After35 唯花、スイカ割りでギュ~ッされる
さて、8月である。
先月に引き続き猛暑も猛暑。
というわけで……。
「あ~つ~い~……」
今日も今日とてウチの彼女は溶けかかっている。
炎天下の通学路。唯花は俺にもたれかかって、今にもHPが0になりそうだ。
「ほれ、もうちょっとで家だから頑張れ」
「あ~う~、唯花ちゃんがんばりゅ~……」
「よしよし、偉いぞ」
最近、帰り道はほぼ毎日こんな感じである。
世間は夏休みなんだが、俺が生徒会の仕事でちょいちょい登校しなくちゃならず、唯花もついてきて、結果、だいたいこの有様だ。
うーむ、太陽さんもそろそろ手加減をしてくれないと、唯花が本当に溶けてアイスになってしまうぞ。
「う~、唯花ちゃんアイス新発売~……」
唯花も同じことを考えていたらしい。
さすがは幼馴染である。
「発売直後から溶けてそうだけどな」
「じゃあ、奏太が自主回収しといて~……」
「大赤字確定じゃないか……」
なんて話をしているうちにどうにかウチの三上家に着いた。
玄関を開けると、タイマーにしておいたエアコンの冷気がふわりと届く。
途端、唯花はシャキッと元気を取り戻した。
「にゃっ! 唯花ちゃんアイス、発売再開!」
「そりゃ良かった。でも今日の主役はアイスじゃないぞ?」
そう言い、俺は左手を掲げてみせる。
ビニールネットに包まれ、ぶら下がっているのは、スイカである。
学校の園芸部が育てたもので、今年は大量だったらしく、生徒会におすそ分けしてくれたのだ。
しかも、最初はダンボールいっぱいの量だった。
生徒会の後輩たちと1玉食べ、各部活や先生たちにも配り、それでも余ったのでこうして1玉引き取ってきた。
冷やしておけば、まだ当分食べられるだろう。なんなら唯花を家へ送る時に如月家に差し入れしてもいい。
と思っていたんだが……。
「にゃるほど、今日の主役はスイカさん。そういうことなら、やることは一つなのです」
玄関で靴を脱いだ唯花が何やら仁王立ちでウンウンと頷いている。
俺が「どういうことだ?」と首をかしげると、唯花はカッと目を見開き、声を張り上げた。
「今からスイカ割りを開催しまーす!」
「なんでそうなる!?」
小学生じゃあるまいし、高校生にもなってスイカ割りもないってばよ。
「だって今日の主役はアイスじゃない、って奏太が言ったんだし? だからスイカ割り」
「逆に聞きたいんだが、アイスが主役だったらアイス割りが開催されるのか?」
「チミは何を言っているのかね? アイスが主役だったら、バケツサイズのアイスを作るに決まってるじゃない」
「お、おお……」
当たり前のようにお返事され、俺、戦慄。
バケツサイズのアイスなんて唯花は絶対に食べきれない。
間違いなく最後は俺が処理することになる。
そんなの絶対に腹を壊す。
バケツサイズのアイスを食べることになるくらいなら、スイカを割る方が100倍いい。
俺は諦めてうな垂れた。
「……わかった。スイカ割りしよう」
「うむ! いいお返事なのです!」
満足そうににっこり笑顔。
くっ、可愛いな、ちくしょう。
こんな笑顔を見せられたら、スイカ割りでもなんでもやってやろう、という気になってしまうぞ。
というわけで、唐突にスイカ割りをすることが決定された。
まあ、唯花の思いつきはいつものことなので、並んで廊下を歩きつつ、俺は水を向ける。
「しかしスイカ割りするとして、どこでやるんだ?」
普通は庭先でやるんだろうが、この暑さである。
エアコンの効いている家から出たら、唯花はまた溶けてしまうだろう。
「ふっふーん、もちろんちゃんと考えがあるから、だいじょーぶ! 唯花ちゃんにまっかせなさい!」
「なんかそこはかとなく嫌な予感がするんじゃが……」
そして15分後。
俺は目の前の光景を見て「あー……」と呆れ半分で納得した。
ここは1階のリビング。
ソファーやテーブルは軒並み壁際に移動させ、床一面にブルーシートが敷き詰められている。
その真ん中で両手を広げ、唯花はドヤ顔。
「ね! これなら涼しいなかでスイカ割りできるでしょ?」
「まさかスイカ割りのためだけにここまでするとは……」
「ふふん、お外が暑いなら中で遊べばいいじゃない!」
「なんというユイーカントワネット……」
フランス革命もびっくりの発想である。
ちなみにソファーやテーブルを移動させたのはもちろん俺だ。
床に敷き詰めたブルーシートは唯花が屋根裏から引っ張り出してきた。コタツ、かき氷機に引き続き、唯花が休日に我が家を宝探しして見つけたものだ。
子供の頃も唯花や伊織とスイカ割りをしたので、たぶんその時に使ったものだろう。もちろん当時はリビングじゃなくて庭だったけどな。
