After40 ☆「ただいま」と「おかえり」が照れくさい☆
はてさて、今日の俺たちはまだ下校中だったりする。
1月になってかなり寒くなり、白い息を吐きながら住宅街のなかを帰宅中だ。
夏には暑さで溶けかかっていた唯花も冬はわりと元気で、今も俺の隣で得意げにアニメの話をしている。
「というわけで、唯花ちゃんはついにサザエ=サンの奥義に至ったのです!」
「まずいつからサザエ=サンは奥義なんてものが出てくるバトル物になったんだ?」
サザエ=サンというのは誰もがお馴染みの日曜の国民的アニメだ。
昭和の日常を描いたアニメなのに、奥義なんて物騒なものが出てくるはずがない。
まあ唯一、アナゴ=サンが完全体になったら分からんが……。
「あ、なんか疑ってる顔ー」
「疑ってるというか、ありえんじゃろうて」
「仕方がない。では、教えてしんぜようなのです」
「ふむ、では教えられてしんぜよう」
へへんっ、と唯花は胸を張る。
「なんとあたし、タマちゃんの真似が出来るようになったのです!」
「タマちゃん? って、あの猫のか?」
「そうそう、猫のタマちゃん!」
「奥義とは一体……」
「ちなみにアナゴ=サンの真似は裏奥義ね」
なるほど、そっちは納得できる。
有無を言わせぬ説得力だ。
「でも裏奥義は選ばれし者にしか出来ない設定だから、唯花ちゃんの場合は可愛い奥義だけなのです。じゃあ、やるよ。見ててね?」
通学鞄を俺に渡し、唯花はスカートを翻しながら前に出る。
そして、クルッと一回転。
猫の手にした両手を頭の上に掲げ、ニコッと笑顔。
「にゃ~お!」
「……っ」
お、おお……。
思わず感動してしまった。
手に2人分の鞄を持ってなかったら拍手してたところだ。
「どう? 似てた似てた?」
「うむ」
俺は重々しくうなづく。
ぶっちゃけ、まったく似てなかった。
でもすげえ可愛かったからヨシ!
なんてことをやりながら、いつも通りに帰宅した。
目の前にあるのはウチの三上家の玄関扉。
そう、いつも通りだ。
いつも通り……玄関を入るところで俺と唯花は、
「…………」
「…………」
どちらともなく無言になってしまった。
「……奏太。カギ、カギ」
「あ、ああ、そうだな」
唯花に言われ、鞄から家の鍵を取り出した。
いかんいかん、どうもこの時間になると頭が働かなくなる。
というのも……。
去年の12月……具体的にはクリスマス・イブからこっち、帰宅のタイミングになると俺たちは変に緊張してしまう。
まあ、原因は俺の発言なんじゃが……。
――俺はこれからもずっと唯花と『ただいま』と『おかえり』を言い合っていきたい。何年も、何十年も、この先ずっと……。
……なんてことをイブに言ってしまったせいで、こうして家に帰るタイミングはどうしても意識してしまう。
もちろん言ったことは本心なんだが、正直メチャクチャこっ恥ずかしい。
さらに言うと、恥ずかしくなる要因はもう一つ。
これも俺のせいなんじゃが……。
「えっと、じゃあ先……入るね」
俺が玄関の鍵を開けると、唯花が先に足を踏み入れた。
その表情はやっぱり変に緊張気味だ。
「んしょ……」
靴を脱ぎ、廊下へ。
すると唯花は通学鞄を開け、取り出したのは――指輪の箱。
俺がイブにプレゼントしたやつだ。
まさか学校で付けるわけにはいかないし、さりとて如月家で付けようものなら、伊織が泡を吹いたり、撫子さんから嵐のようにからかわれることは目に見えている。
なので2人で話し合い、ウチの三上家にいる間だけ付けることにした。
まあなんつーか、2人だけの可愛らしい秘密……みたいなもんだ。
「えっと……」
唯花が指輪を付ける。
もちろん左手の薬指に。
「……はい、おっけー」
準備できたよ、と言うように唯花がはにかむ。
……うむ。
唯花が先に家に上がって指輪を付けたので、今度は俺が『ただいま』という番だ。で、その後は唯花が『おかえりなさい』と返す。
……というようなことを最近、俺たちは毎日やっている。
これは別に話し合って決めたやり取りじゃない。
でもなんとなく、いつの間にかこういうやり取りをするようになった。
だからこそなのか、なんか……なんかすげえ緊張するんだよ!
だって、唯花がわざわざ目の前で指輪付けてるんだぞ!?
その上、わざわざ俺の『ただいま』待ちしてるんだぞ!?
こんなの平常心でいられるかーっ!
しかもである。
イブからこっち俺は『ただいま』を言おうとして、毎回噛んでしまっていた。
意識し過ぎて、どうにも上手く口が回らないのだ。
が、しかし!
毎度毎度、ガチガチになってたら格好がつかん。
今日こそスマートに『ただいま』をしてみせる。
「ゴホン」
咳払いで一拍置いた。
まぶたを閉じて、精神を集中。
呼吸を整え、カッと両目を見開く。
「唯花」
スムーズな一言目。
いける。
いけるぞ。
今日は噛まずに『ただいま』できるぞ。
と思ったんだが――。
「はい」
唯花が小さな声で返事をした。
まるで幼妻のような可愛い返事。
朱に染まった頬、潤んだ上目遣い。
薬指には、俺が贈った指輪。
あ、だめだ。
「た……っ」
思いっきり声が上擦ってしまった。
俺は赤くなって視線を逸らす。
「……ただいっま」
噛んだ。
やらかした。
すると俺の緊張が移ってしまったらしい。
唯花も声を上擦らせて、
「あっ、えとえと、お……っ」
あたふたしながら、
「……おかえりにゃさい」
噛んだ。
やらかした。
唯花はそのままカァァァッと頬を染めてうつむいてしまう。
「…………」
「…………」
頭をかく、俺。
うつむいたままモジモジする、唯花。
照れくさい。
めちゃくちゃ照れくさい。
「そ、奏太、なんか言ってよぉ……」
「え? ああ……」
話を振られたが、なんも思いつかん。
おかげでつい繰り返ししてしまう。
「えーと……た、ただいま?」
「お、おかえりなさい……って、それは今言ったでしょー?」
「や、まあ……でも何度言っても悪いもんでもないじゃろ?」
「それは……うん、そうだけど……」
どうやら唯花も話題が思いつかないようだ。
間を埋めるため、俺も靴を脱いで廊下に上がる。
すると、ちょうど目の前にいたせいか、唯花が自然な仕草で俺の通学鞄に手を伸ばした。
「あ、はい、もらう」
「ああ、サンキュ」
……あれ?
帰ってきて鞄を預けるって、なんか……夫婦みたいじゃないか?
と思った瞬間、唯花とバチッと目が合った。
俺たちは幼馴染で恋人同士。
おかげで唯花も同じように思っていると瞬時に分かってしまった。
俺たちは同時に真っ赤になって座り込む。
「「あ~~っ」」
唯花は耳まで赤くなっている。
俺も間違いなく同じ状態だ。
もう頭が沸騰しそうなくらい、照れくさい。
クリスマス・イブからこっち、俺と唯花はずっとこんな調子だったりします――。




