After33 唯花はコタツで丸くなる
「奏太、たいへんたいへんー! 緊急事態ー!」
「へ? なんぞ?」
今日も今日とて俺の部屋。
宿題も終わり、教科書やらノートやらを片付けていたら、一階のキッチンにジュースを取りにいっていたはずの唯花が手ぶらで戻ってきた。
「とにかく来て! 取るものも取らずに来て! ハリィハリィ!」
「いいけども、突然なんだってばよ?」
唯花に手を引っ張られ、部屋を出た。
そのまま階段を下りて、一階に来ると廊下の奥の和室に連れていかれた。
一階の間取りはまずリビングがあり、廊下の奥には小さめの和室がある。普段はあんまり使わない部屋だ。しかし唯花はここに用があるらしい。
和室に入って畳の上に来ると、唯花は俺の手を放して両手をぶんぶん振り始めた。
「あのねあのね! 起こったことをありのままに話すね!?」
「うむ、わかった。落ち着けと言ってもそのテンションじゃ落ち着かないだろうから、とりあえずありのままに話してくれ」
「あたしはキッチンにジュースを取りにいった。その途中、ふと思った。そういえば和室の方は最近お掃除してないなぁ、と!」
何やら格好良いポーズで話し始める、唯花。
引きこもりを卒業して以降、唯花は色々と俺の身の回りの世話を焼いてくれている。料理はもとより最近は洗濯や掃除も俺より唯花の方がしてくれてるくらいだ。
「で、押し入れのなかもたまには整理しなくちゃと思って、ちょっと襖を開けてみたの。そこで発見されたのが――はい、これーっ!」
襖が勢いよくすぱーんっと開けられた。
あー……なるほど。
そこにあったのは、分解状態で片付けられたコタツである。
「コタツだな」
「そう、おこた!」
「コタツな?」
「おこたね!」
唯花は黒髪をぶんぶん振って叫ぶ。
「なんでこんな良き物があるのを隠してたの!? なんたることっ、なんたることですかー!」
「いや別に隠してないってばよ。ただ片付けてあっただけだからな?」
お姫様は大変お怒りだが、俺は頭をかくばかりである。
そもそもこのコタツは何年も使ってない。今年の冬は俺一人だったし、我が家は親父もお袋も寒さに強いので買ったはいいが、ほぼ仕舞いっ放しだったのだ。
「まあ、じゃあまた冬になったら……」
「奏太」
キラッと唯花の瞳が輝いた。
うお、嫌な予感がするぞ。
「出そう、このおこた!」
「まじかー……」
「まじまじ!」
「言うて今、六月だぞ? ちょこちょこ夏日の日もあるくらいだぞ?」
「大丈夫っ。スイッチ入れなければいいじゃない!」
「スイッチを入れないコタツに意味はあるのか……?」
「楽しい!」
「おお、即答で断言しおった……」
迷いのなさが凄まじい。
唯花は俺の袖を掴むと、甘えた口調で引っ張ってくる。
「ねえねえ、おこた出そうよ、おこたー。おねがいおねがい。ね? おこた出してよー」
「そんな秘密道具をねだるメガネ少年みたいに」
「おこた出してよ、ソタえもん~!」
「あーもー、しょうがないなぁ、ゆい太くんは~」
思わずネコ型ロボットの口調になり、俺も折れた。
押し入れの上の段に手を伸ばし、唯花に「がんばれ、がんばれー♪」と応援されながらコタツのパーツを出していく。掛け布団は洗濯が必要なので、代わりに俺の部屋からベッドの掛け布団を持ってきて代用してみた。
こうして約20分後、和室にコタツが完成した。
「おー!」
「どうだい、ゆい太くん?」
「最高だよ、ソタえもん! これなら真冬の厳しい寒さもイチコロなのです!」
「うん、何度も言うが、今は六月だけどな?」
「いいのいいの! それ突撃~!」
言うが早いか、唯花は布団をめくってコタツのなかに潜っていく。
「にゃ~、幸せ~♪」
コタツの中からなんともトロけそうな声が聞こえてきた。
どれどれ、と俺は唯花が潜っていった布団をめくる。
「ごろごろ~♪」
「お、おお……」
唯花がコタツの中で丸くなっていた。
まるでコタツで暖を取るネコのようだ。
さっきまで俺がネコ型ロボット役だったのに、もうどっちがどっちだかわからんぞ。
「奏太も来る~?」
「いやいや2人はさすがに入れんじゃろ」
