After23 奏太、実の父親にカノジョを紹介するの巻
はてさて。
放課後になり、俺たちは帰り道を歩いている。
唯花は当然として、今日は伊織と葵も一緒だ。
というのも今日はバレンタインデーである。
女子たちが手作りチョコを作ってくれるというので、ウチの三上家でやるか、ということになったのだ。
「そういえば奏太兄ちゃん家にいくの、久しぶりかも」
「あー、そういやそうか。ちょいちょい来いよ。俺の部屋なんてもう半分ぐらい唯花の部屋みたいになってるし」
「だから行かないんだよ……。なんか二人が同棲してる部屋っぽい気がして生々しいし」
「わたしは奏太兄ちゃんさんのおウチ初めてなので……少し緊張します」
「だいじょーぶだよ、葵ちゃん! あたしの家だと思ってリラックスしていいからね?」
「うん、あのな、唯花。お前が言うのは違うからな? 一応、俺の家だからな?」
「何を言うのかね、チミは」
四人で固まって歩いていたところから唯花はトトトト……と先行する。
そして振り返ると、制服の胸に手を当て、自信満々の笑顔で宣言。
「奏太の物はあたしの物、あたしの物は奏太の物。だから三上さん家はもはや唯花さん家なのです!」
「出たな、ジャイアニズムならぬユイカニズム」
まあ、俺としても異論はないが。
ただウチの三上家は厳密にはウチの親父の持ち家である。
男してはいずれ一国一城の主になって、唯花に同じセリフを言わせたいもんだ。
「伊織くん伊織くん。もしかして奏太兄ちゃんさん、いま恥ずかしいこと考えてる?」
「葵ちゃんもかなり鋭くなってきたね。大正解。奏太兄ちゃんは今、脳内で全力でノロケてるから刺激しないようにね? 下手に触ると、口から砂糖レーザーが飛び出してくるよ」
中学生たちが何かぼそぼそ言っているが、そうしているうちに我が家に着いた。
どこにでもある一軒家だ。
ブロック塀で道路と隔てられ、数歩歩いた先に玄関がある。
唯花が「とーちゃくっ!」と扉の前にいき、自分の鞄から鍵を出す。
するとなぜか伊織が素っ頓狂な声を上げた。
「お姉ちゃん!? え、ちょ……奏太兄ちゃん家の合鍵持ってるの!?」
「ほえ? うん、だって半分はあたしの家だし」
「それは冗談半分の話でしょ!? 他所様の家の合鍵なんて勝手に持ったらダメだよ!?」
「あー、伊織、いいんだいいんだ」
目を白黒させる伊織の頭をぽんぽんと叩いてなだめる。
「唯花の合鍵の件はウチの親父とお袋もOKしてるから」
「OKしてるの!?」
「してるしてる。1秒だったぞ」
「どういう家なのさ、奏太兄ちゃん家は……いやまあ昔からそんな感じだった気もするけど」
「いやどういう家なんだってのは、お前んとこの如月家にも言いたいが」
「うっ。それは確かに……」
若干、頭を抱える伊織。
まだ付き合う前のこと。
唯花が風邪をひき、半ば無理やり俺が部屋に泊まることになったのだが、如月家からは1秒で許可と了承が下りた。
まあ、昔から家族ぐるみの付き合いをしているし、両家ともそういうノリなのだろう。
ちなみに俺の両親は仕事で海外にいっている。
合鍵の件は電話で親父に言ったのだが、マジで1秒でOKが出た。
その上、『合鍵を作るなら唯花ちゃんに代金を払わせるようなダセェことすんじゃねえぞ?』とまで言われた。
「えーと、奏太兄ちゃん、ちなみに合鍵を作った時の費用って……」
「俺のバイト代だ」
「本当いつもすみません……」
律儀な弟に平謝りされた。
しかし気にするこっちゃない。
唯花に使う金はプライスレスだ。
「彼氏さんの実家の合鍵を彼女さんが所持。高校生のお付き合いって進んでるんですね……っ」
ごくり、と圧倒された表情で葵がつぶやいた。
「いやいや葵ちゃん。奏太兄ちゃんとお姉ちゃんを一般的な高校生のお付き合いのカテゴリに入れるのは違うと思うんだ。すごく違うと思うんだ……」
伊織がふるふると首を降る。
そうしていると、玄関の方から唯花が呆れたように言った。
「も~、何をごちゃごちゃ言ってるのかね? 立ち話もなんだから早く入ろー」
合鍵を扉の鍵穴に入れる。
と同時に唯花は首をかしげた。
「あれ? 鍵開いてるよ?」
「いやいや、そんなわけないじゃろ」
唯花が場所を譲り、俺は玄関に立って扉を引く。
するとガチャッと開いてしまった。
唯花が鍵を回していないのは見ていた。
最初から施錠されていなかったということだ。
「朝、鍵をし忘れちゃったとか?」
「いやそれはない」
朝はいつも如月家に唯花を迎えにいってから登校する。
