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After37 唯花、アルバムでめっちゃ照れる

 いやはや、やっと涼しくなってきた。

 おかげで唯花(ゆいか)が暑さで溶けることもなくなり、一段落である。


 で、今日は宿題も終わり、唯花はキッチンへお菓子と飲み物を取りにいっている。


「ふむ……」


 手持ち無沙汰でベッドの縁に寄りかかり、俺はふと思った。


 最近、唯花は我が家から色んなものを発掘してくる。

 かき氷機やらビニールプールやら、子供の頃使ってたものが目白押しだ。


「たまには俺も何か探してみるか」


 というわけで立ち上がり、部屋の外に出てみた。

 あれこれ考えつつ、階段を下りていく。


「せっかくなら、なんか唯花が驚くようなものが欲しいな」


 とはいえ、ここ最近、掃除や家事をしてくれるおかげで、この家のことは俺より唯花の方が詳しいぐらいになっている。多少は奇をてらわないと、面白いものは見つからないだろう。


「んー、奏太(そうた)、どったの? お菓子待ってられなかった?」


 俺が一階に下りてきたことに気づき、唯花がキッチンから顔を出した。

 すかさず、俺はキリッとした顔で誤魔化す。


「否、なんでも御座らぬ。お気になさるな、お嬢さん」

「左様で御座いますか。もう少しでお茶のご用意が出来ますのでお待ち下さいませ、お侍様」


「うむ、かたじけない」

「良き良きで御座います」


 お団子屋の看板娘の表情で唯花が引っ込む。


 ……ふう、とっさに武者修行中の浪人のフリをしたおかげで上手く誤魔化せたぜ。


 自分の判断力に自画自賛しつつ、宝探しに思考を戻す。

 我が家のなかで、どこか唯花の目が届いてなさそうなところは……。


「あ、そうだ。和室だ」


 手のひらを拳でポンッと叩き、俺はキッチンとは逆方向に歩きだす。


 和室の押し入れからは以前に唯花がコタツを発掘したことがある。

 ところがどっこい、ウチの和室には押し入れが二つあるのだ。


 一つ目は上下に別れた、青いタヌキ型ロボットが寝れるようなタイプ。

 

 二つ目はそのさらに上、天井側に小さな襖があって、小物を収納できるようになっている。


 そっちは唯花ではギリギリで手が届かないはずだ。俺の身長でも襖を開けるぐらいがせいぜいだが、まあその辺は男子なのでどうにでもなる。


「よしよし、いっちょやってみるか」


 和室に着いた。

 まずは一つ目の押し入れを開け、青いタヌキ型ロボットが寝る中板に足を掛ける。


 そのまま軽くジャンプし、天井側の押し入れの縁に手をかけた。バランスを取りながら二つ目の押し入れの襖を開ける。


「さーて、なんか面白そうなものはあるか……お?」


 だいたいは親父やお袋の使わなくなったバッグやら帽子やらがあるだけだった。あとは昔どっかで買ったお土産の提灯や置物があったりする。


 ……と思ったんだが、何やら本のようなものが一冊だけ押し入れの端に収まっていた。


 とりあえずそれを掴み、畳へ下りる。


「よっ……と。なんだこれ? ……アルバム?」


 ページの真ん中辺りを開いてみると、俺の幼稚園児の頃の写真が貼ってあった。


 庭で棒切れを持ち、戦隊ヒーローのようなポーズを取っている。

 その隣には俺と幼稚園児の唯花がおままごとをしてる写真もあった。


 そのまた隣には公園で一緒に砂遊びをしている写真もあって、子供たちを見守るウチのお袋と若い頃の撫子(なでしこ)さんも写っている。


 まあ、若い頃といっても、今とまったく見た目変わってないんだが。

 十数年も姿が変わらないとか、何者なんだ、撫子さん……。


「しっかし……」


 子供の頃の唯花はもう天使そのものだ。

 

