After34 奏太、かき氷でキス焦らしされる
さて、七月である。
先月もだいぶ暑かったが、ついに本格的な夏到来。
まあ、俺は暑さには強い方なんだが……ご想像の通り、唯花はまったく逆だったりする。夏の暑さは元・引きこもりの天敵だ。
「あ~つ~い~……」
「まあな、夏だからな」
「奏太~、ちょっと太陽さんを木っ端ミジンコちゃんにしてきて~……」
「無茶言うな!? それに太陽さんを木っ端ミジンコちゃんにしたら、今度は氷河期まっしぐらだぞ!?」
あと木っ端ミジンコちゃんって一体なんだ?
「ほら、もう家着くから。もうちょっとだけ頑張れ」
「あ~う~、唯花ちゃんがんばりゅ~……」
「よしよし、偉いぞ」
ちなみに今日はまだ下校中だ。
ぐんにょりモードな唯花に寄りかかられ、どうにか運んでいる最中である。
「ちなみになんだが、唯花さんや」
「なんじゃほい、奏太さんや~」
「至極常識的な問いなんだが……暑いならくっつかない方がいいのでは?」
唯花は俺にしな垂れかかり、がっつり密着している。おかげで暑さが倍になってるような気がしなくもない。
「む~り~……暑さで失った体力をソウタニウムの補給で辛うじて回復してるの。常識で考えれば分かるでしょ~……?」
「な、なるほど、常識とは難しいな」
そうこうしているうちにどうにかウチの三上家に着いた。俺は右手で唯花の腰を抱きつつ、左手でポケットをまさぐって家の鍵を取り出す。
「ほれ、到着だ」
「う~、ただいま~……」
「おかえり。あとちょっと頑張れ。今日はかき氷作るんだろ?」
「にゃ! そうだった!」
かき氷と聞いた途端、シャキッと元気を取り戻した。玄関を開けてエアコンの冷気が来たのも良かったのだろう。こんなこともあろうかと、リビングのエアコンをタイマーにしておいたのだ。
「奏太、早く早く! かき氷があたしたちを待ってるよ!」
「へいへい。元気になってくれて何よりだ」
唯花はローファーを脱いで廊下をぱたぱたと駆けていき、俺は2人分の通学鞄を持ってのんびりとその背を追う。
先月、和室でコタツを発見してからというもの、唯花は『他にも何か宝物があるかも!』と我が家のあちこちを探検し始めた。
当然、俺も付き合わされ、キッチン棚の奥からかき氷機を発見したのが昨日のこと。
たぶん子供の頃にウチで使ってたものだろう。なんとなく小学生の頃に唯花や伊織とかき氷を作って食べた記憶がある。
で、今日は早速かき氷を作ってみよう、という話になっていた。専用のカップで昨日のうちから氷は作ってあり、シロップも唯花が手作りで用意してある。
「上手く出来そうか?」
「もっちろん! あたしを誰だと思ってるのかね? 巷で有名な『氷の呼吸』の氷柱とはあたしのことなのです!」
「オーケー、微妙にいそうな柱はやめておくんだ。あと刀の代わりにシロップの瓶を構えても格好良くないからな?」
ちなみにシロップの瓶はオリーブオイルの小瓶を洗ったものなので、それを構えてキリッとキメ顔されても何がなんだかである。
で、冷蔵庫から氷を取り出し、唯花がかき氷機で「ごーり、ごーり♪」と削っていく。数分後、ガラスの器に盛られた、2人分のかき氷が完成した。
「でけたーっ!」
「おー、でけたな」
キッチンテーブルに並んで座り、唯花は大喜びでバンザイし、俺はパチパチと拍手を送る。
ちなみに唯花のかき氷はイチゴ味、俺の方はレモン味だ。ジュースをもとにして、それぞれイチゴとレモンの果肉も入っている。手作りでここまで作れるのだから、実際大したものだと思う。
「んじゃ、いただきます」