だから今日、この扉を施錠したのは俺だ。
唯花がウチにくるようになってからというもの、戸締りは徹底している。
今日もしっかりと鍵を閉めて家を出た。
これは間違いない。
「まさか……泥棒とかでしょうか」
葵が後ろからやや不安げに言った。
俺もまさかとは思うが、用心するに越したことはない。
「ちょっとこれ持っててくれ」
女子たちの代わりに持っていたチョコのビニール袋と通学鞄を預け、唯花を後ろに下がらせる。
「俺が見てくる。唯花と葵は念のため、敷地の外にいろ。伊織、二人を頼む」
「奏太、格好いい……」
唯花がめちゃくちゃキュンッときた顔をしているが、そんな場合じゃなかろうて。
俺はゆっくりと扉を開き、家のなかへと入っていく。
何かあればすぐに動けるように呼吸を整え、そして……玄関に見慣れない靴があることに気づいた。
いや、見慣れないというのは違うかもしれない。
見たことはあるが、最近は見てなかった靴だ。
男物のロングブーツ。
カウボーイが履いてそうなつま先の尖ったもので、ご丁寧に踵にはクルクル回る車輪もついている。
「この靴……」
俺は眉を寄せる。
と、同時にキッチンの方から無駄にご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。
「フフンフン~♪ 男の料理~♪ 愛するハニーはまだ海の向こう~、だから一人淋しく男の料理~、馬鹿息子に食わすにゃもったいないソーセージ~♪」
「……は? はあ!?」
聞き覚えのある声だった。
ついでに言えば、ワケの分からん歌詞のセンスにも覚えがある。
唯花がたまに歌う、ワケの分からん歌によく似ていた。
というか、こっちが元祖だ。
子供の頃からこんな歌を聞いていたせいで、唯花はたまにワケの分からん歌を歌うようになったのだから。
「まさか……!」
もはや居ても立っても居られず、俺は駆け出した。
慌ただしく靴を脱ぎ、廊下をダッシュ。
急いでキッチンを覗くと、そこに――ちょい悪オヤジがいた。
無駄に背が高く、無駄に引き締まった筋肉。
上は柄シャツを着ていて、下はタイトなジーンズ。
キッチンでソーセージを焼いているらしく、背中しか見えないが、柄シャツの胸元は間違いなく大きく開けている。
あとやや目つきが悪いはずだ。
見なくてもわかる。
親子だからな。
俺はあごが外れそうな勢いで叫んだ。
「な、何やってんだよ、親父ーっ!?」
「ああん?」
ちょい悪オヤジがフライパン片手に振り向いた。
柄シャツの胸元は開いていなかった。
いや正確には開いているんだが、俺からは見えない。
シャツの上からエプロンをつけているからだ。
お袋が残していった、ヒヨコさん柄のエプロンである。
ちょい悪オヤジとのギャップがひどくて眩暈がしそうだ。
キッチンにいたのは、俺の父親だった。
名前は三上太一。
海外にいっているはずの実父である。
親父は俺に気づくと、はっきりと分かりやすく顔をしかめた。
「げ、帰ってきやがったか、奏太」
「げってなんだ、げって! それが久しぶりに会った息子にかける第一声か!」
「わりぃが、このソーセージはやらねえぞ? 帰国したばっかで腹減ってんだよ、オレ」
「いらねえよ!? 鼻歌でしっかりきっかり聞こえてたわ!」
「はあ? せっかくオレが買ってきた本場のソーセージがいらねえってのか。食えよ、馬鹿。もう一本焼いてやっから」
「焼くのかよ!? 馬鹿息子に食わすにゃもったいないソーセージって歌ってたろうが!」
「だからもったいねえけど焼いてやるんだよ。パパの愛情たっぷりのソーセージだ。泣きながら食えよ」
「誰が泣くか、気持ち悪いな!」
頭痛がしてきて、俺はキッチンの壁に寄りかかる。
「ってか、帰ってくるなら連絡ぐらいしろよ」
「あん? 別にいきなり帰ってきたって困るこたねえだろ」
「連絡してくりゃ空港に迎えにいってやるぐらいは出来るだろ?」
「あほか。男に出迎えられて何が嬉しいんだよ。そういうのはハニーにやってやれ。息子に迎えられたらあいつは喜ぶ」
「あのさ、いい加減、お袋のことハニーって呼ぶのやめね? 息子として聞いてて辛いんだけど」
「なんだよ、今日はやけに突っかかるじゃねえか」
親父がからかうような顔を向けてくる。
「まさか、いきなり帰ってこられて困ることがなんかあるのか? カノジョでも出来て、毎日家に連れ込んでるってんなら、パパ、お前を見直しちゃうがね」
「は?」
いやいや、唯花のことは合鍵の時に話したよな?