 まだ伸びきってない黒髪。

 お人形さんのようにぱっちりした目。

 俺の横でコロコロと笑っている、あどけない表情。


 それだけでもとびきりの可愛いさなのに、すでに美人の片鱗も見え始めている。


「やれ、末恐ろしいことじゃわい……」


 まあ、その末恐ろしく成長した美人オブ美人な唯花は今、キッチンにいるわけだが。


 しかしこれはなかなか良いものを見つけたと思う。

 唯花がお茶を入れてくれてるし、2人でアルバムを見ながらお菓子を摘まむというのもなかなかオツだろう。


 と思っていたら、ちょうど唯花の声が聞こえてきた。


「奏太ー? どこ? 和室の方ー?」

「ああ、こっちだ」


「なんで和室? おこたにはまだ早いでしょ? まあ、おこたにミカンでぬくぬくしたいって言うなら『あたしは一向に構わん!』けども」


 麦茶とお菓子を乗せたお盆を持ち、唯花が和室に入ってくる。


 手のなかのアルバムを見せ、俺は答える。


「宝探しだ。良いもの見つけたぞ。ほら、これ。子供の頃のアルバム。唯花も写ってるぞ」

「そ……!?」


「けど、なんでこの一冊だけ和室の押し入れにあったんだろうな? 他のアルバムは確か庭の物置にあったはずだけど」

「そ、そ、そ……っ」


 刹那、唯花の表情が変わるのが目の端に映ったが、俺はアルバムの方に目をやっていて、とっさに反応できなかった。


「それはダメぇ――っ!!」

「ぬわぁ!?」


 超音速ジェット機もかくやという速度で唯花が突っ込んできて、アルバムをスティールされた。


 唯花はしゅばっと見事な受け身で畳に転がり、俺から奪ったアルバムを抱き締める。


 それはいい。

 ワケが分からんが、いいとする。


 問題は唯花が持っていた、お盆と麦茶とお菓子が優雅に宙を舞っていることだ。


「うおおおっ!?」


 俺も超音速ジェット機になってダイブ。

 

 空中でコップを掴み、自由落下を始めていた麦茶をナナメ横の一閃で回収。

 一瞬、コップから手を離して今度はクッキーとチョコの数々をからくも皿でキャッチ。


 さらにもう一度手を離して、今度はお盆を掴み、落ちてきたコップと皿をそこに軟着陸させた。


「あ、危なかった……っ」


 唯花が放り投げた諸々をなんとか助けられた。

 

 すげえな、俺!

 自分で自分を褒めてやりたい気分だ!


 ぜえぜえと肩で息をしながら、心のなかで絶賛。

 どうにか呼吸を整え、まだアルバムを抱き締めている唯花の方を向く。


「とりあえず、どういうことだってばよ!?」

「どうもこうもないでしょー!」


 こっちも動揺しているが、なぜか唯花はもっと動揺していた。


「な、なんで奏太がこのアルバム持ってるの!? わざわざキッチンの椅子持ってきてまで、上の押し入れに隠してたのにー!」


「へ? 隠してた? 唯花がそこの押し入れに入れたのか?」

「そうだよー! なのに勝手に出したりして、奏太にはデリカシーという概念がないのですかー!?」


「や、待ちたまえ、お嬢さん。ここ、俺の家。それ、ウチのアルバム。なのに勝手に出すとは一体……」


「奏太の物はあたしの物! あたしの物は奏太の物! だからこのアルバムもあたしの物! 1万年と2000年前からそう決まってるのです!」

「出たな、久々のユイカニャズム……」


 本家のジャイアニズムも真っ青である。


 しかしどうやら唯花はこのアルバムの存在を最初から知っていたらしい。まあ、ウチのことは唯花の方が詳しいからそれは不思議じゃないが……わざわざ隠してたっていうのはどういうことだ?


 いや答えはおそらくシンプルだ。

 アルバムということは――。


「そのなかの写真に何か秘密があると見た」

「ぎくっ」


 唯花の細い肩がビクッとする。

 うむ、なんと分かりやすい反応か。


 俺はお盆をコタツテーブルの上に置き、颯爽と振り返る。


「さて、唯花さんや」

「だ、だめだめ! これはぜったい見せてあげない!」


「おおっと、こんなこともあろうかと常備していた唯花用の課金カードを落としてしまった」

「にゃ!? あたし用!? ってことは、もらっていいのね、そうなのね!」


「ということで華麗にスティール!」

「わひゃあ!?」


 課金カードをわざと落とし、唯花がマタタビを我慢できないネコさんのごとく飛びついたところで、すかさずアルバムを奪い返した。


「ふむ、どれどれ?」

「あー、だめだめ! だめだってばー!」


 唯花がカードをがっちり掴んだまま、ぴょんぴょんして邪魔しようとしてくるが、もう遅い。


 俺は素早くページをめくり、生徒会で鍛えた速読スキルで一瞬にしてアルバムの全容を把握する。そして気になるものを見つけた。

 