「召し上がれ! あたしもいただくーっ」
スプーンですくって口に運ぶ。
シャクッと心地良い舌ざわり。
レモンジュースの甘みと果肉のわずかな酸っぱさが味わい深い。
氷の冷たさも最高だ。つい二口、三口と連続で食べてしまう。すると、キーンッと頭に響いてきた。
「おうっ」
「わひゃあ!?」
どうやら唯花も同じだったらしく、同時に頭を抱えた。
それが面白くて、顔を見合わせて笑ってしまう。
「同じことやってるな、俺たち」
「なんか子供の頃もこうじゃなかったっけ?」
「あー、そうだった気がするな」
「いくつになっても変わらんのです」
小学生の頃も一気に食べて、俺たちは同時に頭がキーンッとなっていた。確か伊織だけはゆっくり食べてそれを回避し、俺たちを『あーあ』という顔で見てた気がする。
「あ、奏太、お口が黄色くなってるかも」
「え、そうか?」
「そうそう。舌、れってしてみて。れって」
「れ」
「黄色い~!」
舌を出して見せると、唯花がにゃはにゃは言ってはしゃいだ。どうやらレモン味のシロップで黄色くなってるらしい。
「あたしはあたしは?」
「れってしてみ?」
「れっ!」
「おー、イチゴ色になってるぞ」
唯花の舌もいつもより真っ赤になっていた。やっぱり舌がシロップ色になるのは、かき氷を食べる時の醍醐味だよな。
そういえば、子供の頃もこうやって舌を見せ合った気がする。
うんうん、懐かしいな。
……なんて思っていたら、いつの間にか見つめ合うような形になっていた。
「……あ」
唯花も気づいたらしい。
いつの間にか、俺と見つめ合っていることに。
とくに意味もなく、俺たちは視線を交わし続ける。
何か意味があって見つめ合っているわけではないけれど、恋人同士なので視線を外す理由もこれといってない。
そうして数秒もすると……。
「…………」
「…………」
なんとなく、これからキスをするような雰囲気になった。
恋人同士とは不思議なもので、意図せずにこういう空気になる瞬間がある。
当然、こういうことは子供の頃にはなかった。
唯花と付き合っている今だからこそだ。
ちょっと照れくさく思いつつ、俺は隣の唯花の腰へ手をまわす。
「唯花」
「あ……う、うん」
唯花も照れた顔でうなづき、こちらに顔を向けてまぶたを閉じた。
ゆっくりとお互いの顔が近づいていく。
そして――……。
「あ、やっぱナシ!」
「なっ!?」
唇が触れる直前、ふいっと避けられてしまった。
「ナ、ナシってどういうことだってばよ!?」
「えー、だってー」
唯花はスプーンでちょこんと唇を隠して、もじもじする。
「チューはしたいけど……今したらイチゴ味がイチゴレモン味になっちゃうもん」
「……お前は何を言っているんだ?」
ワケがわからず、思わず格闘家のような真顔になってしまった。
一方、唯花は椅子の上で足をぱたぱたさせる。
「だって、だってー! 今はかき氷のイチゴ味を堪能してるのっ。ここにレモン味を足しちゃったら、イチゴ味の妖精さんに申し訳ないのですっ」
「よく聞くんだ、お嬢さん。イチゴ味の妖精さんなんてものはこの世に存在しない。哀しいけど、これが現実なんだ」
俺は理性さんを総動員して言い聞かせる。
そうだ、イチゴ味の妖精さんなんていない。
理性さんはいるけどな。
「んー、ほんと? 妖精さん、いない?」
「いない、いない」
「そっか。じゃあ……」
もじもじしつつ、唯花がクイッとこっちを向いた。
そのまぶたはすでに閉じられている。オッケーのサインだ。
桜色の唇はイチゴ味のシロップでいつもより赤みを増していた。