……あれ? 待てよ、ちゃんとは話してなかったか?
でも合鍵渡すんだぞ?
親父だって大人なんだからなんとなく分かるだろ。
……いや待てよ。
如月家の誠司さんや撫子さんも幼馴染状態の時に俺のお泊りをOKしたよな。
あれ?
じゃあ、まさか俺と唯花が付き合ってるって分かってないのか?
「あー……親父、ちょっと聞きたいことがあんだけどさ」
「なんだ? 女の子の口説き方か? いいぞいいぞ、なんでも聞け」
本腰を入れて話す気になったのか、わざわざコンロの火を止めて、親父は腕組みをする。
「どーせまだ唯花ちゃんに告ってねえんだろ? あんな可愛い子を何年待たせんだよ、この馬鹿息子。ガツンといけ、ガツンと。いいか? 俺がハニーを落とした時なんて――」
と、息子が聞きたくもない両親の馴れ初めを親父が話しだそうとした時だった。
玄関の方からトトト……と聞き慣れた足音が響いてきた。
「ねえねえ、奏太ー。玄関にあったあのウエスタンな靴ってもしかして……」
唯花だ。
外にいろと言ったのに、入ってきてしまったらしい。
大声で話していたので、親父とのやり取りが外まで響いていたのかもしれない。
それで唯花が玄関を開け、親父の靴に気づいたなら、まあ入ってもくるだろう。
泥棒ではなかったので危険はない。
……が。
個人的に親父と唯花の組み合わせは微妙だ。
付き合っていることが伝わっていないこととはまた別の問題で、非常に微妙だった。
なので唯花がキッチンを覗き込む前に声を掛ける。
「唯花、ちょっと待て。ストップ、一回落ち着いて深呼吸してから……」
「ほえ? なんで深呼吸……って、あー!」
遅かった。
廊下の向こうからひょっこりと顔を出し、唯花は大きく目を見開く。
「やっぱり太一おじさんだー!」
「おーっ、唯花ちゃん!」
気づいた瞬間、唯花は子供のように駆け出した。
一方、親父も親戚の子供を見つけたおっさんのような勢いで喜色満面になる。
「久しぶりっ、いつ戻ってきたのー!?」
「ついさっきさ。唯花ちゃん、ますます美人になったなぁ!」
「えへへー、ほんとっ?」
「本当本当、若い頃のなっちゃんそっくりだぜ!」
唯花が飛びついていき、親父はそれを颯爽と受け止めた。
もう子供じゃないというのに、唯花の腰を持って「高い高ーい!」とあやし始める。
「にゃははははーっ!」
「はーはっはっはっ!」
子供の頃から何百回と見てきた光景だ。
よそから見れば、仲睦まじい姿かもしれない。
だが。
だがしかし。
ギリギリギリッと俺は奥歯を噛み締めた。
「ごめん、奏太兄ちゃんっ。なんか玄関覗いたと思ったら、お姉ちゃんが勝手に入っていっちゃって……って、あれ?」
「なんか……すごく楽しげな笑い声が聞こえますけど」
伊織と葵もやってきた。
「太一おじさん?」
親父がいることに伊織も気づいた。
同時に葵がビクッと驚く。
「い、伊織くんっ、奏太兄ちゃんさんが……般若のような形相に!」
「え? あー……懐かしいな、これ」
唯花と親父の笑い声が響くなか、伊織がごほんと咳払いする。
「葵ちゃん、説明するね。あそこにいるのは三上太一おじさん。奏太兄ちゃんのお父さんだよ」
「奏太兄ちゃんさんのお父さん? あ、そう言われるとしっくりくるかも」
「で、昔から太一おじさんとお姉ちゃんが仲良くしてると、奏太兄ちゃんは大変ご機嫌ナナメになります」
「あー……」
葵がこっちを見上げる。
「今みたいに?」
「そう、今みたいに」
深く頷く、伊織。
「お姉ちゃんって昔から奏太兄ちゃんにベッタリだから、奏太兄ちゃんがお姉ちゃん絡みで嫉妬することってぜんぜんないと思うんだ。でも唯一の例外が……」
「お父さん?」
「そういうこと」
「でも……」
親父の方を見て、葵は小首をかしげる。
「奏太兄ちゃんさんって……お父さんにそっくりだよね?」
「うん、そっくり。奏太兄ちゃんが大人になったらああなるんだろうなぁ、って感じ」
「唯花お姉様さんがお父さんに懐いてるのって、奏太兄ちゃんさんに似てるからじゃないかな?」
「そこに気づくとは……さすが葵ちゃん。成長したね」
「あはは、伊織くんが良い師匠だから」
「いえいえ、そんなそんな」
「いえいえ、本当に本当に」
