After29 唯花さん、元旦から奏太のベッドで寝正月
はてさて、明けましておめでとう。
元旦の今日も今日とて、俺の部屋である。
新年なのでとりあえず朝から如月家に挨拶にいって、撫子さんのおせち料理をご馳走になって、今し方帰ってきた。それはいいんだが……。
「……どういうことだってばよ?」
俺は思いっきり首をかしげる。なぜなら目の前の唯花がネコさんパジャマモードになってるからだ。
「どういうことって、こういうことだよ?」
ベッドの上に座り、俺の枕を抱き締めて当たり前のような顔をする、唯花。うん、だからな?
「まずその『こういうこと』を懇切丁寧にご説明頂きたい」
朝、如月家でおせち料理を食べた後、唯花も一緒にウチに帰ってきた。まあ、この辺りはもう当然の流れである。が、部屋に入るや否や、『奏太、ステイ! あーんど廊下へGO!』と言われ、廊下に出されてしまった。
それから数分後、『もういーよー』とかくれんぼのごとく許可が下りて、部屋に入ったら唯花がネコさんパジャマになっていたという次第だ。これは懇切丁寧なご説明が必要だろう?
「仕方ないにゃー」
唯花はベッドの上で足をぶらぶらさせて、肩をすくめた。
「じゃあ、わからんちんな奏太のためにご説明してあげるのです」
「おお、まるで俺の察しが悪いかのような物言い……でも絶対、唯花の説明不足だからな?」
「お昼寝したいの」
「普通に察しの付く話だった!」
いやでも正月早々、昼寝ってどうなんだ?
と思っていたら、唯花の説明には続きがあった。
「あのねあのね、あたし、初夢をみたの」
「ほう、初夢?」
「そ。あたしが可愛い聖女様で、奏太が勇者で、2人で世界を救っちゃうの!」
「なる」
「で、ハッピーエンドだったんだけど、唯花ちゃん的には夢の続きがみたいのです」
「あー」
ようやく合点がいった。つまり初夢の続きを見るために元旦から寝正月しようってことか。
「ね! 初夢で世界救っちゃうなんて縁起の良さがマックスハートでしょ! ってことは続きをみれたらもっとスプラッシュスターで、イエス5で、イエス5GOGOになると思うの!」
「オーケー、唯花の気持ちが『ひろがるスカイ!』に向かってるのはよく分かった。だが一つだけ指摘しておきたいことがある」
「なんじゃらほい?」
「大晦日にみた夢は初夢とは言わんのだぞ?」
「なん、ですって……!?」
両目を見開いて愕然とする、唯花。
一方、俺はスマホでささっと検索して画面を見せる。
諸説あるものの、初夢っていうのは新年に最初にみた夢を差すことが多いらしい。つまり元旦の今日にみるのが初夢なのだ。
唯花はまじまじとスマホを見て、「うーみゅ」と大仰にうなづく。
「ほんとだ……世界にはまだまだ知らないことがいっぱいなのね。まさに『ひろがるスカイ!』って感じ」
「ご理解頂けただろうか」
「頂けたのです。じゃあ、はい、これ奏太のパジャマね」
「お、サンキュ。……って、昼寝することは変わらないのか!?」
「変わらないよ? だって初夢じゃなくても続きみたいのは変わらないし」
「お、おお……」
まあ、確かにそうだな。
どうやら寝正月になるのは回避不可らしい。
「あ、でも午後から伊織と葵を連れて初詣にいく約束だろ? だからそれまでには起きなきゃ駄目だぞ?」
「はーいっ」
右手を挙げて、元気なお返事。
やれやれ、じゃあ着替えるか……。
「……って、考えてみたら俺のパジャマなんてどこにあったんだ? これ、高校入った時にお袋が買ってきたやつだぞ?」
現在の俺はだいたいジャージで寝ている。入学時のパジャマなんて、見るのも数年ぶりだ。しかし唯花は事も無げに言う。
「クローゼットの収納ボックスの中にあったよ。こないだ奏太の服の衣替えしてあげた時に見つけたの」
「マジか」
「マジマジ。クローゼットの中のことももう奏太より詳しいかもねー」
得意げな顔をなさる、唯花さん。
なんてこった。よく夕飯を作ってくれるので我が家のキッチンまわりや冷蔵庫の中身はすでに唯花の領域になっている。その上、いつの間にかクローゼットの中まで俺より詳しくなっていたらしい。衣食住のうち、俺の『衣』と『食』がすでに唯花にがっつり握られている。
……うん、悪くないな。
むしろちょっとニヤけてしまいそうだぞ。
しゃーない。こうなったら寝正月にも付き合うか。
そう頭を切り替え、俺は着ていた上着を脱ぎ捨てる。
すると、唯花が慌てたように声を上げた。
「ちょ、ちょっとちょっと! こんなところで脱がないの!」
「え? 別にいいだろ? 誰もいないんだし」
「あ、あたしがいるじゃないっ」
唯花はちょっと赤くなり、困ったように俺の裸体をチラチラ見る。
「いきなり裸んぼになられると……ドキドキしちゃうからぁ」
「……っ」
こっちはそのセリフにドキドキしちゃうぞ!?