「ん? なんだこの写真?」

「あーっ!」


 唯花が絶望的な声を上げ、俺の肩におでこをグリグリしてくる。


 どうやら当たりらしい。

 唯花はこの写真を見られたくなかったのだ。


 しかし……。


「……俺、こんな写真知らないぞ?」


 それは幼稚園児の俺が昼寝している写真だった。


 たぶん遊び疲れたのだろう。リビングに子供用のミニマットレスが置かれ、そこで半袖半ズボンの俺が寝ている。


 だがそれで終わりじゃない。


 マットレスの左側には同じく幼稚園児の唯花がいた。


 ネコさん柄のシャツにミニスカート姿。

 おそらく俺と遊んだ後だろう。


 ただ唯花の方は起きていて、俺のほっぺたに――チューをしていた。


「にゃあああ! とうとう見られちゃったぁぁぁぁ……っ」


 で、現在の唯花はというと、なぜか畳の上でゴロゴロ転がって悶絶している。


 もう、ものすごいゴロゴロっぷりだ。

 和室の端から端まで、全力全開でローリングしている。


 や、本当、どういうことだってばよ?


「なんなんだ、この写真?」

「幼稚園の頃の写真だよ! 見れば分かるでしょー!」


「いやでも俺、こんな写真知らないぞ?」

「そりゃ、あの時の奏太はお寝んねしてたし、今の奏太は普段アルバム見返したりもしないでしょー! 知ってるわけがないのです!」


 ううむ、確かに。

 とりあえず、「どうどうどう」と言い、唯花の進行方向に座り込む。


 ローリング中だった唯花は遠慮なく俺に激突し、「あうー」と嘆きながらどうにか停止した。


「その写真、ウチのお父さんが撮ったものなの」

誠司(せいじ)さんが?」


「そう。あの時、奏太が先にお寝んねしちゃって、あたし、奏太のほっぺたをぷにぷにして遊んでて、そしたらお母さんと奏絵(かなえ)おばさんになんか『ちゅーしちゃえ』って囃し立てられて、幼気(いたいけ)なあたしはあんまりよく考えないまま……」


「あー、なるほどー……」


 奏絵(かなえ)おばさんというのはウチの母親のことだ。

 撫子さんと合わせて、母親コンビは大変に性質(たち)が悪い。


 当時の唯花が乗せられてしまった状況はありありと目に浮かぶ。


 おそらくはウチの親父も一緒になって囃し立てたことだろう。

 で、誠司さんがカメラを構えているところで……。


「ほっぺにチューしちゃったわけか」

「はい、そうなのです……」


 両手で顔を隠し、唯花は真っ赤になってぷるぷる震えている。


「ウチにも同じ写真があって、そっちは中学生の時に見つけてアルバムから回収したの。もしかしたら奏太の家にも焼き増しがあるかも、って思ってたけど、先月、本当に見つけた時は冷や汗が流れ過ぎて水柱になっちゃう、って思いました。あたし、蟲柱さん推しなのに……」


「よく分からんがそれは難儀だな」

「難儀なのです。生殺与奪の権を他人に握らせられなくなっちゃう……」

「それは握らせちゃいかんだろう」


 しかしなぁ、と俺は頭をかく。


「別に……今さら恥ずかしがらなくてもいいんじゃないか? ちょっと前ならともかく、今はその、なんだ、俺と……付き合ってるわけだし」


「ぜんっぜんよくなーい!」

「おわっ」


 がばぁっと唯花が起き上がってきて、びっくりした。

 課金カードを握った手をブンブンさせて反論してくる。


「中学生の時のあたしの気持ちを考えなさーい! 小学生の時はともかく思春期に入ってからは『あの写真が奏太のウチにもあったらどうしよう。奏太が見ちゃたらどうしよう』って気が気じゃなかったんだから! 何度、夜中にお布団の上をゴロゴロしたことか!」