中学生たちがちょっとふざけ合い、さりげなくイチャついている。
「まあ、そういうこと。お姉ちゃんが太一おじさんに懐いてるのは奏太兄ちゃんに似てるからなんだ。だから嫉妬する必要なんてどこにもないんだけど、奏太兄ちゃんはあんまりその辺がわかってないみたい。以上、僕からの解説でした」
「ありがとうございます。じゃあ、引き続き実況はわたしが――」
……と中学生たちがまたさりげなくイチャつこうとしているので、俺は完全に目が座った状態で割って入る。
「好き勝手言ってくれるな、解説の義弟と実況の義妹よ」
「わっ、びっくりした」
「いきなり振り向かないで下さい。奏太兄ちゃんさん、目つき怖いんですから」
「うっせ、うっせ! いいか、二人とも。一つだけ言っとくぞ?」
ギンッと眼光鋭く、俺は背後のちょい悪オヤジを親指で差す。
「俺はあのクソ親父とはまったく似てねえ!」
「いや似てるよ」
「そっくりですよ」
「似てないし、そっくりでもない! 俺はあんなクソ親父じゃなく、誠司さんみたいなきっちりした大人になるんだ!」
「いやどう考えても奏太兄ちゃんは破天荒な大人になる気がするよ?」
「伊織くんのお父さんみたいになってる奏太兄ちゃんさんはちょっと想像できないです」
「なん、だと……!?」
ばっさり言われ、ざっくり傷ついた。
その間も唯花は「にゃはにゃは」言ってるし、親父は「はっはっはっ」と笑っている。
高い高いしながらぐるぐる回っていて、もはやメリーゴーランド状態だ。
「唯花ちゃん、こんなに美人なんだからそろそろカレシの一人や二人は出来たかい?」
「カレシ? あー、うん、えーと……」
ちらり、と唯花がこっちを見る。
しかしその視線には気づかず、親父が馬鹿げたことを口走る。
「いないならオレがお嫁さんにもらっちゃおうかなぁ。なーんてハニーに怒られるか! はっはっはっ!」
――ブチィッ!
堪忍袋の緒が切れた。
ゆらりと振り返り、俺はキッチンを横断していく。
「はにゃ? 奏太?」
「なんだ、馬鹿息子?」
俺はちょいちょいと床を指差した。
「? シットダウンってこと? 次は奏太が太一おじさんに高い高いしてほしいの?」
「え、なんだそれ気持ちわりぃ。まあ、とりあえず唯花ちゃんを下ろすか」
唯花が床に下ろされた。
俺は怒りでぴくぴくと頬を引くつかせ、低い声で親父に言う。
「二度と唯花に触んな」
「ほえ?」
「ああん?」
「もっかい言うぞ? 二度と気安く唯花に触んな、クソ親父」
「おいおいおい、ずいぶん遥か上空からの物言いだなぁ?」
ズイッと親父が顔を近づけてくる。
「そういうカッチョイイ台詞はカレシしか言っちゃいけない、って親に教わらなかったか? ああ、そういや教えてなかったな。じゃあ、今から教えてやる。そういうカッチョイイ台詞はカレシになってから言え、馬鹿息子」
隣で唯花がぱちくりと目を瞬く。
「あ、そっか。やっぱり太一おじさん知らないんだ。えっとね、奏太はもうとっくにあたしの――」
唯花が嬉しさ半分、恥ずかしさ半分の表情で説明しようとする。
しかし親子の耳には入らない。
俺と親父はすでに男同士のタイマン勝負のモードに入っている。
「……は……の……だ」
「あ? なんだって? 聞こえねえぞ?」
俺がぼそっとつぶやいた直後、親父が挑発するように耳をそば立てた。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「だから――!」
俺は顔を上げ、唯花の肩を力いっぱい引き寄せた。
「耳かっぽじってよく聞けよ、クソ親父! 二度と気安く触るんじゃねえ、唯花は――」
そして。
久しぶりに会った実の父親に対して。
俺は無駄に全力で宣言した。
「――こいつは俺の女だあああああああああッ!!!!」
家中の窓がガタガタ揺れるぐらいの大声だった。
伊織は「うーわー……」と頬を引きつらせた。
葵は「はわわわわっ」と好奇心いっぱいに慌てている。
唯花はド直球の大宣言に「ふえええ!?」と真っ赤になった。
そして親父は「なん、だと……!?」と呆気に取られている。
悔しいことに、その表情は確かに俺とそっくりだった。
(つづく)
 




