After39 ☆恋人たちのクリスマス☆
さて、暦は12月になった。
気温もグッと寒くなって、そろそろ今年も終わりに近づいている。
しかし、1年が終わる前にはビッグなイベントがある。
ちなみに今日は24日。
そう、クリスマスだ。
今日はクリスマス・イブである。
俺の部屋の隅にはすでにツリーも飾ってあり、電飾がキラキラと光っている。
で、俺はというと、部屋で待機を命じられていた。
唯花は5分くらい前に『ステイ。ステイよ、奏太。ぜったい覗いちゃダメだからね?』と『鶴の恩返し』みたいなことを言って、廊下に出たきりだ。
覗くなと言われれば、覗きたくなるのが人情だったりするんだが……俺は空気の読める男なので、とりあえず小テーブルの前に座ってステイしている。
「唯花ー、まだかー?」
「まーだだよー」
なるほど、まだらしい。
もう5分ほど待ってみるか。
「唯花ー、もういーかー?」
ん? 返事がない?
廊下にいるんじゃないのか?
不思議に思っていると、ドアの向こうでパタパタと足音がした。
「奏太、奏太っ」
「んー?」
「もういーかーい、って言って!」
いやそれさっき言ったんじゃが?
まあ、いいか。
俺は閉じたドアに向かって言ってみる。
「もういーかーい?」
「もういーよーっ!」
元気いっぱいのお返事である。
どれどれ、と俺は立ち上がり、ドアを開いた。
するとその途端、
「メリークリスマスー!」
「おおっ」
なんかウルトラかわゆいサンタが胸に飛び込んできた!
白いポンポンのついたサンタ帽。
肩にケープを羽織った、ミニスカートのサンタ服。
サッカーボール大のプレゼント袋もしっかり持っている。
反射的に抱き留めると、唯花サンタがめっちゃ楽しそうに笑いかけてきた。
「えへへー! どう? どう? 唯花さんの唯花サンタ! 似合う? 似合う?」
「めちゃくちゃ似合うぞ。すげえ可愛い!」
「にゃははっ。よーし、良い子の奏太君にはハグのプレゼント! ぎゅ~っ!」
手触りのいいサンタ服でぎゅ~っと抱き締められた。
うお、やば……っ!
幸せ過ぎて逆に悪い子になってしまいそうなんじゃが!?
しかしまさか聖夜にサンタさんを押し倒すわけにもいかない。
俺はサンタコスの細い体をめいっぱい抱き締め返して堪能することで、どうにか良い子状態をキープする。
「あとね、あとね! とっておきがもう一個あるの!」
「なん、だと……? これ以上のとっておきがあるのか!?」
「あるのでーす!」
ぴょんと飛び跳ねて俺の腕から出ていくと、唯花サンタは廊下の方へ戻っていく。
「じゃじゃーん!」
「なんと……っ」
持ってこられたのは、ホールサイズのクリスマス・ケーキだった。
生クリームたっぷりで、イチゴの上には粉砂糖が雪のようにまぶされている。
「これねー、こないだの日曜日に葵ちゃんとウチで一緒に作ったの!」
「へ? 作った? ってことはまさか手作りなのか?」
「えっへん、そのまさかなのです!」
「マジか。ケーキ屋のものと遜色ないぞ」
「にゃはは、もっと褒めて良いよー?」
鼻高々な唯花サンタもとい唯花パティシエ。
実際、イチゴの配置とか生クリームの塗られ具合とか、このまま売ってもまったく問題なさそうな完成度だ。
うむ、これは褒めないわけにはいくまいて。
俺はジェントルマンの顔で拍手を送る。
「素晴らしい。パーフェクトだ、唯花パティシエ。俺こと三上奏太の名において、我が人生史上最高のケーキだと断言させていただく」
「光栄であります、ジェントル三上。ぜひぜひ美味しく召し上がって下さいなのです」
唯花パティシエは胸に手を当て、恭しく礼をする。
サンタ服なので見た目は完全に可愛いサンタだが、今、その心はパティシエなのだと俺には分かる。
