馴染&彼女である。
俺の迷いを完璧に看破した様子で、唯花が耳元で囁いてきた。
「ねえねえ、奏太ぁ……」
砂糖たっぷりのミルクみたいな甘い甘い、甘え声。
「……あたし、今日どっちのお部屋で寝んねすればいーい?」
「ぬう……っ」
そうである。
それが大問題なのだ。
新生活の初日。
半同棲の初日。
俺と唯花は隣同士の部屋を借りている。
だがこの初日に唯花を俺の部屋に泊めてしまえば、ぜったいそのままズルズルいってしまう……!
半同棲が同棲になること間違いなし。
ズルズルのズルズルだ。
そうなったらもう取り返しがつかない。
が、初の一人暮らしである唯花にひとりで部屋に帰れというのも酷というもの。俺の苦悩はマリアナ海溝よりも深い……!
するとそんな苦悩をすべて見透かした顔で、唯花が攻勢を仕掛けてきた。
「んー……奏太にチュッ♡」
「はうわっ!?」
いきなり頬にキスされた。
状況が状況なので、反射的に仰け反った。
「な、なにをするのかね、君は!?」
思わず教頭っぽい口調になってしまった。
しかし抱き着かれているので逃げられない。
「なにって……チュー?」
唯花は可愛く首をかしげ、至近距離で見つめてくる。
「あのね、奏太が悩むのなんて分かってたよ? だから今日の唯花ちゃんは覚悟を決めてきたのです」
「か、覚悟ぉ?」
「うん」
コクリ、とうなづいたかと思うと、火照った体で今度は腕に抱き着いてきた。
「奏太をホンキ誘惑しちゃう覚悟っ!」
「なん、だとぉ!? ちょおま――っ!?」
Fカップ越えの谷間に腕が埋まっていく。
可愛らしいネコさんパジャマとのギャップがエグい。
そして、むっちゃ柔らかい。
いや、ってか、柔らか過ぎないか!?
「唯花さんや、お前これまさか!?」
「ん、ブラジャーしてない」
「なあっ!?」
「い、言ったでしょー。ホンキ誘惑だって!」
死ぬほど恥ずかしいらしく、これでもかってぐらい赤面している。
しかしそれでも唯花はホンキ誘惑をやめない。
俺の腕は完全に谷間に包まれてるし、しかも指先に至っては……なんか唯花の太ももに挟まれている。
「ま、待ってくれ! 初日から刺激が強過ぎるんじゃが!?」
「待ちませぬ! だって別々のお部屋に住むことにしたら――」
確信いっぱい、恥ずかしさいっぱいの顔で唯花は言う。
「奏太、あたしのことが心配でぜったい寝不足になっちゃうもん!」
「く……っ!」
大正解だった。
学生のうちから同棲はいかなるものかと思って、半同棲の隣部屋を選んだが、なんと言っても唯花は初の一人暮らし。
夜中、淋しくなってないか。
心細くて泣いてないか。
たぶん俺は心配で心配でたまらなくなってしまう。
もちろん淋しいなら唯花は素直にそう言うし、母親コンビが如月家の会議で唯花を最終兵器にしたのも、それが分かってたからだ。
つまり、これは完全に俺の問題。
しかしまさか唯花がホンキ誘惑なんて手段を取ってくるとは思わなかった。
「さあさあ、いい加減に観念しちゃいなさいっ。オオカミさんの奏太がこれ以上我慢なんて出来るはずないでしょー?」
密着したまま、チュッ、チュッと首筋にキスされる。
全身に甘い電流が流れ、骨抜きにされそうだ。
「おのれ、普段は受け一辺倒なのにここぞとばかりに攻勢に出おって……っ」
「くくくっ、真の策士は攻め時を狙いすましているものなのです……っ」
こ、ここから唯花を引き剥がせるか?
いやでもそれで部屋に帰しても心配だ。
だがそれだとズルズル同棲になってしまうし、学生のうちからそんな不埒な生活を唯花に送らせるのは……っ。
と、その時。
「あのね、良いこと教えたげる」
小悪魔モードな唯花が耳元で囁いてきた。
それは『バルス』のごとき破壊の呪文。
天空の城が落ちるように、俺の悩みを砕く、魔法の一撃。
いわば反則中の反則。
「そんなの気にしてるの、奏太だけだよ?」
「――っ」
言いおった!
こやつ、言いおった!
俺の顔が盛大に引きつる。
……いや、そりゃ俺だって薄々は思ってたさ。
唯花。
如月家の両親ズ。
ウチの両親ズ。
伊織や葵。
朝ちゃんに俺の仲間たち。
俺と唯花が同棲すると言っても今さら誰一人反対しないし、むしろ半同棲と言った時、大半から『え、なんで半分?』という顔をされたくらいだ。
そう、恐ろしいことにこの同棲に待ったを掛けるのは、この世で俺一人なのである。
声を大にして言いたい。
どういうことだってばよ!?
しかしこれが世の真実だ。
はあ……と大きなため息がこぼれた。
「それを言っちゃあおしまいだよ、唯太くん」
「ああ、おしまいさ、ソタえもん」
タヌキ型ロボットと宇宙一のガンマンの台詞を言い合い、俺は……観念した。
うん、おしまいだ。
今この瞬間、同棲を阻む壁は打ち砕かれた。
ここから先はもうズルズルである。
ええいままよ、と唯花の火照った頬に触れる。
「んじゃ、ベッドいくか?」
「うにゅう!?」
途端に動揺するウチの恋人へ、俺は仕返しにニヤニヤしてみる。
「なんだよ? ホンキ誘惑だったんだろ?」
「そ、そうだけどぉ、そんなはっきり言われると恥ずかしぃ……」
「問答無用!」
「はわっ!?」
お姫様だっこで抱き上げた。
んで唯花が一番弱い耳元で宣言。
「今夜は寝かさないからな?」
「はうんっ!? やっ、でもでもっ、明日は買い出しもしなきゃだし、ちょっとは手加減してくれても――」
「残念、朝までコースだ」
「みゃ~っ!?♡」
そのままベッドへ連行。
もう隣部屋へは帰さないので是非もなし。
こうして半同棲はホンキ同棲へ。
唯花の部屋は荷物置き場になり、俺たちはほぼほぼ同じ部屋で暮らすことになったとさ。




