After41 ☆唯花さんはツイスター・ゲームがお好き☆
はてさて、今日も今日とて俺の家。
んで、俺の部屋である。
今、唯花は下のリビングで何やらゴソゴソしている。
たぶんまたウチのどこかからかお宝グッズを探し当てたんだろう。
『奏太はちょっとお部屋でステイ。しばし待たれよ!』
なんてことを言われたので、とりあえず自分の机のとこでステイしている。
まあ実を言えば、ちょうど良かった。
ちょっと考えごとをしたかったからな。
「さて、どうしたもんか……」
考えごとの中身はまあ、なんつーか……唯花とのことだ。
つまり指輪問題である。
去年のクリスマス。
俺は唯花に指輪をプレゼントした。
学校や如月家でつけるわけにもいかんので、もっぱら唯花はウチの三上家でだけ指輪をしてるんだが、それからというもの……。
「……恥ずい」
俺たちの間にはあれからふとした拍子に気恥ずかしい空気が流れまくってしまう。
学校とか如月家ではいつも通りなんだが、どうにもウチだと……というか、唯花が指輪をしていると、なんともふわふわした空気になってしまう。
いい加減、どうにかせねばと思ってるんだが……なんともしがたい。
そんな感じの毎日だったりする。
「うーむ……」
と腕組みで考えていたら、ふいに下の階から唯花の声がした。
「奏太ー、もーいーよー!」
「んー」
とりあえず返事をし、階下へ降りていく。
たぶんまたかき氷機とかコタツの類があると見た。
俺だってそう何度も驚かんぞ。
……がしかし、その予想を上回ってくるのが唯花だったりする。
「じゃーん! 見て見て、ツイスター・ゲーム!」
「なん、だとぉ!?」
自慢げに両手を広げている、唯花。
んで、リビングの一角に敷かれているのは、赤・青・黄・緑の丸印が描かれたシート。
ツイスター・ゲームである。
自分の頬にだらだらと冷や汗が流れていくのがわかった。
「いやいやいや、おまっ、これは……いかんじゃろ!?」
「ほえ? なんで?」
可愛く首をかしげる、ウチの彼女。
「子供の頃、一緒にやったでしょ? ほら、伊織とかまだ小っちゃかったからすぐベチャッてなっちゃって、奏太が『見本見せてやる!』って張り切ったりして」
「あー、うん、やった。確かに子供の頃やったが、あれは子供の頃だったからであってだな……っ」
確かウチの親父が冗談半分で買ってきたんだった気がする。
子供の頃は唯花の言う通り、普通の家族向けゲームとして、唯花や伊織と何度か遊んだ記憶がある。
だが、しかし!
これが年頃の男女となると、違う意味が出てくるのがこのゲームの恐ろしいところだ。
しかも今の唯花は……。
「え~、せっかく押し入れで見つけたのに! ここまで準備した唯花ちゃんの努力を無下にするというのかね、チミは!?」
頬っぺたを膨らませて、ぶんぶん手を振る、唯花さん。
その薬指にはもちろん俺が贈った指輪が光っている。
この唯花とツイスター・ゲーム……俺もちょっとまともでいる自信はないんじゃが!?
「ほれほれ、やるよー! 早く早く、ハリィハリィ!」
「だーっ、わかったわかった! わかったから押すなって……っ」
唯花にグイグイと背中を押され、結局、シートの前まで連れて来られてしまった。
そばには色を指示する羅針盤も置いてある。
指で針を回して、矢印が差した色に手や足を置かなくてはいけない。
で、姿勢が崩れて倒れたら負けだ。
「へへんっ! ついに決着の時がきたようね」
「決着?」
「そうなのです!」
唯花はなぜか仁王立ちで無意味に胸を張る。
「子供の頃、伊織はすぐにベチャッてなっちゃって、いつもあたしと奏太の決勝戦だったでしょう?」
「あー、そういやそうだったなぁ」
まだ3歳ぐらいだった伊織はすぐに負けて、べそをかいて母親の撫子さんに頭を撫でられていた。
んで父親の誠司さんとかウチの両親ズが見守るなか、だいたいは俺と唯花の一騎打ちの形になっていた……ような気がする。
「その戦績はあたしの9戦9敗! だから遥かな時を越え、この戦いであたしと奏太の戦いの決着をつけるのです!」
「待て待て待て、俺の全勝じゃねえか! もう決着ついてるじゃろうが!? どの口で堂々と決着とか言ってんだってばよ!?」
そうだ、思い出したぞ。
伊織は小っちゃかったからすぐ負けて、かと言って唯花も別に体幹が良いわけでもないから、わりと中盤でベチャッとなってた。
で、結局いつも俺の一人勝ち。
決着とはこれいかに。
しかし俺のツッコミを華麗にスルーし、唯花はわざとらしく遠い目をしてみせる。
「ふっ、時の流れは残酷ね……。あれから唯花ちゃんはメキメキと成長を果たしました。今では1キロのダンベルも『えいやっ』と持ち上げられるほど。今やもう奏太に万に一つも勝ち目はないのです!」
「いや1キロのダンベルぐらい『えいやっ』じゃなくて軽々と持ち上げていいと思うんじゃが……一体、どこから出てくるんだ、その自信は」
まあ、早々にベチャッとなってくれれば、おかしな空気にもならないか……。
………………。
…………。
……。
なんて思ってた俺が甘かった!