「じゃあ、まずは奏太からね? 目隠しするから後ろ向いて。早く早く、ハリィハリィ!」
「へいへい」
木刀を渡され、後ろからタオルで目隠しをされた。
ちなみに木刀も宝探しの発掘品で、俺が小学校の遠足で買ってきた日光のお土産である。
「えっとねー、もうちょっと右! あ、行き過ぎ! 左、左っ。んー、もうちょい! あ、上もあるよ! 対空も意識して!」
「対空ってなんぞ!? 格ゲーなのか、このスイカ割り!?」
「そこ! 今だ、奏太の超必殺技が炸裂!」
「待て待て!? 自宅で超必殺技なんて撃たないからな!?」
とりあえず目の前には来たらしいので、木刀を振り下ろした。
ポスッと気の抜けた音が響く。
ぜんぜんスイカの感触じゃない。
「んん?」
不思議に思って目隠しを外すと、ソファーのクッションだった。
ソファーがあるのは壁際だ。
部屋の真ん中のスイカとは逆方向である。
すると、スイカの近くで唯花がにぱーっとわざとらしく笑う。
「あちゃー。奏太、惜しいっ」
「いや惜しくないんじゃが!? ぜんぜん違う方向に誘導してたろ!?」
「シテナイ、シテナイ、ぜんぜんシテナイよ?」
「なんという棒読み……! こやつ、まったく隠す気がない……っ」
「だってー、奏太ってば7000万パワーあるでしょ? スイカにジャストミートしたら一回で割れちゃうじゃない。それじゃつまんないもん」
「7000万パワーって人をマッスル・スパークを極めた超人みたいに……」
いくらキン肉族の王子でもスイカ相手に奥義は使わないと思うぞ?
「ほら、次はあたしの番っ。目隠しして、目隠し!」
「へいへい」
ぴょんぴょん跳ねながらこっちに来たので、俺が巻いていたタオルを今度は唯花に巻いてやる。
「くくくっ、今宵のエクスカリバーはスイカに飢えているのです……」
「嫌だな、そんな聖剣」
血に飢えているんじゃなくて、果汁に飢えてるのか。
あと俺の木刀、エクスカリバーだったのか。
「ね、早く誘導して、早く!」
「了解、了解。とりあえず真っ直ぐだ」
取り急ぎ最初はちゃんとスイカの方向を教えてやったが、さて、どうしたものか。
さっきの仕返しにソファーの方へ誘導してもいい。なんならリビングを出て、廊下に連れてっても面白いかもしれん。
ただまあ、それも大人げないか。
しゃーない、ここはちゃんとスイカに誘導してやろう。
「えーと、左。ああ、ちょい前過ぎる。少し戻れ。んで右に角度調整。いいぞ、その辺りだ」
「え、ほんと? いい感じ? 唯花ちゃん、天才?」
「天才、天才。そのまま振り下ろしてみ?」
「よーし……如月の呼吸、すーぱー唯花ちゃん斬!」
いや鬼を滅する呼吸を使うんかい。
エクスカリバーはどこ行った?
果汁に飢えてたのに飲ませてやらないのか、かわいそうに。
とツッコむ暇もなく、唯花が木刀を振り下ろす。
そして。
――ぽっこーん。
なんとも間の抜けた音が響き渡った。
Oh……と俺は思わず頭を抱え、一方、唯花は目隠しをしたまま、聞いてくる。
「割れた? 割れた? すーぱー唯花ちゃん斬、最強だった?」
「いや……残念ながら威力不足だ。スイカの耐久力が技の精度を上回ったらしい」
唯花の木刀は確かにスイカに当たった。
しかしヘロヘロな振り下ろしだったので、普通にスイカに弾かれてしまったのだ。
「そんな……!? 課金が足らなかったというの!?」
「落ち着け。木刀の威力は課金では上がらないんだ。ソシャゲの限界突破とは違うんだ」
「え~、でもすーぱー唯花ちゃん斬で割りたい~!」
「と言ってもなぁ……」
唯花の腕力じゃあ、何度やってもスイカは割れないだろう。
むしろ無茶して足でも打ってしまったら大変だ。
「なんとかしてよ、ソタえもん~!」
「……しょうがいなぁ、ゆい太くんは~」
やれやれ、だったら奥の手だ。
俺はのぶ代さん風の声で応えて、唯花の後ろへと回り込む。
「ちゃんと木刀持ってろよ?」
「へ? ……ふえっ!?」
俺は後ろから唯花を抱きかかえるようにし、木刀を握る手に手を重ねた。
「な、何してるの、奏太!?」
「何って奥の手だ、奥の手。俺も一緒にエクスカリバーを振り下ろしたら7000万パワーだろ?」
「あ、にゃるほど……って、だったら一声掛けてよ! 今、あたし目隠ししてるから、いきなりギュッてされたらびっくりしちゃうじゃない!」
「あー、そっか。すまんすまん」
「も~っ」
唯花は頬っぺたを膨らませてお怒りだ。
確かに見えてないと驚くかもな。反省である。
しかしそれはそれとして名案だと思う。
今、俺たちは一緒に木刀を握ってる状態だ。唯花が振り下ろすタイミングで俺も力を入れれば、難なくスイカは割れるだろう。
「ほらやるぞ、すーぱー唯花ちゃん斬。振り上げてみ?」
「う、うみゅ……」
……ん?
