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After43 ☆奏太、如月家に挨拶へ~伊織編~☆

 えー、季節はまだ3月だ。

 幸い、俺と唯花(ゆいか)の住まいはすぐに決まった。


 生徒会の後輩が『知り合いの実業家が近くでアパート経営してますよ』と紹介してくれたのだ。


 持つべきものは社長令嬢の後輩である。


 ただ、迷いに迷った挙句、唯花と同じ部屋に住むのはやめておいた。


 理由はふたつ。


 ひとつは、アパートに隣り合わせの部屋が空いていたということ。

 もうひとつは、さすがに学生のうちから同棲はいかんじゃろ、という俺の判断。


 三上(みかみ)家と如月(きさらぎ)家の両親ズがこの辺かなりザルなので、俺が倫理観の最後の砦なのである。


 まあ、隣同士の部屋に住むので、結局はなんつかーか、そう……半同棲みたいなことになると思う。


 うむ、半同棲だ。

 思わずニヤけそうになってしまうが、しかし笑ってはいられない。


 事こうなれば、筋は通さなくてはいけないだろう。


 というわけで俺は今日、如月家にやってきた。


「唯花、ネクタイ曲がってないか?」

「ちょっと待って。直したげる」


 ここは如月家の玄関前。

 普段なら『タイが曲がってるぞよ』とか冗談を言うところだろうが、唯花は普通にちゃんとネクタイを直してくれる。


 俺が本気だと察しているのだ。


 ちなみに今日は休みだが、俺は制服を着ている。本当ならスーツが良かったんだが、ググったところ、まだギリ学生なので正装はこっちらしい。


 唯花は普段通りの私服である。

 ただ、きれいめのブラウスにロングスカートで、やはりフォーマル寄り。


「ん、おっけー」

「サンキュー」


 唯花がネクタイから手を離し、俺は表情を引き締める。


 今日、俺はこれから唯花の両親――誠司(せいじ)さんと撫子(なでしこ)さんに挨拶をする。


 すでにアパートの契約は済んでいるし、引っ越しの段取りの話なんかは進んでいる。でもやっぱり一度きちんと頭は下げておくべきだろう。


 唯花が長年住んだ、この家。


 なんなら引きこもってたすらいた家から、俺が外へと連れ出すのだから。


「唯花……指輪、持ってるか?」

「え? うん、もちろんバッグに入れてあるけど……」


 唯花は服装に合わせ、ポシェット型の小さなショルダーバッグを下げている。

 そこを開き、指輪の小箱が取り出された。


 普段、唯花はウチにいる時しか指輪はつけていない。


 学校はともかく、如月家でつけていたら撫子さん辺りに壮絶にからかわれるだろうし、伊織(いおり)もすげえ顔するだろうから、2人で話し合ってそう決めたのだ。


 でも、それも今日までだ。


「つけてくれ、指輪」

「えっ、でもこれからお父さんとお母さんに会うんだよね?」


「だから、つけてくれ」

「あ……」


 俺の意図に気づき、唯花の頬がカァ……ッと赤くなった。


 挨拶をする、とは言ってあった。

 でも俺の本気度をあらためて感じたのだろう。


「わ、わかった。じゃあ……つけるね」


 細い薬指に指輪が嵌められ、きらりと光る。


「つけたよ?」

「よし」


 俺は大きくうなづく。


「指輪をつけた唯花を見てたら、さらにやる気が漲ってきた」

「こ、こんなことでやる気出るー?」


「出るさ」

「も~っ」


 赤い顔で唯花はもじもじと身じろぎする。

 一方、俺は玄関に向き直った。


 一瞬、インターホンを押そうと思ったが、事前に誠司さんから『こっちも立て込んでると思うから、勝手に入ってきていいよ』と言われていたのを思い出した。


 何に立て込んでいるかは分からないが、唯花の引きこもり時代から預かっている合鍵を取り出し、俺は玄関を開ける。


「ただいまー」

「ちわっす」


 唯花と一緒に家の中へ入った。

 ここまではまあ、いつも通りだ。


 続けてリビングへの扉を開けようとして――ドアノブが逃げていった。

 俺が開けるより早く、中から扉が開けられたのだ。


 顔を出したのは、伊織。


「「――っ!?」」


 俺と唯花は意表を突かれた。


 なぜならある意味、伊織こそが今日のラスボスだからだ。


 これまでの経験から考えるに、誠司さんと撫子さんはまず間違いなく二つ返事で送り出してくれるだろう。


 しかし伊織は違う。

 なんだかんだ最後は許してくれるだろうが、絶対にひと悶着あると俺たちは予想していた。


 だが、しかし。


「……あー、奏太(そうた)兄ちゃん。お姉ちゃんも……おかえり」


 すでに伊織の目は死んでいた。

 思いっきり虚ろな眼差しで、瞳も完全にブラックホールと化している。


 え、なんだ?

 どういうことだ?