ちなみに伊織と葵は如月家でイブを過ごすと言っていた。なのであっちでも今頃、手作りケーキが披露されてることだろう。
「さてさて、じゃあケーキを食べる前にお待ちかねの……」
唯花サンタがプレゼント袋を引き寄せ、封を開ける。
するとなかから出てきたのは、
「はい、あたしからのプレゼント。メリークリスマス!」
「おー……!」
手編みのマフラーだった。
もっふもふで暖かそうだ。
色は某仮面のライダーがつけいそうな赤。
「奏太、たまにバイク乗るでしょ? これで冬でも暖かいかな、って」
「ありがとな。冬場は冷えるからマジ助かる」
受け取って、試しに首に巻いてみる。
「おお、ぬくい……」
「でしょー?」
「けど、いつの間に編んだんだ?」
唯花はほぼ毎日、ウチにいる。
しかもそこそこ遅くまでだ。
「夏の終わりぐらいかなー。おウチに帰ってから、少しずつ編んでったの。イブに間に合って良かったぁ。これぞ唯花ちゃんの計画性のなせる技!」
「見事なり。ほんとサンキューな。大事に使うわ」
「ううん、大事にしなくていいよ?」
「へ?」
「いっぱい使って、いっぱいボロボロにしちゃって。そしたらまた新しいの編んであげるから」
にこっと笑顔で言われて、
「…………」
ちょっと、じん……と来てしまった。
あー……マズい。
これは……いかん。
サプライズのサンタ衣装。
頑張って作ってくれた、手作りケーキ。
毎日少しずつ編んでくれた、手編みのマフラー。
正直、めちゃくちゃ嬉しい。
幸せ過ぎて、どうかしてしまいそうだ。
「唯花」
感極まってしまい、俺は可愛い彼女を抱き寄せる。
「ほえっ?」
抱き締められるタイミングだとは思っていなかったのだろう。唯花はちょっとびっくりした声で、俺の腕のなかに収まった。
うー……どうするかな。
ここはもう思いきって……いやいや、待て待て。
あー、でも、いやだけど……っ。
今、俺はめちゃくちゃ迷っていた。
というのも、今日、俺は唯花のためのプレゼントを2パターン用意しているのだ。
ひとつは1万円分の課金カード。
本来はこれを渡すつもりだった。
しかしこうも幸せ波状攻撃の乱れ打ちを受けてしまったら……もうひとつの方のプレゼントを渡したくなってしまう。
…………い、いやいや。
いやいや落ち着け、俺。
あのプレゼントはまだ早い。
やっぱり普通に課金カードを渡そう。
「奏太ー?」
抱き締めたまま悩んでいたので、唯花が不思議そうに呼んでくる。
うん、よし、そうだな。
やっぱり課金カードだ。
一度、体を離し、俺はポケットからプレゼント用の封筒に入ったカードを取り出す。
「俺からのプレゼントだ。メリークリスマス」
「おー、課金カード。いちまんえんっ!? やたーっ!」
さっそく封筒から出し、唯花は喜んでカードを掲げた。
うんうん、良かった。
やっぱりこれで正解だな。
と思ったのも束の間。
唯花はひとしきり喜ぶと、課金カードをケーキの横に置いて、両手を差し出してきた。
「はい、じゃあ次は本命のプレゼントね」
「なん!? え、なん……だと!?」
俺、硬直。
一方、唯花はすべて見透かした顔で言う。
「課金カードはいつもくれてるでしょ? せっかくのクリスマス・プレゼントで、奏太が金額あっぷしただけのカードをプレゼントにするなんて極めて不自然。つまりは」
名探偵の顔でキラッと目を光らせ、推理を披露。
「ほんとは渡すかどうか迷ってる本命のプレゼントがあって、課金カードはそのカモフラージュと見た!」
「ぐう……っ」
ズバリ的中だった。
サンタでパティシエで名探偵なんて、なんという欲張りセットなんだ、ウチの彼女は。
しかしこうなったもう逃げも隠れもできない。
というか……もう我慢ができない。
「ふう……」
「観念した?」
「した。いや……っていうか、覚悟を決めた」
「ふみゅ?」
俺は正面から唯花の目を見つめる。