なんか唯花の反応が芳しくない。
お怒りが持続している……というわけでもなさそうだ。何やら困っているような、戸惑っているような雰囲気である。
で、気づいた。
耳が赤い。
俺の視線のすぐ先にある唯花の耳が朱色に染まっていた。
「もしや……照れてる?」
「にゃっ!?」
ネコミミがピコーンッと立ったような勢いで髪が舞い、唯花が振り返ってくる。
「て、照れてないもん! 目隠ししてるから奏太をいつもより近くに感じて照れちゃってるなんてこと、ぜんぜんないんだからね!」
「お、おお、そうか」
「そうなのです!」
お手本のようなツンデレ台詞の勢いに押されてつい頷いてしまった。
しかしそうか、照れてるのか。
……むう、かわゆい奴め。
「はい、仕切り直し! 奏太も構えて。じゃあ、スイカ割るよ? いい?」
「う、うむ」
「せーのっ」
いかん、我慢できん。
唯花が木刀を振り上げようとしたところで、俺は手を離し、思わずギュッと抱き締めてしまった。
「ふえっ!?」
ピクッと肩を揺らしてびっくりしてしまう、細い体。
当然ながら俺の腕が邪魔で唯花は木刀を振り上げられない。
「な、なんでギュッてするの~!?」
「いや、そのつい……」
「これじゃあ……スイカ割れない~」
ごもっともである。
しかし唯花の抗議も甘い声なので、さらに照れているのが分かる。
もはや抱き締めるなという方が無理な話だ。
むしろさらに腕に力が入ってしまう。
「ふあっ!? なんかもっとギュッってしてきた~!」
「大丈夫だ。これでもスイカは割れるはずだ。頑張れ、いっぱい頑張れ」
「が、頑張ってもむり~……」
唯花は手首だけで木刀を振ってみせる。しかし、ぽこんぽこんっと面白い音がするだけで、一向にスイカが割れる気配はない。
「ほらぁ、ぜんぜん割れないぃ……」
「だな。じゃあ、そのなんだ、もう少し……このままでいるしかないな」
「え~」
困ったような声を上げる、唯花。
しかし表情は困っていなくて、すでに耳どころか頬まで赤くなっている。
「もう少しこのままって……どれくらい?」
「スイカが割れるまで……とか?」
「でもスイカ割れないよ?」
「だな。困ったもんだな」
「困ったもんなのは奏太なのです。ほら手伝って。スイカ割りなんだから、スイカは割らなきゃ」
「むう……しゃーない。わかった」
改めて唯花の握った木刀に手を添える。
最初に握った時よりも体が密着していて、ハグ状態は継続中だ。
一緒に木刀を振り上げ、振り下ろす。
しかしぽこんぽこんっとまた面白い音が鳴るだけだった。
ぶっちゃけ、俺も唯花もぜんぜん力を込めてない。
「もう~、ぜんぜん割れない~!」
「くっ、なんて硬いスイカなんだ。オリハルコンで出来てるんじゃないか?」
「奏太が力入れてないだけでしょ~! 真面目にやってってば~!」
「やってる、やってる。任せろ、次は火事場のクソ力でやるから」
「ほんとー?」
「本当だ。すごく本当だ」
ぽこんぽこんっ。
「ぜんぜん真面目にやってなーい!」
「馬鹿な。なぜ割れないんだ!?」
「わざとらし過ぎ! もう~、どれだけ唯花ちゃんをハグしてたいの……?」
「いやそれは……ほら、お互い様だろ?」
「お、お互い様じゃないもん。あたしは真面目にスイカ割りしようとしてるも~ん!」
「そうかぁ?」
「そうだよ~!」
と言いつつ、ぽこんぽこんっ。
結局、その後もしばらくハグ状態でスイカをぽこんぽこんっし続けた。
スイカさんにはちょっと申し訳ないが、唯花とのスイカ割りが楽しくて、どうしてもやめられなかった。
あ、もちろん最後はちゃんと割って、2人で残さず食べました。
夏はやっぱりスイカ割りだな、うん。