「な、なるほど。それはすまんかった」


 どうやら唯花の中ではあの写真は黒歴史らしい。

 どうどうどう、とまた唯花をなだめにかかる。


「けど、よく幼稚園児の時のことなんて覚えてるな」

「そ、それは……」


 突然、唯花の勢いが無くなった。

 ブンブンしていた手を止め、体育座りをしてしまう。


 膝の上から目だけを見せ、ちょっと拗ねた表情で。

 頬を赤くして、唯花はつぶやく。



「奏太との大切な思い出は、ぜんぶちゃんと覚えてるもん……」



 おおう。

 いきなりなんて可愛いことを言うんだ、こやつは。


「そ、そっか……」

「……うん」


 気恥ずかしくなったのか、唯花はさらに膝小僧に顔をうずめる。

 一方、俺も頬をかいて明後日の方を向く。


 なんか思いのほか良い雰囲気になってしまった。


 ただこれなら唯花の黒歴史を白く浄化してやれるかもしれない。


「さっきの写真、改めて2人で見てみないか?」

「え?」


「だって、あの写真も大切な思い出だろ?」

「う、うん……それはそう」


「そんな思い出を仲間外れにしたら可哀想だしさ」

「えー、でもぉ……」


 唇は尖らせつつ、しかし満更でもなさそうだった。

 唯花は俺の手からアルバムを取っていくと、自分だけ見えるようにページを開く。


 で、一緒に見てくれるのかと思ったら……。


「んー、やっぱナシ!」


 パタンッとアルバムを閉じた。


「なん、だと……?」

「だって恥ずかしいんだもーん」

「ほほう? だったら実力行使だ」


 俺は唯花に覆いかぶさるようにしてアルバムを奪いにいく。


「にゃ~! だめだめ、奏太のえっち~!」

「なにがえっちだ。ほれ、アルバム開くぞ」


 唯花がキャッキャしながら逃げようとするので、それを押さえつけてアルバムを開きにかかる。


 すると、そうはさせじと唯花が転がり、2人で畳に寝転ぶような形になってしまった。


 ん?

 この格好はもしかして……?


「もう~、奏太のいじわるぅ。いじめっこはメッなんだから~」


 バンザイのように腕を上げてアルバムを渡さないようにする、唯花。

 

 思い至った俺は、その頬に……ちょっと唇を当ててみた。


「ふぇっ!?」


 いきなり頬にキスをされ、唯花は目を見開く。


「な、なんで? なんでいきなりほっぺにチュー……?」

「いや、その……」


 さすがに恥ずかしくなり、俺は寝っ転がったまま目を逸らす。


「なんか……あの写真と似たような体勢だし、これで唯花の黒歴史も浄化されるかな、と……。俺も2人の思い出は大切にしたいし……」


 うわぁ、我ながらなんつーことを。

 本当に恥ずかしくなってきた。


 しかしそれは唯花も同じだったらしい。

 キスされた頬に手で触れ、顔がかぁーっと赤くなっていく。


「も、も、もう! 奏太はもう~! ……こんなことされたら黒歴史がピンクなイチゴ味になっちゃうでしょ~っ!」


 いやピンクはなんか違うじゃろ。

 あとイチゴ味ってのもよく分からんぞ。


 でもどうやら浄化は出来たらしい。


 唯花は真っ赤な顔を俺の胸にうずめてきて、「う~みゅ~っ!」と足をパタパタさせている。


 俺はその頭をポンポンと撫でながら、自分の気恥ずかしさが落ち着くのを待った。


 とりあえず。

 好きな子にキスされても寝たままだった幼稚園児の頃よりは、俺もちょっとは成長できたかもしれない――とか思った。

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― 新着の感想 ―
唯花さん、最初から最後まであまりにもかわゆいがすぎる!!ピョンピョン跳ねてもおでこグリグリしても床ゴロゴロしても手をブンブンしても、ありとあらゆる所作が可愛いとか反則では??もはやタイトルからしてかわ…
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