「い、伊織、どうした? お前、様子が変だぞ?」

「冷たいアイスとか食べてお腹とか壊しちゃった? お姉ちゃん、お薬出してあげよっか?」


「いや、どうしたもこうしたもさ、聞いてよ2人とも……」


 俺と唯花が代わる代わるに問いかけ、伊織は何か答えようとした。

 だが途中で言葉が止まる。


 ブラックホールの瞳がチラリと見たのは、薬指の指輪。


 唯花が視線に気づき、俺もすぐさま口火を切る。


「ちょっと待ってくれ、伊織。先にこっちの話をいいか? 今日は如月家のみんなに挨拶に来たんだ! 俺、四月からお前の姉ちゃんと――」


「あー、あー、いいから。その辺、もうどうでもいいし」


「なん、だと!?」

「なん、ですって!?」


 俺と唯花は同時に目を瞬く。

 やっぱり今日の伊織は変だ。


 引っ越しの話はすでに耳に入ってるだろう。

 半同棲の件も察しのいい伊織なら気づいているはずだ。


 それ自体は不自然じゃない。

 おかしいのは、やはりリアクション。


 いつもの伊織なら『一緒に暮らすのはもう仕方ないけど、僕をおじさんにだけはしないように気をつけてね!? お願いだからね!?』とか言うはずだ。


 だというのに、なんだこの覇気のない姿は……。


「ど、どういうことだってばよ……?」

「伊織、やっぱり何か変なものでも食べちゃったんじゃない……? お姉ちゃん、心配だよ」


「あーまー、2人もこの後知ることになるよ……」


 いっそ面倒くさそうなほどの表情で言い、伊織は「それから」と言葉を続けた。


「お姉ちゃんのその指輪のこと、ウチのみんなもう知ってるから」


「「へっ!?」」


 俺と唯花、予想外の事態に目がまん丸。

 一方、伊織は虚ろな目のままで口を開く。


「だってお姉ちゃん、自分の部屋でドア開けっぱなしのまま、しょっちゅう指輪つけてポーズ取ってニコニコしてるし」


「えっ」

「おい……」


「たまにリビングとか庭でも同じことしてるよね? 指輪つけて空にかざして、すっごいニコニコしてるの、ちょこちょこ見かけるから」


「ええっ」

「おおーい……」


「たぶん僕らの目を盗んでやってるつもりだったんだろうけど……ぜんぜん盗めてないからね? むしろみんなで見て見ぬフリしてあげてたんだからね?」


「えっ、ええええええっ!?」

「ちょ、唯花!? 唯花さんや!? 秘密にしとこうって話だったじゃろ!? どういうことだってばよ!?」


 伊織の呆れた視線と俺のツッコミを受け、唯花は真っ赤になってあわあわしだす。


「だ、だって、だってっ」


 めちゃくちゃ恥ずかしそうな半泣きになり、直後にどっかーんっと音がしそうなほどの見事な逆ギレ。

 

「だって嬉しかったんだもーんっ! お部屋でこっそり付けてキラキラさせたいし、お部屋の次はリビングとか庭でもキラキラさせたいし! みんなに気づかれちゃうかなとは思ったけど、そのドキドキも嬉しいっていうか、止められなくなっちゃったんだもーんっ!」


 唯花が真っ赤な顔で悶絶するなか、俺は「オウ、シット……」と天を振り仰ぐ。


「これが匂わせ女子ってやつか……」

「ち、違う違う! 匂わせてないからっ、ちゃんと隠してたつもりだからぁっ!」


「いや実際、隠せてなかったからね、お姉ちゃん?」

「うぅー……っ」


 頭を抱えてうずくまる、如月姉。

 このまま如月家の序列が下がってしまいそうな勢いだった。


 まあ、考えてみれば唯花に隠し事なんて出来るはずがないし、指輪の件は如月家でとっくに周知の事実だったわけだ。


 俺がそうやって理解した傍ら、伊織が相変わらずの虚ろな目で口を開く。


「そんなわけだから奏太兄ちゃんとお姉ちゃんのことはもういいんだ。こうなることは予想してたし。そんなことより僕が心底参ってるのは……はぁ、ああもう考えたくもない」


 ……ふむ。


 なんとなくそんな気はしていたが、伊織のこのテンションは俺たちとは無関係のようだ。

 しかしそうなると、ちょっと予想がつかない。


「なあ、伊織。お前、一体何にそんなへこんでるんだ……?」

「それは……」


 答えかけた伊織だが、やおら「う、頭が……っ」と言って、本当に頭を抱えて姉の横にうずくまり始めた。


「……まさか年頃の息子がいる部屋の下でそんな……っ。いや良いんだよ? おめでたいことだし、このショックが過ぎ去ったら僕だって嬉しくなると思うんだよ? だけどさあ……本当、どうかと思うんだよ。僕、一応思春期だよ? ああもう、反抗期になりそう……」


「えーと、伊織? 何言ってんだ? 本当に大丈夫か?」

「はあ……いいや。うん、もういい。(あおい)ちゃんに電話して話聞いてもらおう」


 そう言うと、伊織は立ち上がってゾンビのようにフラフラと歩きだした。


「とりあえず僕のことはしばらくそっとしておいて……」

「お、おう、わかった……」


 二階の自分の部屋へ向かうのだろう。

 階段を上り始めた背中へ、俺は一応、一声掛けておく。


「とりあえずお前の姉ちゃんは四月から俺の隣の部屋で生活するからな?」

「はいはい、不束者(ふつつかもの)の姉ですが末永くよろしくねー……」


 すげえ軽く返事されてしまった。


 信じられん。

 これがあの伊織の姿か……?

 

 わからない。

 一体、何が起きてるって言うんだ……?


 伊織は今、リビングから出てきた。

 そこにはおそらく、いや間違いなく……誠司さんと撫子さんがいる。


 如月家に何か異変が生じている。

 あの伊織が俺と唯花の半同棲を『どうでもいい』と思えてしまうほどの何かが。


 唯花がいまだにうずくまって「匂わせ女子じゃないしーっ」と悶絶しているなか、俺はこれから向かうリビングを見つめて戦々恐々とした。


※本当は両親編まで入れるつもりだったんですが、入りきらなかったので明日も更新します。

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― 新着の感想 ―
う、う、USOだろ!!さっ、3人目だって言うのかい??あまりにも哀れだぜ、伊織君… さて気を取り直しまして、まず二人の息ぴったりな、新婚と熟年を足して割らなかった夫婦の如き会話よ…ナチュラルにイチャイ…
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