正直、魅力がヤバい。
どうしてもここに触れたいと思ってしまう。
「唯花」
細い腰に手をまわし、俺はそっと近づき、そして――。
「んー、やっぱナシ!」
「ちょお!?」
またもやふいっと避けられてしまった。
勢い余って、俺は椅子の上でつんのめる。
と、そんなオーバーリアクションな俺を見下ろし、唯花が可愛らしく小首をかしげる。
「んー?」
イチゴ味の唇に、にやにや笑いが浮かんできた。
「奏太、そんなに唯花ちゃんとチューしたいのー?」
……しまった。
唯花のからかいスイッチがオンになり始めている。
「そっかそっかぁ。奏太くんは唯花ちゃんとチューがしたくて、したくて、しょうがないのね、そうなのねー?」
「ぐ、ぐぬぬ」
「していーよ♪」
はいどうぞ、とばかりに前のめりになってくる。
しかし、もう騙されんぞ。
「また直前で避けるんだろう? そうなんだろう?」
「避けない、避けない。ちゃんと受け止めてあげるから」
「本当か?」
「本当です。すごく本当です」
「むう……」
疑心暗鬼になりつつも、イチゴ味の唇の魅力には逆らえない。
警戒しながらじりじりと俺は顔を近づけていく。
唯花が動く様子はない。
あと3センチ。
あと2センチ。
あと1センチ。
唯花は……まだ避けない。
これは、いけるのか?
と思った瞬間である。
「スプーンバリアー!」
「むぐう!?」
お互いの唇の間に、光の速さでスプーンが割り込んできた。
避けるのかと思いきや、まさかの防御。
俺こと李白の目を持ってしても見抜けなかった、見事な戦術である。
「にゃはは、唯花ちゃんの勝ちー!」
「ちくしょう、負けたーっ! っていうか、俺の舌がイチゴレモン味になっちゃったんじゃが!?」
「戦いとは常に非情なもの。尊い犠牲なのです。なむー」
「くそう、レモン味の妖精さんに顔向けできないぞ」
「だいじょーぶ、レモン味の妖精さんなんてこの世には存在しないのです」
「なんて世知辛いんだ……」
俺はがっくりと肩を落とす。
イチゴ味を食べてた唯花のスプーンでバリアーされたせいで、口の中が本当にイチゴレモン味になっていた。
ただ、これはこれでマズくはない。
むしろかき氷のシロップとしては美味いぐらいだった。
でもどうやらキスはかき氷を食べ終わるまでお預けのようだ。
俺は諦めて自分のかき氷をサクサクとスプーンで崩しに掛かる。
するとそんな俺の横顔を見て、唯花が隣でぽつりとつぶやいた。
「……奏太がチュー出来なくてしょんぼりしてる。なんかちょっと可愛いかも……にゃ~、なんか我慢できなくなってきちゃったぁ……」
「唯花?」
なんかブツブツ言っているのを不思議に思って、唯花の方を向いた。
次の瞬間。
突然、制服のネクタイを引っ張られた。
「え――」
「ちゅっ」
「――っ!?」
キスされた。
イチゴ味がした。
スプーンじゃない。
カノジョの唇の味だ。
「なっ、ゆっ、なっ、なっ」
完全に不意を突かれ、俺は動揺しまくってしまう。
言葉も上手く出て来ない。
一方、唯花は味を確かめるように、自分の唇に指を当てた。
「あ、思ったよりぜんぜん美味しいかも?」
そして。
唯花は照れた様子ではにかむと。
イチゴのように頬を赤らめて。
れっ、と笑顔で可愛く舌を出してみせる。
「えへ、イチゴレモン味♡」
「~~っ!」
ずきゅーんっとハートを撃ち抜かれた。
また美味しそうにシャクシャクとかき氷を食べ始める唯花の横で、俺はテーブルに突っ伏して悶える。
誰か助けて下さい。
ウチのカノジョが可愛すぎて心臓が爆発しそうです……っ。