昼寝どころではなくなってしまいそうなので、とりあえずパジャマを受け取って廊下に出た。
いかんいかん。正月早々、不健全な空気になってしまうところだった。この後、伊織と葵に会うのにさすがにそういうのはいかんと思う。
反省しながら着替え、部屋へと戻る。
唯花はすでにベッドの中にいた。
「はやくはやくー」
掛け布団を両手でパタパタ叩いて催促してくる。
「埃が舞うから叩くのはやめなさい」
「はーいっ」
またいいお返事である。
「あ、でも埃なんて舞わないよ? あたしがいつも干して布団叩きしてるもん」
「む、それは失礼つかまつった」
「よろしおす」
謝罪をしながらベッドに近寄り、許しを得ながら掛け布団をめくる。すると唯花が甘えモード全開でこっちに両手を広げてきた。
「ぎゅーってして?」
「えっ。おま、さすがにそれは……」
「いいからー」
不健全な空気になるのを危惧したが、こっちはすでに掛け布団をめくってベッドに入る体勢だったので避けられなかった。唯花の両手が首にまわり、ハグの形で掛け布団のなかへ連れ込まれてしまう。
「えへへー、仲良し仲良し♪」
「……ったく、こやつめ」
新年最初のお姫様は甘えん坊のようだ。俺はパジャマに包まれた柔らかな体を抱き締め返し、よしよしと黒髪を撫でてやる。
「今年もよろしくな?」
「えー、今年だけー?」
「今年も来年もその先も、ずっとよろしくな?」
「にゃはは、こちらこそっ」
布団の中でぎゅーっと抱き締め合う。
やば、なんかすげえ幸せだ。
「奏太ー、あのねあのねー」
「んー?」
「大好きー♡」
唯花が頬を擦り寄せてくる。
くっ、可愛い奴め。「俺もだ」と言いながら、また髪を撫でてやる。
ああ、そういえば……。
ふと気づいた。唯花がこの部屋で昼寝をすることはちょこちょこある。このネコさんパジャマを持参したことも確かあったはずだ。だが俺もパジャマ姿っていうのは、この部屋では初めてだ。
だからだろうか。
こうして元旦からベッドで抱き締め合ってゴロゴロしていると、なんだか……。
「……まるで一緒に暮らしてるみたいだな」
「――っ」
俺がそう言った途端、触れ合っている唯花の頬がさらに熱くなった。木苺のように頬を染め、唯花は吐息をもらす。
「ほんとだぁ……」
えへ、と照れたような笑み。
「お正月から一緒のお布団にいるなんて、奏太とあたし、一緒に暮らしてるみたい……」
「もしかして大晦日からずっと布団の中か?」
「それも良きかな」
「寝正月どころか寝年末年始だな」
「ねねんまつねんしー!」
唯花はこぼれるようにクスクス笑う。
俺もつられて笑ってしまう。
「寝年末年始でもいいけど、年越しそばぐらいは食べたいぞ?」
「いいよー。じゃあ、作ってあげる」
「布団の中でか?」
「唯花ちゃんのお料理スキルを甘くみてはいかんのです」
「分かった。カップ麺のそばだな? それなら布団の中でもお湯を入れるだけだし」
「ぶぶー。かき揚げとおネギをタッパーに入れといて、おつゆは魔法瓶に入れとくでしょ? おそばはカセットコンロで茹でて、枕元に置いといたお椀に入れて、はい完成!」
「マジか。ちゃんとした蕎麦じゃないか」
「ふふふ、褒め称えるがよいぞ」
「すごいぞ、唯花。すごいすごい」
「にゃはー」
「唯花と一緒に暮らしたら、俺の胃袋は安泰だな」
「そうだよー。だって、そういう作戦なんだもん」
「作戦?」