ファミリータイプのコタツだが、高校生2人が潜ればさすがにいっぱいっぱいになってしまう。なので俺は普通に足だけ入れることにした。和室の座椅子を持ってきて、布団の中へ足を潜らせる。
「にゃっ! 唯花にゃんの王国に誰か侵入してきた!」
いつの間にか我が家のコタツが王国にされてしまっていた。
あとゆい太くんが唯花にゃんにジョブチェンジしてるな。
「くくく、我が王国を攻め立てるとは愚かな奴め。迎撃開始ー!」
突然、足の裏をくすぐられた。
不意を突かれ、俺は座椅子で仰け反ってしまう。
「ちょ、おま!?」
「どうだどうだ? えいえいー!」
「ああ、ちくしょう! コタツが邪魔で反撃できねえ!」
「にゃははは! 我が王国は無敵なりー!」
内側からがばっと布団がめくられ、俺の足の間から唯花が顔を出す。
「どう? 参った? 参った?」
「参った参った。降参だ」
「えへへ、あたしの勝ちー!」
唯花は満足そうに笑うと、今度は俺の胸元に頬を寄せて丸まっていく。
「極楽極楽~♪」
「今日はご機嫌だな」
「うみゅ」
「そんなにコタツが気に入ったか?」
まあ、考えてみたら子供の頃から唯花はコタツの中がお気に入りだった気がする。冬になるとすぐに母親の撫子さんに『おこた出そう、おこたーっ』とせがんでたしな。
ネコ属性のせいか、ウチの彼女は生粋のコタツ好きだ。
しかし今日はちょっと違うらしい。
妙にうっとりとした表情で唯花は言う。
「んー……オコタもそうだけど、今日はお布団のチョイスがパーフェクトだったかも」
「布団? ただの俺の布団だぞ?」
「だからなのです」
えへ、と笑い、唯花は俺の胸元に頬ずりしてくる。
「オコタの中、奏太の匂いがする。すっごく安心するの」
「む……っ」
なんかちょっと照れくさい。
俺はつい言葉に詰まってしまうが、唯花はご機嫌だ。
コタツの中で足をパタパタしているらしく、微妙に畳が振動している。
「あたしね~、もうここに住もうかなぁ~」
「おいおい、コタツの中は家じゃないぞ?」
「えー。じゃあ、こっちー!」
ぎゅっと唯花が抱き着いてきた。
意味がわからず、俺は目を瞬く。
「こっちってどっちだ?」
「だからこっちー」
またぎゅっとしてくる。
なんじゃらほい、と思いつつ、数秒して思いつく。
「もしかして……俺?」
「そ! 唯花にゃんは奏太の上に住むのですっ」
「いやいやいや」
「えっとねー、床が奏太で、屋根が奏太のお布団で、お家がおこた。これでカンペキ!」
「完璧じゃない、完璧じゃない」
「えー」
ツッコミを入れる俺に対し、唯花は可愛らしく唇を尖らせる。
そしてとんでもないことを言ってきた。
俺の胸の上で頬杖をついて。
小悪魔のような上目遣いで。
めいっぱい甘えた口調で。
「唯花にゃんのことぉ……飼ってくれないのぉー?」
「な……っ」
なん、だと!?
一瞬、言葉が出なかった。
飼うってなんだ、飼うって!
いや唯花にゃんはネコ型女子だから飼うでもいいんだろうが……いやいいのか!?
何やら背徳的な物言いに脳がスパークしそうだった。
しかし唯花にゃんは待ってはくれない。
可愛らしく小首をかしげ、俺の頬をツンツンしてくる。
「ねえ、ねえ、どうなのー?」
「ぐ……っ」
「にゃー、にゃー、どうにゃのー?」
「ぬう……っ」
小首をかしげる度、黒髪がさらさら揺れて非常に魅惑的だ。
唯花は俺の動揺を見抜いている。
完全に遊ばれていた。
しかし逆転の手が見えない。
今日はもう白旗だった。
俺は顔が熱くなっているのを自覚しつつ、目を逸らす。
「エ、エサは鯖缶とかでいいのか……?」
「いいよー♪ あたしが美味しく調理してあげるから♡」
なんと唯花にゃんを飼うと、食事の面倒までみてくれるらしい。これはネコ型ロボットよりもお得かもしれん。
「こーんな可愛いネコ型女子を飼えるなんて、奏太は幸せ者なのですっ」
「とりあえず……外でそういう発言はしないようにな? とくに伊織
や葵の前ではな?」
「わかってる、わかってるー♪」
本当にわかってるのか……?
まあ、とにもかくにも……コタツは片付けずにしばらくこのままにしておくか。
唯花にゃんの可愛さに脳をやられ、そんなことを思う俺でした。