「にゃ~!? なにこのえっちなゲーム!? なんてことさせるの、ばかばかっ、奏太のえっちーっ!」
「いややろうって言ったの、唯花だろ!? 俺は止めたってばよ!?」
「止めてない! ぜんぜん止めてなーい! もう一度、自分の発言を思い出してみなさい!」
「なん、だと!? えーと……あ、思い出してみたらぜんぜん止めてなかったわ! 正直、すまん!」
「も~!」
えー、現在、俺と唯花は複雑怪奇な形で絡み合っている。
唯花がブリッジしており、その上に俺が覆い被さっていて、お互いの手がクロスしたり、足が絡まったりで、もう大混乱だ。
ちなみにギリギリ際どいどころには触れていない。
いや付き合ってるんだから触れてもいいんだろうが、まあなんか倫理的に……なあ?
「そもそもなんでツイスターなんてやろうって言い出したんだ!? 子供の頃の勝敗なんてもうよくないか!?」
「だ、だってだって~!」
ブリッジ状態でぷるぷるしつつ、唯花は唇を尖らせる。
「最近、2人っきりだとなんか変にドキドキしちゃうし、いつも通りに遊んだら気分も変わるかな……って」
「ああ……」
……なんてこった。
どうやら唯花も同じことを考えていたらしい。
いやそりゃそうか。
なんせ幼馴染で恋人同士だからな。
「ま、まあ、そういう空気もぜんぜん嫌じゃないんだけどね……?」
「ま、まあ、俺もそれはそうだけどな……?」
単にお互い、一歩進んだ空気に慣れてないだけだ。
それは分かってるし、別に嫌じゃないし、なんなら高揚感が心地良いとも思っている。
しかし、それはそれとして気恥ずかしい。
……と、話していたせいで、集中が切れたのだろう。
突然、唯花の腕から力が抜け、ストンッと体が落ちていく。
「わひゃあ!?」
「おっと」
そのままだと後頭部をぶつけかねないので、すかさず唯花の背中に手をまわして支えた。勢いで俺の体勢も崩れたが、すぐに肘をついて体を支え直す。
こうなるだろうと思っていたから、とくに焦ることはなかった。
予想通りの動きだ。
ただ、一つだけ予想外のことがあったとすれば――。
「あ……」
「お、おう……」
なんか俺が押し倒したような形になってしまったことだ。
ブリッジをしていたせいか、唯花の黒髪は珍しく乱れている。
頬には運動後の汗が流れていて、反射的に俺の袖を掴んだ指にはきらめく指輪。
そんな唯花と息も掛かるような距離で見つめ合う。
「えっと……」
「あー……」
お互い、カァァァァッと赤くなってしまった。
ちょっと以前なら、そのままキスしてしまうような距離だ。
でも今は……やっぱキス一つするのにもすげえ緊張する!
間違いなく唯花も同じ気持ちだろう。
それが分かるので俺は唯花を床に軟着陸させ、すぐさま体を翻して立ち上がった。
「うん、なんつーかやっぱこのゲームはよくないな! あれだ、倫理的にいかん! とりあえず片付けて、明日の授業の予習でも……っと!?」
突然、服の裾を引っ張られてつんのめりそうになった。
振り向くと、唯花がぺたんと女の子座りになって、俺の裾を摘まんでいる。
「唯花?」
「あっ、えっと……っ」
自分でも無意識の行動だったのか、俺が名前を呼ぶと、唯花はあたふたと慌て出した。
「奏太の考えてることは分かるのっ。なんとなく分かるし、あたしも同じ気持ちだし、でもそれはそれとして久しぶりにひっつけて嬉しかったし、だから……っ」
唯花は視線をさ迷わせ、床のツイスター・ゲームを指差した。
そして、つぶやく。
吹けば飛ぶような小さな声で。
おずおずと落ち着かなげに。
真っ赤になった、可愛い顔で。
「もっかいだけ……だめ?」
クラッときた。
ああもう可愛いな、こやつめ……っ。
そんな顔でそんなことを言われたら、こっちだって是非もない。
というわけで。
「じゃあ、する……か?」
「ん!」
ええ、というわけで、そのなんつーか……この後、めちゃくちゃツイスター・ゲームした!