「唯花」
「なあに?」
「脱いでくれ」
「ふえっ!?」
ボオッと一瞬で唯花の顔が赤くなった。
サンタ帽の白いポンポンを右に左に揺らし、思いっきりわたわたする。
「ちょ、ちょっと待って!? それ、『プレゼントはあ・た・し♡』をして欲しいってこと!? 媚び媚び笑顔とえっちめのポーズで言って欲しいの!? え、えっと……クリスマスだし、奏太がどうしてもって言うならダメじゃないけど、でもまだちょっと早いっていうか、まだケーキも食べないし……ね? ね?」
「落ち着け、そうじゃない。いやそうじゃなくない方向もありがたいんだが、どっちにしろ今じゃない。その、なんつーか……」
気恥ずかしくて俺は頬をかく。
「サンタモードの唯花じゃなくて、いつもの唯花にちゃんと渡したい……みたいな……そんな話だ」
「……?」
唯花は不思議そうに首をかしげる。
「えっと、普通の服に着替えてくればいいの?」
「ああ、頼む」
「んー、りょーかい。よくわかんないけど、着替えてきてあげる」
そう言うと、唯花はまた廊下へ戻ってドアを閉めた。
そのままトトトッと足音が遠ざかっていく。
たぶん洗面所辺りに着替えがあるのだろう。
さっき『もういーかー?』と聞いた時、返事がなかったのはその着替えと、あとはキッチンからケーキを持ってくるためだったのだと思う。
で、俺はというと、机の方へいき、横に掛けた通学鞄からプレゼントを取り出す。
本当はクリスマスに限らず、いつもこうして持っていた。
でも唯花は全力で受け取らないだろうし、常にしまってある状態だった。
それを今日は……。
「奏太ー? もういーかーい?」
「ああ、いいぞ」
ガチャッとドアが開き、私服になった唯花が入ってくる。
小さなリボンがワンポイントでついた、白のセーター。
チェック柄のスカート。
太ももまである、ニーソックス。
大変かわゆいのだが、見惚れている余裕はなかった。
それ以上に俺はめちゃくちゃ緊張している。
「えーとだな……」
プレゼントは背中に隠したまま、俺は立ち上がる。
ちょうど部屋の窓の前で、唯花と向かい合うような形になった。
「その……メリークリスマス」
我ながらまったく気の利かない言葉と共に、俺はプレゼントを差し出した。
それは手のひらサイズの小さな箱。
「え……」
まるで俺の緊張が一瞬で移ったように、唯花が固まった。
まあ、当然……だと思う。
「え、え、これ……っ」
唯花の視線が俺の顔と箱を何度も往復。
「奏太、これ……っ」
「ああ」
指輪ケースだ。
なかにはもちろん指輪が入っている。
俺がうなづいくと、唯花の慌てぶりが一気に加速した。
「だ、だってそんなっ、あたしたちまだ学生っ、こんなの、は、早……っ!」
「わかってる」
落ち着いてくれ、といういう意味で深くうなづく。
まあ、そういう俺の心臓は今にも胸から飛び出しそうになってるんだが、唯花が慌てふためてくれてるおかげで、どうにか表面上は取り繕えた。
「これは……そういうのじゃない。ちゃんとしたやつは、また……将来、渡す」
「しょ、将来……」
唯花は緊張でガチガチだった。
ぶっちゃけ、俺もまったく同じだ。
「今日、渡すこれは……正直、安物だ。俺が本当に渡したいものはもっと高くて、ちゃんとしたブランドのもので、もっと唯花に似合うやつを受け取って欲しいと思ってる」
「じゃ、じゃあ、だったら将来でも……いいんだよ?」
「ああ、俺もそう思ってる。まだ早い。将来でいい。でも……」
自分でもわかるほど、だんだん言葉に熱がこもり始める。
「我慢できなくなった」
やば、恥ずい。
顔が熱い。
「先月さ、家に帰ってきた時、2人で言い合ったろ?」
「先月……?」
「ああ」
11月のあの時のことを思い出しながら、俺は言う。
「『ただいま』、『おかえりなさい』って」