腕のなかで可愛い彼女がニコッと微笑む。
「ご飯も服もぜーんぶ面倒見てあげて、『奏太をあたしから離れられなくしちゃうぞ大作戦』」
とんでもなく可愛いことを言われ、俺はわざとらしく目を見開く。
「なんて恐ろしい作戦なんだ……しかもほぼほぼ成功してるじゃないか」
「ほんと? 成功してる?」
「ああ、大成功してる。俺、とっくに唯花から離れられないし」
「やったぁ♪」
俺の言葉は思ってた以上に唯花の琴線に触れたらしい。密着した状態から衣擦れの音が響き、チュッと唇にキスされた。
「……っ」
「あは、これでもっと離れられなくなった?」
春の木漏れ日のように唯花は微笑む。俺はといえば、不意打ちのキスに照れてしまい、なんとか一言返すのが精いっぱいだ。
「……なった。超なった」
「じゃあ……もっとチューしたら、もっと離れられなくなる?」
「……なる。めっちゃなるけれども……」
これ以上されたら、不健全な空気になる気がするんですが?
この後、午後から伊織と葵に会うんですが?
と思いながらも我慢できなかった。
俺は唯花の髪を撫でながらグッと引き寄せ、桜色の唇にキスをする。
「……はうっ。も~、いきなりチューしちゃダメ。びっくりしちゃうでしょー?」
「やー、唯花もいきなりだったろ?」
「唯花ちゃんは作戦中だからいいのです」
「じゃあ、俺も作戦中だ」
「えー、どんな作戦?」
「そりゃもちろん――『いつかプロポーズした時、唯花にNOと言わせない大作戦』」
「へっ!? ……はうっ」
畳み掛けるようにキスをした。
一度、唇に触れた後、二度、三度とキスを繰り返す。
俺の猛攻に唯花は困ったように身じろぎする。
「にゃ、にゃ~!」
「どうだ? 俺の作戦、上手くいってるか?」
「し、知らないもーん……っ」
唯花は耳まで真っ赤になり、シュウゥゥっと煙が出そうな勢いで、俺の肩におでこをぐりぐりしてくる。
うむ、これは上手くいってるな。
我が軍の作戦は大変順調のようだ。
そうして満足感いっぱいで髪を撫でていると、ちょんちょんとパジャマを引っ張られた。
「ねえ、奏太……」
見下ろすと、俺の肩を枕にした唯花が恥ずかしそうに見上げていた。
「……あのね、あたしの作戦、もっと成功率上げたいなぁって思うの」
「ふむ?」
「……奏太の作戦も特別にもっと成功率上げさせてあげてもいいよ」
「おお、そりゃ助かる」
「だから……」
熱っぽく潤んだ瞳が見つめてくる。
そして桜色の唇が囁いた。
めいっぱい甘えるように。
「もっともっと仲良ししよ……?」
心臓が一気に高鳴った。
しかしお互いの作戦の成功のためなら是非もない。午後になったら伊織と葵に会うがそれはそれ、これはこれ……ということにしておこう。
「分かった。作戦のためだからな」
「うん、作戦のためだから」
俺は降り注ぐ雨のように唯花に何度もキスをする。
「ふぁ、チューいっぱい……」
「可愛いぞ、唯花」
「にゃー♡」
………………。
…………。
……。
結局、そんな感じで時間ギリギリまでゴロゴロしてしまい、ぜんぜん昼寝にならなかった。まあ、寝正月にならなかった分、逆に良かったと思ってもいいだろう。
あと午後になって合流した際、伊織が何かを察した様子で、俺をすごい目で見てきたんだが……うんまあ、それはそれ、これはこれということにしておいてくれ。とりあえず、今年もよろしく!