「あ……」
それは極めて普通のことだ。
ただの当たり前のやり取りだ。
だけど、胸が熱くなった。
どうしようもなく心が震えてしまった。
「俺はこれからもずっと唯花と『ただいま』と『おかえり』を言い合っていきたい。何年も、何十年も、この先ずっと……」
窓の向こうでちらほらと白いものが舞い始めた。
雪だ。
ホワイトクリスマスだ。
「そう思ったら、もう我慢できなかった。まだ早いってわかってる。こういうのは将来にとっておくべきだって俺も思う。でも、それでも……今のこの気持ちを形として唯花に受け取ってほしい」
その言葉と同時に、ケースを開けた。
現れたのは、イミテーションの石がついた、小さな指輪。
降り始めた雪と同じような白い光がキラリと輝く。
すると唯花は両手を胸の前できゅっと握り締め、瞳を潤ませた。
俺は苦笑しながら尋ねる。
「ダメか?」
途端、唯花は激しく首を振った。
「ダメじゃない! ダメじゃないよ……!」
あたし、と声が震える。
「嬉しい……。すごく嬉しい……っ」
「……良かった」
一気に力が抜けそうになった。
でもここで座り込むわけにはいかない。
俺は箱を小テーブルに置き、指輪を取り出す。
「俺が付けてもいいか?」
「……っ」
唯花が息を飲む。
そしてうなづきと共に、左手が差し出された。
「……うん。お願いします……」
サイズの心配はない。
事前に生徒会の後輩に頼んで調べてもらってある。
指輪が細い薬指の先端に触れた。
そのままゆっくりと進んでいく。
2人とも緊張し過ぎて、お互いの心臓の音が聞こえそうだった。
そしてついに唯花の薬指に首輪がはまるという、その時。
「…………」
……ああ、駄目だな、これ。
やっぱ今日は……マジで我慢ができない。
自分の限界を悟って、俺は覚悟を決めた。
言おう、と。
「唯花」
「奏太?」
もう少しで指輪が嵌まりきるというところで名前を呼ばれ、唯花の視線がこちらを向く。
この言葉は将来に取っておくつもりだった。
唯花には一度だけ言われたことがある。
でも俺からは一度も言ったことがない。
すべては将来のその時に言おうと決めていたからだ。
でも伝えたい。
どうしても今、聞いてほしい。
だから我慢なんてもうやめよう。
指輪と共に、俺はずっと温めてきた言葉を送る。
「唯花――」
雪がしんしんと降り注ぐなかで。
クリスマス・ツリーの光に照らされて。
この先もずっと一緒に生きていく恋人へ。
「――愛してる」
その瞬間、唯花の瞳から一滴の涙がこぼれた。
大きな、とても大きな喜びの涙だと、一瞬で伝わってきた。
指輪は薬指にぴったりと収まり、クリスマス・ツリーの光を反射して輝いている。
そして、
「そうたぁ……っ」
光の粒のように涙を散らし、唯花が抱き着いてきた。
「あたしも……愛してるっ!」
部屋いっぱいに涙声が響いた。
「もうっ、もう! サプライズし過ぎぃ! こんなのもらって、そんなこと言われたら、あたし……もっともっと奏太のこと好きになっちゃう! これ以上なんてないと思ってたのに、もっともっと……心の中が奏太でいっぱいになっちゃう!」
「はは、俺も今まさに唯花でいっぱいになってるとこだ。これまで以上にもっと、もっとな」
幸せいっぱいに抱き留めて、俺は笑う。
こうして抱き締め合ってるだけで、次から次に愛しさが溢れてくる。
窓の向こうにはゆっくりと降る雪。
テーブルには手作りのケーキ。
そして腕のなかには、愛しい唯花。
こんなに幸せなイブは生まれて初めてだった。
でもこの先、俺たちはもっともっと幸せになっていくんだろう。
そう確信しながら、俺は唯花の黒髪をそっと梳く。
「唯花……」
「ん、奏太ぁ……」
そうして。
クリスマス・ツリーの光に照らされて、俺たちは幸せなキスをした――。




